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姫の手紙

マリアがシャワー室から出て行って直ぐに、ヴァンはシャワーを浴びた。久しぶりに身体を洗い、天にも昇る心地だ。疲れと汚れが排水口へと流れていく。ヴァンは疲労からか、反応が鈍い身体を壁にもたれかからせ、ふと自分の身体を見てみた。身体中に刻まれた傷は、まだ完治していない。こんな傷で良く生きていたものだ、と自分の悪運の良さに感嘆すると同時に、ハイオンドに会っていなければ、今ごろは死んでいたのだろうな、とも思った。



そんなふうに、ヴァンが感傷にひたりながら、しばらくシャワーを浴びていると、シャワー室の扉が、がらりと開いた音がした。


「ヴァン君?君の着替えはここに置いておくからね。誰かの忘れ物で処分しようとしていたものだけど……。まあ、お下がりくらいは気にしないでくれ。それと、血だらけの君の服、洗っておくよ」


声の正体はエイナだった。どさりと服を置いた音が聞こえた。


「すまないエイナ先生、ありがとう」


「これくらいはね。……ああそうだ、ハイオンド学園長から手紙を受け取っていたんだった。服のポケットに入れておくよ」


「手紙?…………!!分かった、そうしてくれ」


「うん。それじゃ、僕はシャワー室の外で待っているからね」


更衣室から離れる気配、シャワー室の扉が開く音を感じると、ヴァンはシャワーを浴びるのを止め、すぐに服と、ハイオンド学園長からのものと聞いた、手紙を取りに行く。それはおそらく、ハイオンドと約束した、アキナの姫君の無事を知らせる、あるいはその安否が確認出来なかった、というような内容の手紙ではないだろうか。


ヴァンは手早くタオルで身体を拭き、地味で特徴的でもなんでもないような服を着て、胸ポケットに入れてあった手紙を手に取った。はやる気持ちを抑え、ゆっくりと開く。その手紙には、ヴァンが気にかけていたアキナの姫の字で、確かにこう書かれていた。



『ヴァンフォーレ様へ


私がハイオンド様から貴方の無事を聞いた時、心の底から嬉しく思いました。私を逃がすため、敵の大軍に勇猛果敢に立ち向かっていった貴方の勇姿は、今でも私の瞳に焼き付いております。しかし、私を護衛して下さっていた兵の皆さんは、お二人を残し、皆ランバニアの手によって討ち果たされてしまいました。

森の中で伏兵にあってしまったのです。そのお二人も、その時に受けた手傷が、まだ完治しておりません。

でも、ヴァンフォーレ様の故郷の方々は、皆優しく、我々3人を匿ってくれています。私を支えて下さっている方々は、本当に頼もしいのです。


ですからヴァンフォーレ様。私達の心配は不要です。今はもう、アキナ王国なんてありません。私と貴方はもう主従関係ではありません。これからの私は、緑豊かな村に暮らす一人の村娘でしかありません。


だからヴァンフォーレ・ワインズさん。これは友人として言わせて頂きます。私に縛られないで下さい。私を心配する必要はありません。私やアキナに対して、もしまだ忠義を感じてくれているなら、なおさらです。どうか焦らないで下さい。我々よりもまず優先すべき事がある。今貴方は我々以外に必要とされている。違いますか?


私は今の生活がとても気に入っています。どうか貴方のこれからの道が幸せでありますように。


貴方の友人、ティレ・アキナ・ユイルより』



この手紙を読んだヴァンの胸には、万感の思いが駆け巡った。そして同時に、これからの事の決意を固めた。


ヴァンという男は、アキナの姫君、ティレとある程度の親交があった。何度か話した事がある程度だったが、自分の師匠を権力争いで失い、その時、ヴァンの師匠と泥沼の争いを繰り広げていた将軍の口車にまんまと乗せられ、処刑の号令をかけた王族に不信感を持っていたヴァンとしては(別に王族を恨んだりはしていないが)、彼女の聡明さが好ましく思えたし、また彼女個人になら忠誠を誓ってもいいと思っていた。


だからここは、彼女の聡明さに預かろう。彼女の側には、ヴァンがかつて将軍だった時の側近がついているはずだ。彼らならば、しっかり姫君を守ってくれるだろう。今はとにかく、この学園だ。学園長を勤めるハイオンドには恩がある。一年間、ここの学園生活を全力で取り組もう。



ヴァンはこれからの一年に向けて気合を入れ、手紙を細かく破って胸ポケットにしまうと(これは後で、証拠を残さないように燃やしてしまうため)、勢いよくシャワー室の扉を開けた。


「ん、もういいのかい?」


外ではエイナが、待たされて疲れたのか、小さいあくびをしていた。


「ああ、もう大丈夫だ」


「そう、それは何よりだね。君が住む寮は一階の真ん中だよ。さ、行こうか。案内しよう」


そう言うとエイナは歩き出した。

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