そのひと言で
これまた百合です。苦手な方はお気を付けください。
突然4限目が休講になった。
大学ではままよくあることだ。
急に空いた時間。
5限目が入っているので帰るわけにもいかず、暇を持て余すことになった私の足は自然といつもの場所へと向かう。
講義が始まり人気のまばらになった通路を進む。
ある一室の前で立ち止まり、時刻を確認。
この時間帯ならたぶん居るだろう。
最近はお互いに忙しく、なかなか2人きりの時間をとることができない。
メールや電話でのやり取りはしているが、こうも会えない日が続くとやはり寂しさを感じてしまう。
それでなくとも彼女はモテるから、このまま物理的な距離だけでなく心までも離れていってしまうのではないかと不安になるのだ。
ドアノブに手を掛ける。
私はひとつ小さな深呼吸をし、後ゆっくりと戸を引いた。
すっかり見慣れた室内。
無意識のうちに彼女の姿を探す。
「いない…か…」
思わず声に出す。いつもこの時間であれば居るはずなのに、今日に限っていない彼女。
ドアに掛けられたホワイトボードに目を向ける。
本来ならばひとこと行き先を書いておかなければならないはずのそこは真っ白で、行き先を示すヒントの欠片さえもない。
きっと、それほど長い時間不在にする用事があったのではないのだろう。でなければ几帳面な彼女が書き残さないはずがない。
しかし、彼女に会えると思っていただけに残念で仕方ない。
「どうしよう。時間余っちゃったな……」
これといって他にすることもなく、残りの1時間弱をどう消費しようかと悩む。
「……ふぁ」
不意にこぼれたあくびをかみ殺す。
(そういえば昨日はあまり寝てないんだった……)
一度自覚してしまうと急速に襲いくる眠気。
(少しだけ休ませてもらおうかな)
奥に設置されているソファ-にころんと横になると、私は睡魔に身を任せた。
まどろみにある意識。
近くで誰かの動く気配がする。
「あら、誰かと思えば。寝ているの?」
彼女の声。
私の大好きな穏やかで優しい音色。
不安に揺れていた心の水面が、瞬く間に澄んでいく。
「ふふ、可愛い寝顔しちゃって」
つん つん
頬をつつかれる。
「……んぅ…、ん」
除々に覚醒へと向かっているが、完全に抜けきらない眠気が私を引き留める。
つん つん
「ねぇ、起きないの?」
頬へのつつきがピタリと止む。
何かを逡巡するかのような少しの間。
微かに聞こえてくる4限目終了のチャイムの音に、そろそろ起きなければと目を開けた私の視界に映ったのは瞳を閉じた彼女の顔で―――
(――っ!)
次の瞬間、唇に触れた柔らかな温もりに一瞬にして上昇する体温。
反射的に再び目を閉じた私の耳に届いたのは、
それまでの私の不安を一掃してしまう、彼女らしくシンプルで明快な私への愛の言葉だった。
「――好きよ。貴方のことを愛しているわ」
前作同様、こちらも数年前に他のサイトで公開させていいただいた話に修正を加えたものです。
短編ということでふんわりとした設定のため、作中の『彼女』が友達なのかそれとも先輩なのか、はたまた先生なのかは読み手の方のご想像におまかせします。