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皇帝崩御

ヴァンが眠ってからかなり時間が経った。ヴァンはふと、目に光を感じ、むくりと起き上がり、頭をかいた。窓の外を見ると、太陽がさんさんと輝いている。気持ちの良い朝だ。見渡しても、部屋にクラマの姿はなかった。どこかで鍛錬でもしているのだろうか。



「……そういや、授業ってどの時間から始まるんだ?」


うっかり肝心な事を聞き忘れてしまっていた。いやそれより、ヴァンはこの学園について何も知らない。とりあえず、どこで、いつから授業が始まるのか。それだけでも聞いておこう。クラマはいないので、マリアかアンネに聞く必要がある。


ヴァンが部屋を出て、二人の部屋に向かおうとすると、アンネが廊下で佇んでいるのを見かけた。


「おはようございます、ヴァンさん。早いんですね」


アンネは穏やかに、まるで慈愛の女神のように微笑んだ。太陽に照らされ、なんだか神々しかった。


「おはよう、アンネ。聞きたいんだが、授業はいつから始まるんだ?あとどのくらい時間がある?」


「開始30分前に鐘が鳴るので、それが合図ですよ。授業まではまだ大分時間がありますから、一緒にお食事でもいかがですか?」


アンネの背は低い。必然的に、背の高いヴァンにものを頼む時には、上目遣いになる。それが意図的にせよ、偶発的にせよ。アンネほどの美少女がやれば、凶猛な餓狼のように、瞬く間に男心を喰い荒すだろう。


ただ、アンネという人は、そういった事を、狙ってやるような人間ではないというのは伝えておこう。



朝早いからか、広い広い食堂には、ほとんど人がいなかった。食堂内は非常に静かである。好ましい静かさだなあ、とヴァンは呑気に思っていたが、ふと何かに気付いたように、顔色を悪くした。


「……そういや、金持ってない……」


「えっと、学食は無料ですから、大丈夫ですよ」


「タダなのか?太っ腹だな」


「学費も安いんですよ。その代わり、学園が所有している、畑とかの管理を生徒がしたり、依頼の料金の何割かを、学園に収める必要があるんですけど」


へえ、とヴァンは感心した。そういえば、このリオーネ学園の学園長であるハイオンドは、有望株が軍に入ると、大金が入ると言っていた気がする。優秀な人間を見つけるためには、家柄や貧富の差にこだわらずに集めた方が、効率が良い。そのために、生徒にかかる負荷を減らそうというのだろう。重要なことである。



「飯か……。とりあえず、量だ量」


「ご、豪快ですね」


ヴァンは空腹である。なにより、戦で削ったエネルギーを補給する必要がある。腹を満たし、エネルギーを摂るために、容赦なく、お椀に並々ならぬ量の米を、大山のようにどかどかと盛り付けるヴァンに、アンネは少し驚いた様子だった。


量を重視し、混沌とした見た目になったヴァンとは違い、アンネのトレイは、色彩豊かで、緑が多い。料理が美味しく感じる時の要因として、見た目という調味料は、少なからず力を持つだろう。アンネは小さな女性であるため、量よりも味をとるのは必然であるし、その整ったトレイの様子は、彼女の性格を、多少なりとも示しているのではないだろうか。



さて二人は席に着き、食事を始める。楽しい食事というのは、楽しい会話が必要である、という考え方もあるが、ヴァンは、ハイペースで次々と食べ進めていくため、とても会話しようという気配が見えない。心なしか、困ったような表情をしたアンネだったが、どうしても伝えておきたい事があったので、返事には期待せず、ヴァンに向かって言った。


「ヴァンさん。……その、ありがとう。ごめんなさい」


「……何が?」


箸を止めずにヴァンが返した。


「小説のことです。自分恋しさで、ヴァンさんの負担の事を考えずに……」


「昨日終わった話だろうに。気にする必要ないだろう」


「改めて、申し訳なく思って。でも、ヴァンさんのおかげで、もやが晴れたようにスッキリしました」


「そんな殊勝な事言ったかなあ」


「……言ってませんでしたか?」


「むしろ貶していた記憶しかないぞ」


「それでも、ですよ」


アンネは、ふふ、と笑った。ヴァンは、そんな彼女を、不思議だと思ったが、良かったのならそれで良いか、と自己解決することにした。


「でもアンネの小説。もしかしたらこの時代でも読んでもらえるかもしれないな」


「読んでもらえますかね?」


「軍事利用してみるのはどうだ。相手軍に、パンデミックを起こせるぞ」


「……なんだか成功してしまいそうですね……」


アンネは複雑そうな表情を浮かべた。


「じょ、冗談だよ」


ヴァンは慌てて訂正した。それから、お椀に残った最後の飯を、口の中に入れた。



それからヴァンは、アンネと話をした。この学園について、いろいろと聞いた。ただ、あまりにヴァンが何も分かっていないので、彼女は思わず


「生徒手帳は持ってないんですか?」


と聞いた。生徒手帳とはなんだ、とヴァンが問うと、学生皆に配られ、学園について、様々な説明が書かれているものです、とアンネは答えた。


あのエイナとかいう教師め、さては俺に渡す事を忘れていたな。授業の後に問い詰めてやろう、とヴァンが考えていると、腹に響くような、重い鐘の音が聞こえた。二度、三度。それは授業の開始を予告する音である。


「それでは、一緒に行きましょうか」


それから、アンネと共に、ヴァンは教室に向かった。



教室は、そこまで広くなかった。まだ全員揃っていないが、机の数からして、だいたい20人くらいは入るだろう。太陽が昇ってから時間は経っていたが、眠そうな眼で、あくびをしている生徒も見受けられる。


時間が経ち、生徒達も次々と教室に入ってくる。その中には、もちろん、マリアとクラマの姿もあった。


「授業はないでしょうね」


席に座るなり、マリアはつぶやいた。


「お前の予想が当たっていれば、な」



その国の皇帝が亡くなる、という事が起こってしまった場合、国中で何日か喪に服すのが、当たり前とされている。昨晩のマリアの、皇帝陛下崩御という予想が当たっていた場合、当然この学園も、授業を行う事はしないだろう。


「外れています、きっと……」


アンネの声は、一種の強い願望が、こめられていた。


また、鐘が鳴った。今度は、授業開始を告げる鐘である。がらりと扉が開く。ここの担任であるエイナが入ってきた。目は、赤い。おそらくは、涙の跡である。


(マリアの予想は当たったようだな)


そう、当たった。エイナはしばらく沈黙していたが、やがて重い口を開いた。


皇帝陛下が亡くなった事が、狼煙によって分かった事。喪に服すため、3日間授業を休止する事。そんな内容だった。それを聞いた教室は、にわかにざわつき、やがてそれは、すすり泣く声に変わった。


マリア、クラマは泣いていなかった。前日から、ある程度覚悟していたからだろうか。アンネは泣いていた。信じたくない現実を、突きつけられたからだろうか。


ここ、ジブリオの皇帝が、優れているという事は、ヴァンもよく知っていた。民を思い、敵を作らないようにしていた。名君というのは、及ぼす影響が大きい。敵にも、味方にも。次の皇帝次第で、このジブリオは大きく揺らぐだろう。


暗君が国を治める、などという事があれば、平和な時代でさえ、国家が傾きかねない。今の揺らいだ世の中ならば、余計にひどい。が、ジブリオの臣下は、優秀な人材が多いと聞く。大丈夫だろう、とヴァンは思っていた。内輪揉めさえしなければ、だが。アキナも、それで滅びた。


教室内は、まさにお通夜の雰囲気である。エイナが、各自自由に行動するよう、形式的に言っても、生徒達は、皆しばらく泣いていた。泣かねば収まらないような、感情の波が、彼らの心に押し寄せていた。エイナも、心を落ち着かせたいのか、教室を出て行った。


だが、エイナには用事がある。ヴァンは、教室を去ったエイナを追いかけ、生徒手帳を渡してくれ、と要求した。当たり前の要求である。エイナは、少しぽかんとした表情を見せ、それから少し間を置いて、


「あっ」


という声を漏らした。本当に忘れていたのか。ケアレスミスというのは、時として致命傷を呼ぶ。別に、生徒手帳を渡す事を忘れていたとしても、そこまでの問題はないし、腹を立てるような事でもない。

しかし、気をつけて欲しいものだ、とヴァンは言った。エイナは申し訳なさそうな顔をして、お詫びに、どんな事でも相談に乗ろう。何かあったら直ぐに僕に言ってくれ、とヴァンに告げた。


ヴァンは、服と金が欲しい、と言おうとしたが、やめた。この学園では、依頼を受ければ金が手に入るのだ。それならば、エイナの手を煩わせる事なく、自分で稼いだ方がずっといいだろう。ただ一応、服をもう一着欲しいとエイナに言うと、しばらくの時間をかけて、変わらず地味な服を持ってきてくれた。



そういうわけで、ヴァンは、依頼が貼られるという掲示板を、生徒手帳片手に探し、見つけた。だがしかし、そこには何の依頼もなかった。がくりと肩を落とす。仕方なく、寮に戻る。



部屋につき、これから一日何をしたものか、と生徒手帳をめくる。図書館で、何か本を探してもいい。寮の食堂の隣にある、生徒達の憩いの場、ラウンジに行ってもいい。


ヴァンが迷っていると、クラマが話しかけてきた。


「ヴァン殿、少し手合わせでも如何か」


「手合わせ?もちろんだ。俺の心器は刀。そっちの心器は?」


ヴァンはにやりと笑った。学園の生徒と剣を交え、成長させる事が、言わば自分の使命である。ハイオンドは意識する必要はない、と言っていたが。しかし、義務や使命を除いても、自分の心が、熱く昂ぶっているのが分かった。彼に流れる武将の血が、回復しかけている自分の身体を、試させろと疼いている。


「弓。しかし、それでは良い鍛錬にならぬ」


「俺は面白いと思うがね」


「今回の勝負、ヴァン殿の実力を拝見するために執りおこなう、と某が言えば、どう思われる?そのために、弓よりも近接武器の方が都合が良い」


「良いじゃないか。しかし良いのかい、心器以外の武器なんて。それだけでハンデだぞ」


心器と並の武器が打ち合えば、どうしたって武器の方が砕ける。たとえ、どんな名工が、どんな良い素材で作ろうが、心器の方が強い事が多く、それに心器は、損傷も、劣化も知らない。心器は優れている。だからこそ、戦場で心器以外の武器が使われる事は少ない。どうしたって、心器は優秀なのだ。


しかし、クラマは不敵に笑ってみせた。


「某、ただ己を鍛える事しか知らぬ、武芸者故に。あらゆる武器を、見事に振るってみせよう」


クラマは、部屋にある数多の武器の中の、一つの武器を選んで、手に取った。


「その中でも、槍。某の心器である、弓と同等に扱えまする。この槍で、心器にも劣らぬ力を見せましょうぞ」


「決まりだ。場所は?」


「寮から少し歩くと、人も動物も滅多に通らぬような、草原。そこで如何か」


承諾した、と言わんばかりに、ヴァンは勢いよく立ち上がった。クラマもそれを受け、槍を抱えた。


「では、参ろうか」


マリアとアンネは、今日一日は、部屋でのんびりと過ごそうとしていた。皇帝陛下が崩御した日である。自粛するのが当然だ。しかし、窓から見えた、ヴァンとクラマの姿に驚き(何と言っても、クラマは槍を担いでいるのだ)、その後をついて行く事にした。

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