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光射す林

「どうして……?」

 ジルは、焦点が定まらない瞳のまま尋ねていく。

 その声に、力はない。


「知らないよ~、そんなこと。ね、兄ちゃん」

 愚鈍そうな大男が話しかけると、優男はジルを舐めまわすように見つめ、気色の悪い笑みを浮かべた。


「それにしてもさ、お姉さん美人だよね。ちょっと楽しませてもらおうかなぁ」

 優男が徐々にジルへと近づいてくる。

 男が一歩ずつ足を踏み出していくごとに、腹の底から煮えたぎるような怒りが沸き上がってきた。


「レオン……ごめん、ね……」

 呟くように言ったジルは、人形のように動かないままだ。

 打ちひしがれて希望を失い、逃げる気力も無くしてしまったのだろう。


 まばたきさえも忘れた瞳から、一すじの涙がこぼれていく。

 その涙が、ジルの苦しみや悲しみの全てを物語っている気がして……


 途端、俺の中でぷつんと何かが切れたような気がした。



 もう我慢の限界だった。

 壊れかけてしまったジルをただ見ているのも、けがれた目でジルを見ている優男をこのまま捨て置くのも。



 太く硬い木の枝が目に入る。

 武器としてはお粗末だが、無いよりマシだ。


 すぐさまそれを手に取り、夢中で駆けだす。


「ジルに触るんじゃねェよ!」

 あと二歩で優男がジルにたどり着くというところで木々の合間から飛び出し、力いっぱい下から枝を振り上げる。

 優男はジルを女だからと甘くみて、警戒を怠っていたのだろう。

 防御するそぶりも無いままに、枝は優男のあごへと命中し、すぐに身体が地面へと転がった。


 チッと小さく舌打ちをする。

 もしもこの枝が剣だったなら、あの男は即死だっただろうに。



「兄ちゃん!」

 優男は意識が朦朧もうろうとしているようで、大男は兄のそばへと向かい、必死に声をかけている。

 アイツが見た目通りに愚鈍なことが救いだった。

 兄にばかり心が向いていて、こちらのことなど気にめる様子もない。


 その隙にジルの元へと駆け寄り、片膝をついた。

「ジル、無事か」


「レオン!? どうして……?」

 ジルは、空色の瞳に光を取り戻していた。

 その姿にわずかばかり安堵する。


 俺の愛する女はどこにも行かずに、生きていてくれた。

 いつものように話もできるし、触れられる。

 手の届く場所で、いまも生きているんだ。


 それを実感して、胸がいっぱいになる。



 怖かったのだろう。

 ジルはいまにも泣きだしそうな顔をしていて、思い切り抱きしめてやりたかったが、そんな余裕はない。


「逃げるぞ!」

 傭兵たちをくため、ジルの手を引いて、また駆けだした。



―――・――・――・――・――・――・――

 

 繋いだ手を強く握りしめ、木々の合間を駆け抜ける。

 コイツの手はひんやりと冷たく、小刻みに震えていた。


 信頼していた者の裏切りを知り、蹂躙じゅうりんされかける恐怖もあったのだ。

 震えているのも当然だろう。


 早く安全な場所に行き、心を落ち着かせてやりたい。


 走り詰めで身体はひどく重いが、ジルを安心させたいという想いが、俺を突き動かしてくれる。

 鬱蒼うっそうと木が茂り、姿を隠してくれそうな場所を必死に探りながら、前へ前へと進んでいく。


 この林は広い。

 一度撒いてしまえば、なかなか見つけるのが困難であることは、先ほど実証済みだ。


 大丈夫。このペースであればきっと、逃げ切れる。


 希望の光が見えたような気がしたが、斜め後ろからぜぃぜぃと荒い呼吸が聞こえてきた。



「おい、息上がってるけど大丈夫か?」

 ちらとジルを見ると、肩で荒く呼吸をしている。

 身体も震えており、これ以上逃げ回るのは厳しいように見えた。


 大丈夫だとジルは言うが、どう見ても大丈夫そうには見えない。

 目指す方向を変更し、少し先を指差す。


「無理するな、あの洞窟に隠れよう」


 壁のような崖にぽっかりと開いた洞窟に入り込み、ようやく俺たちは足を止めた。

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