第1章 9 【クレトの笑顔】
クレトの笑顔
ハルとクレトは救護室の近くの客室の椅子に座っていた。
今救護室では少女の処置をしている。
何度か救護室から人が出入りしている音や、エサルが何事かを叫んでいる声が聞こえてはいたが、ハルとクレトは大人しくここで座っていた。ハルとクレトが今ここで救護室へ行っても邪魔になるだけだった。
と、クレトがなんの前触れもなく尋ねてきた。
「…お姉ちゃん、助かるよね?」
「あぁ、あのエサル師が処置してるんだ。大丈夫さ」
このやり取りももう何度もしていた。
もう、あれから3時間くらい経っていた。ハルは昼食も夕食も食べていなかったが、全く食欲がなく何も食べていなかった。
それはクレトも同じようで、話していると以外はずっと下を見ていた。
と、そのときコンコンと軽いノックが聞こえると、2年のアレンが入ってきた。
「ハル先輩。えっと夕食をお持ちしました
」
アレンはお盆を持っていて、そこにはおにぎりがあった。
ハルは記憶をフル回転させて、彼の名前を思い出した。
「えっと、アレンだったよな?なんで?」
「エサル師に頼まれたんです。あと、食欲がなくても食べろって言ってましたよ」
「そうか、ありがとう」
「いえ、それではぼくはこれで」
と言ってアレンは部屋を出ていった。その途端部屋が静かになった。
本来ならばこの時間は夕食の時間だ。休日とはいえ学園の生徒は食堂で飯を食べる生徒が大半なので少しは生徒の声が聞こえてもいいはずだ。
だが、どうやら教師が気を使って何か言ったのか全員が寮の食堂をつかってくれているようだった。
そのおかげか、部屋は静まり返っていた。
ハルとクレトは食欲はなかったが、取り敢えずおにぎりを無理やり食べておいた。
そして、夕食を食べてしばらくした頃クレトが話しかけてきた。
「ねぇ、おにい…、ハルさん」
「ん?」
「お姉ちゃん死なないよね…?」
クレトはいつの間にかポロポロと涙を流していた。
ハルは少し迷ったが、クレトの頭をポン、と撫でると
「大丈夫だ。あの子はな、男5人相手に1人で向かっていった、たまものだぞ」
と言った。だが、クレトは泣き止まず更に言葉を連ねた。
「でも、あんなに血が流れてて…」
「…。お前、あの子のこと好きか?」
その瞬間、クレトが顔を上げた。
「大好き!だってお姉ちゃんは、ぼくらを助けてくれた」
「そうか、じゃあ信じてやれ」
「…信じる?」
「そうだ。それに、お前が信じてやんなきゃ、誰が信じるんだ?」
「…うん、分かった!ありがとう、ハルさん」
「あぁ。それと、ハルさんじゃなくて、ハルでいいぞ」
「分かった、ハル!」
と、クレトが初めて笑った。それは普通の可愛い男の子の笑顔だった。
それからハルとクレトは不安な気持ちを消すためにたわいのない話をしていた。
そして2人はいつの間にか疲れて眠ってしまっていた。
「…ハル、起きなさい」
「え、あ、はい!」
ハルは誰かに肩を揺さぶられて飛び起きた。
「あれ?えっと…?」
「おはよう。といってももう夜中だけどね。」
「あ、エサル師」
と、ハルの目の前に疲れ切ったエサルの顔があった。
ふと、ハルが膝に重みを感じて真下を見ると、クレトがハルの膝を枕代わりにしてすやすやと、眠っていた。
「そう言えばエサル師!処置は…?」
「…。まぁ、一応山は越えたかしら」
「そうですか!よかった…」
と、話し声が聞こえたのかクレトがむにゃむにゃと言いながらも起きた。
「おう、おはよう。クレト。お姉ちゃんの処置終わったぞ」
「……!本当!お姉ちゃん助かるの!?」
「まだ分からないけど、おそらくね」
と、エサルが苦笑しながら答える。
「あの、お姉ちゃんのとこ、行ってもいい?」
「まだ、目は覚めてないわよ?」
「それでも、それでもいいから!」
「えぇ、いいわ。でも救護室では頑張ってくれた教師達も寝てるから静かにね?」
とエサルがクレト視線を合わせるため、しゃがみながら答えた。
よく見ると、エサルの目にはクマができ、肩で切りそろえてある栗色の髪はボサボサになり、服のところどころが血で汚れていた。
「うん」
クレトは嬉しそうにそう返事した。そしてハルとクレトはエサルに連れられて、救護室へ入っていった。




