灰色の空、孤独の色
(1)
姿を隠す為にコートを着て帽子を被り、長めの手袋で手の羽毛を隠す。
少し暑いけれど、それで隠せるモノのことを考えれば我慢できるようなことだ。
この世界だとあまり意味は無いかもしれないけど、僕は家である廃マンションを出て鍵を閉める。
そして僕は曇り空の中、すっかり廃虚になった街に繰り出す。
文化レベルは40年とも50年とも後退してしまったと言われる世界の中のこの街は、廃虚を改装されて作られた店や露店、中にはこんな世界の辛さを忘れる為にか賭博場や遊技場、中には遊郭紛いの店さえある。
ここまで荒んだ世界ならあって当然のものだ、みんな生きる為に必死だった。
「水を500mlください。」
「あいよ、銀貨3枚だ。」
露店のおじさんから瓶に入った水を買って僕は一息つく。
この世界で『安全』な飲料水は高価でそうそう手に入る物じゃない。
それは雨水を含めた現在の日本にあるほとんどの水はセシウム137に汚染されていて、それを除染して安全な水にするのは大変な手間がかかってしまう。
日常生活・工業用水程度なら除染基準が飲料水より低いからまだしも、飲料水となるとその基準はとてつもなく厳しい。
だから大半の人は決して完全に安全とは言えない水を飲んでいる。
この水500mlでさえ銀貨3枚と言うかつての日本円で2000円以上の値段だ。
勿論、特にぼったくりでもなんでもなくそれがこの世界では相場だった。
「お水を…少しでいいのでください。」
一息ついていると、僕と同じくらいの歳の女の子が話しかけてきた。
ボロボロの服装に痩せた身体、どう見ても貧困層の子だろう。
「いいけど…僕から貰うってことがどういうことかわかるの?」
言いながら僕は少しだけ帽子をずらし、手袋を少しだけまくる。
「ひっ…!」
女の子がまるで化け物を見たかのように小さな悲鳴を上げる。
手首を中心に生えた羽毛と、紫色の瞳。
「は、高地人!」
高地人。
それは普通の人たちが僕たちに一方的につけた蔑称だった。
身体能力が高く、空を飛行できて放射能にも耐えられる僕たちはこの世界の中ではいい暮らし保障される(貴重な戦力だったり作業員だったりで、僕も含めて高給取りが多い)のは確かだ。
だから『高い場所にいる者』つまりは金持ちの傲慢な奴らと非難するためにそう呼んでいる。
そして、その高地人から物を貰うのは普通の人々にとっては非難されるべきことだと考えられている。
高地人や、それに友好的な人々を抹殺しようと言う新興宗教もあるくらいだ。
僕は水なんかあげてしまっても良いと思っている。
でも、僕から水を貰うとこの子はリンチに遭ってしまうかもしれない。
だから見せたくもないこの姿を見せた。
「いい?僕から離れたらこの石を僕に投げつけるんだ。手加減をしたらばれちゃうかもしれないから、思い切り頭とかを狙って投げるんだ。」
僕はこっそりと女の子に石ころを渡しながら小さな声で耳元で囁く。
「ご、ごめんなさい。」
「いいよ、気にしないで。僕は石を投げられた程度じゃ死なないけど、君はリンチを受けたら死んでしまうかもしれない。」
じゃあね、と言ってその場から離れる。
しばらくして、石が僕の頬を掠めながら飛んで行って、僕の皮膚を少し裂いた。
切れた頬から血が一筋流れる。
「あんた、そんなに生真面目じゃ身が持たないよ?」
「いいんです…僕は僕が醜くて憎まれる存在だって理解していますから。僕たちは、そう思われて当然なんです。」
一部始終を見ていたらしい水屋のおじさんが苦い顔をしながら僕に言う。
「そんなことない、そう思ってない奴はいるしな。あんただって好きで高地人になった訳じゃないだろう?」
「そうですね。でも、僕は僕自身のことはそう思うんです。お父さんもお母さんも優花ちゃんも死んじゃったのに僕だけがのうのうと生き残った。この姿はその罪だと思うんです。」
「そうか、あんたみたいな子でもそう考えていうのか。」
「はい、それじゃ僕は仕事がありますので。」
それだけ言って僕はおじさんと別れる。
血をコートの袖で拭った。
(2)
「こんにちは、少し遅かったですか?」
「いや大丈夫だ優少佐。ちょうどいい頃合だろう。」
僕が入ったのはこの廃都市の中でも数少ない新設された施設、臨時結成された仮政府の建物の一つ『中央軍司令部』だ。
そう、これが僕の仕事。
秩序の崩壊したこの世界では仕事に年齢は無い、ただ出来る人ができることをやって出来る人だけが生き残るだけの世界だ。
そして、僕はそこで最年少の佐官になった。
だからこそ、この世界で独りで生きていくことができた。
僕と話しているこの人、眼鏡をかけた長身の長い黒髪の女性。
この人は黄泉川 舞、階級は准将で僕の直接の上司になる。
もちろん高地人で背中から大きな茶色の翼が生えている。
「しかし、お前はその姿は何とかならんのか?外ならまだしも軍内じゃ気にする奴なんてほとんどいないだろう。せめて帽子くらいは取れ。」
「嫌です、醜いから。
「上官命令だ。」
そう言って舞さんは僕の帽子を取ってしまう。
紫色の瞳と濃蒼の髪が露わになってしまった。
「ふん、それでいい。それだけいい容姿を持っておきながら醜いと言うなんぞ、それこそ可笑しな奴だ。」
「僕が嫌なんです。」
「勿体無い奴だ。もっと素直で明るい奴なら大層モテるだろうに、今のひねくれた性格じゃ興味を持つ物好きなんぞ私しかいない。」
この人はホントに…
思えばこの人はずっとそんな感じだ。
僕を軍に半ば強制的に入れたのもこの人だし、今まで何かと僕に構うのもこの人でこの人のせいでどうも僕は銚子を崩してしまう。
この人には、勝てない。
「で、今日僕が呼び出されたのはどうしてですか?」
「せっかちな奴だ。」
あたりまえだよ。
さっさと話題を切り替えたかったから、僕は少し語調強く聞いた
このまま放って置くと、ズルズルとあの人のペースに引き込まれかねない。
「もう少しばかりお前を弄ってやりたかったんだが仕方ないな、本題に入ろう。お前みたいなほぼ『実力』だけで少佐までなった奴がわざわざ呼び出されているのだから、薄々気づいているのだろう?」
「まぁ、大体は。」
「それは結構なことだ。元合衆国で狂人の暴動が起こったらしいが、多分それはただの暴動じゃない。おそらく『ガスト』が発生した。」
ああ、やっぱりそうなんだ。
『ガスト』はある意味僕ら高地人より哀れな存在かもしれない。
『4799』によって世界各地の人々が被害を受けたのはこのありさまを見ればわかるけど、その影響にはばらつきがあって、一瞬で蒸発した人から一時的な頭痛で済んだ人や影響を全く受けなかった人までいる。
その中でも最も多い症例が『思考機能』を中心に脳機能や神経系が破壊された人々だ。
痛覚や感覚などの神経や脳機能の一部が破壊され、痛みも恐怖も感じず昆虫レベルまで知能が低下した『彼ら』はもう人じゃない。
『4799』の効果で焼け爛れてめくれた筋繊維の剥き出しになった姿で濁った瞳に映る生者を残された本能のまま、動物のように獲物として襲い掛かる姿はさながらホラーパニック映画みたいだ。
それが現実に起こっているのだから、悪夢以外の何物でもない。
今でも不特定の場所にたまに降り注ぐ『4799』でガストと化した人々によって生き残った人々の集まっていた街が何度も喰い潰されている。
それに対抗するのが、放射能すらシャットアウトする身体で『4799』の影響をほぼ受けず、飛行能力でガストに対してアドバンテージが取れる僕たち高地人だ。
僕はこの仕事で戦果を挙げて有名になったから、こうして裕福な暮らしができている。
こういう仕事をしているからこそ裕福なんだ。
『あの人たち』はそれがわかって言っているのだろうか?
わかっていながら、僕たちを蔑むのだろうか?
「場所は元アメリカ合衆国の旧ニューヨーク市街地。そこに降り注いだ『4799』の影響で死傷者は約1200人、ガスト化しあのが推定6000~7000人だ。」
「多いですね、あまりにも。」
状況は考えていたよりも最悪だった。
生存者が多く避難している旧ニューヨーク市街地に『4799』が降り注いだのが原因だった。
ガストの数が多すぎる。
これじゃ生き残った人々もじきに捕食されてしまう。
「これを受けて各国の臨時政府は人類の存亡に関わる第一級緊急事態として『新国連軍最高幹部』の招集を決定、12人の最高幹部を中心に特別討伐兵団が結成されることになった。」
「久しぶりですね、最高幹部の皆さんと共闘するのは。」
最高幹部は臨時的に作られた『新国際連合』の『新国連軍』に所属する12人の高地人のことで、対ガスト制圧戦の専門家だ。
その内訳は(全員元が付くけど)日本人とアメリカ人が3人、中国人、ロシア人、韓国人、ドイツ人、イギリス人、イタリア人がそれぞれ1人ずつという構成だ。
何故こんなに地域が偏っているのか、どうして日本地域だけを襲った超濃密放射能による高地人化の影響を他の地域の人まで受けていたのか。
その答えは至極簡単でアメリカ人の3人は元駐留米国兵、他の人々は放射能災害発生時に日本の大阪だった場所で開催されていた国際会議の首脳に付くSPとかの生き残りだ。
彼らは運がいいのか悪いのか、高地人となって放射能も『4799』にも耐えて生き延びた。
「お前と私以外の最高幹部は明日到着予定だ。同時に戦闘参加の高地人部隊も編制している、予定では最高幹部を除いて100人の大部隊だ。作戦決行は2日後だ。」
「了解です…だけど、今日今からやることがあるんですよね?」
勿論僕と舞さんが日本の最高幹部だ。
どうでもいいことだけど、僕は最年少の最高幹部だったりする。
「流石、頭の回転が早いな。今から私とお前で作戦に参加する日本兵士20人の選抜を行う。」
舞さんは意地悪く、ニヤリと笑いながら言った。