異世界で何があったのか
ふと思いついて書いた作品です。
異世界に行った。
死んだ。
――窓から差し込む光が目に痛い。
ベッドの上で目を覚まし、自分がおなかを出していることに気が付き、そこでようやく自分が今まで寝ていたことを理解した。
何だか頭がふわふわしていて、いまだ夢でも見ているようだ。これでも寝起きはいいほうなのだが。
そこでふと、自分は今まで異世界に行っていたことを思い出した。確か、異世界で学園に通っていたはずである。
あたりを見回してみると、そこは異世界に行く前の自分の部屋だった。
もしや異世界に行っていたというのは夢だったのだろうか。
それにしては、やけにはっきりとした記憶があるのだが……
「お兄ちゃーん、朝だよー。早く起きないと学校に遅刻するよー」
長い間使っていなかったかのような、どこか懐かしさのある部屋の中で、今の自分の状況について考えていると、なつかしい、とてもなつかしい妹の声がした。
そういえば自分は、異世界に行く前は学校に通っていたな、と懐かしみつつ、枕の横の時計を見ると、確かに、このままでは遅刻しそうな時間だ。
「いま行くよ」
そう一声かけ、自分の部屋から出ていく。
懐かしい。自分の部屋を出ると横にある物置部屋も、昔よく妹と競争していた階段も、見るものすべてが懐かしく感じる。
階段を下りて、リビングに向かうと、妹が忙しそうに動いていた。
そういえば両親は朝早くから仕事に行っていたので、朝は妹と二人で食事を食べていたっけ。
「やあ、椿。久しぶり」
「久しぶりって、お兄ちゃん。昨日寝る前にあったじゃない。どうしたの?」
あれ? そうだっただろうか。ということは、やはり、あれは夢だったのだろうか。
いやでも、それにしては鮮明に覚えている。異世界で食べた料理の味もはっきりと思い出せる――あれはうまかったなあ。あと一度くらい食べておけばよかった。
「なあ、今日は何月何日だっけ?」
「お兄ちゃん、ほんとにどうしたの? 今日は八月三日よ。早くいかないと学校に遅れちゃうよ」
あれ? たしか自分が異世界に行く前の日付は八月二日。異世界では二年ほど過ごした記憶があるのだが……
「とにかく、私はもう行くから。お兄ちゃんも遅れないようにね」
いってきまーす、という声を聴きながら、とりあえずは学校に行くことした。
――朝食がパンなことを恨む。自分はパンを食べるのに時間がかかるタイプなのに。異世界のあの食べ物はそこのところ早く食べられてよかったなあ。
学校でも懐かしさが込み上げてくる。
うーむ。やはり異世界に行っていたのだろうか。
「おう、おはよう。昨日の宿題できたか? なんかすごくむずくなかったか」
教室で学校を懐古していると、友人が話しかけてきた。
あ、宿題のことなどきれいさっぱり忘れていた。それに、異世界にいっていたからできていない。
異世界に行っていたのでできていません、なんて言い訳は通用するだろうか。それよりは、異世界に行って世界救っていたのでできていません、のほうがいいか?いや、世界は救ってないんだけど。
「まじか。珍しいな。お前が宿題してこないなんて」
「いや。ちょっといろいろあってさ」
異世界に行っていたなんて荒唐無稽なこと、話したら信じるだろうか。いや、普通は信じないだろう。自分が友人にそんなこと話されたら、まず間違いなく信じない。夢でも見ていたのだろうと思う。真面目に話されたら治療院に行くことをお勧めするくらいだ。
「ふーん。まあでも、お前だったら怒られたりしないだろ。成績いいし。普段の態度も真面目だし」
と、言った後の友人の顔が、やっちまった、みたいな顔になった。どうしたのだろうか。
「まあね。そこのところは普段真面目にしといてよかったと思うよ」
特に思い当たることもなかったのでそう返すと、友人は間の抜けた顔をした。どうしたんだ、ほんと。
「いや、すまん。言っちゃ悪いが、あんなこと言ったらお前、『なにそれ。嫌み?』みたいなこと言っていたから」
あれ、そうだっけ? 異世界で二年ほど過ごすうちに成長でもしたのだろうか。
「まあね。僕も日々成長しているのさ」
「うーん。なんか急に大人びた感じがするなあ。そうか、これが成長か」
腕組みをしてしみじみとうなずいている友人を見ながら自分は、やはり異世界に行っていたのかと思った。
そういえば、自分はどうして元の世界に戻ってこられたのだろうか。そこのところが、それこそ夢でも見ていてかのように思い出せない。
うーん。異世界の繁華街で、異世界で出会った友達と買い物をしていたところまでは覚えているんだけど……そこから先が思い出せない。
なんてことを考えていると、先生が教室に入ってきた。友人はもう自分の席に戻ったようだ。
先生を見るのも久しぶりだ。先生がたばこを吸っているのを見るのも懐かしい。そうそう、毎朝たばこを吸いながら教室に入ってきていたよな。 でも正直くさいからやめてほしいんだよね。
授業中は、なぜ異世界から戻ってこられたのかをずっと考えていた。
異世界に行っていた二年間のことははっきりと思い出せるのに、なぜか最後のところが思い出せない。
うむむ、思い出だそうとすると心なしか頭が痛い。思い出せそうな気がするのに……
「おい、聞いているのか。おい」
「あっはい。なんですか」
考え事に集中していて、先生に話しかけられていることに気が付いてなかった。しまった。
「本当にどうしたのだ。今日はやけにぼーっとしているな。熱があるなら帰ったほうがいいぞ」
「いっいえ、大丈夫です。」
「そうか。じゃあこの問題を解いてみろ」
「は、はい。ええと――こうですか」
少し複雑な計算問題を解くと、先生が口を開いてぼけっとした……いや、これは驚いた顔だな。いつもキリリとしている先生には珍しい間抜け顔だ。
「なんだ。その、解き方は」
「なんだ、といいますと?」
「いや、私はそんな解き方を見たことも教えたこともないのだが」
しまった。つい異世界で友達に教えてもらった解き方をしてしまった。こっちのほうが簡単だし速くできるから、つい使ってしまった。
……ん? 先生が知らない知識ということは、つまり、自分が異世界に行っていたことは間違いないということだ。
そうか、やはり自分は異世界に行っていたのか。ということは、この記憶も夢じゃないということだ。うんうん、やけに鮮烈に覚えているからそうだと思っていたんだよね。
しかしそうなると、なぜ自分は元の世界に戻ってきたのか余計に気になる。
うーん、何があったのだろうか。
……結局学校ではなぜ異世界から戻れたのかわからなかった。
学校から友人と一緒に帰っていると、うちの学校の生徒と別の学校の生徒が怒鳴りあっていた。周りには野次馬ができている。
「そっちが先に喧嘩売ってきたんだろうが!」
「はあ? そっちだろうが!!」
どうやら喧嘩のようである。原因は怒鳴り声を聞く限りでは、どうやらどちらかが相手の学校を馬鹿にしたということらしい。
こういうのにはかかわらないのが一番である。
そう思いその場から離れようとすると、ふと耳にこんな言葉が入ってきた。
「何言ってんだ、押しただけだろうが!!」
押しただけ、か。なぜかその言葉が引っ掛かる。
うーむ、わからん。
家に帰ると、妹がリビングで勉強をしていた。関心なことだ。
「あっ、お兄ちゃんおかえり。丁度良かった」
「どうかしたのか?」
「それが、今日学校で実技の課題が出てね。お兄ちゃんに見てもらいたいの」
「ああ、いいよ」
妹の椿は少し恥ずかしそうに右掌を上に向けると、「*****」と唱えた。
光球の魔法か、懐かしい。
妹の右掌の上の光球の魔法を見ていると、自分はふと思い出した。
――ああ、そういえば自分は異世界の友達を押し飛ばして、代わりにトラックとやらにひかれたんだった。
何度か行きたいと思うときはあったが、結局、自分はこの後二度と異世界には行けなかった。




