第1章 1 【魔法使いハル】
魔法使いハル
「母さんただいま‼︎」
そんな声と同時に勢いよくドアが開け放たれた。ユリスが驚いてふりかえると、そこには泥まみれになった黒髪の少年、息子のハルがいた。
「どうしてあなたはいつもそんな格好で帰ってくるのかしら。それとこんなに遅くまで何をしていたの?」
それもそのはず、今はもう夜の8時なのである。
「えっと、その、そう!今日はカリトとライと一緒にタロイモ(芋の一種)を取りにシハルの森に行っていて、だから、その、…」
「で、そのタロイモとやらは採れたのかしら?みたところ手ぶらなようだけど」
「うぅー」
ユリスの厳しい一言にハルは何も言えなくなってしまった。
黙ってしまったハルをみて、ユリスはまたため息をつくと、
「川へいってその泥を落としてきてちょうだい。それが済んだらご飯にするわよ」
と、苦笑しながらいった。それを聞いてハルの顔がパァっと輝いた。
「うん。行ってくる!母さんありがとう」
そして、ハルはまた勢いよく家を飛び出していった。
そんなハルをみてユリスは苦笑した。今年で9つとなる息子はやんちゃ過ぎる。いつも朝早くに出掛け夜遅くに帰ってくる。泥つきで。
一旦そのことについて叱ると3日くらいはちゃんと帰ってくるのだが、また、元に戻ってしまう。いつも泥だらけの息子をみると、ため息が出てしまうがそんな息子でもやはり愛おしいと、ユリスは思うのであった。
「よし、じゃあ、ハルが帰ってくる前にご飯用意しようっと」
ご飯はもうつくってあったから、あとは皿に盛り付けるだけだ。今日はハルの大好きなシラル(ナツナ牛のシチュー)だ。
ハルの喜ぶ顔が目に浮かびユリスの顔に笑みが浮かんだ。
と、そのとき村のあちこちから悲鳴が聞こえてきた。何事かと思い慌てて外に出ようとし、扉を開けようとしたら、ユリスよりも先に誰かが扉を開けた。
扉を開けた人をユリスが確かめようとした瞬間ユリスの体から力が抜け、床に倒れこんだ。
斬られた、と理解したのは、視界が朦朧としてからだった。
消えゆく意識の中、ユリスは
「ハル…」
と呟いた。それがユリスの最後の言葉だった。
「ふわぁ〜〜。気持ちい〜」
ハルは家の近くの川で体を洗っていた。ハルは川で体を洗うのがすきだった。川の音を聞くのが小さな頃から大好きで、暇になると、よくこの川に来ていた。
だが、今は秋だからいいが、冬になるとさすがに寒いので、家のお風呂にお湯を張って入る。ハルたちの村には魔法使いがおらず、大量の水を出すことができないので、冬の間は水魔石(水が自動的に湧き出る魔石)を買い、お風呂に入ることになる。
だが、水魔石は高価で、効力も短いので、冬の間は、お風呂にあまり入れなくなる。少し離れた隣の村ではもう水魔石を使い始めてい。きっとこの川で体を洗えるのは今年はあと、10回もないだろう。
「冬なんか来なければいいのになぁ〜」
そんなことを呟きながら、そろそろ帰ろうと思い、立ち上がったとき、村の方からたくさんの悲鳴が聞こえた。あわてて、体を手ぬぐいで拭き、服を着て、ハルは村の方へ走っていった。
ハルが村に着いたとき、そこはハルの知っている村ではなかった。
建物は破壊され、あたり一面火の海だった。ハルは呆然としてしまったが、すぐにユリスのことを思い出し、すぐさま家に向かった。
家に向かう途中に知っている友人達が転がっているのがみえたが、ハルは、見間違いだと、自分自身に言い聞かせて、泣きそうになるながら、家へ走っていった。
ハルの家はまだ火が燃え移っていなかった。ハルはホッとして急いで家の中に入り、
ユリスの死体を見つけた。
「うわぁぁぁあぁあああ!!!」
ハルは這いつくばって家から出た。ハルは現実を受け入れることができず呆然としていた。
それからハルは村を歩き回った。最初は誰か生き残りがないか火を避けながら探していたが、今はもう諦めてしまった。いつのまにかハルの足はとまっていた。そこはハルの家の前だった。
どうやら、いつのまにか村を一周回っていたようだ。ハルは何もする気が湧かず、家の前に座り込んだ。
どのくらい時間がたっただろう。ハルは人の気配を感じて顔を上げた。そして、自分が白いマントを着た剣を持った人たちに囲まれいることに気づいた。その剣が、血に濡れていたことも。
「…お前達が村の人たちを殺したのか?」
返事はない。
「…お前達が村に火をつけたのか?」
返事はない。
「お前達が母さんを殺したのかぁ!!」
ハルが叫んだ瞬間白マント達はハルを殺すべく、剣を振り上げた。そして、ハルの首が跳ね飛ばされる瞬間、白マント達が全員死んだ。ハルの手には魔法で作られた、血で汚れた水の剣、水魔剣が握られていた。
ハルは自分が殺した白マント達には目もくれず家に戻った。
「かあ、さん…」
その瞬間ハルの意識は暗転した。




