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作者: シグマ君

 この話を誰かにするのは何年ぶりだろう。

 あれは確か俺が高3だったから、もう10年は経ったはず。人に話すのってこれで2回目だ。前に喋った時は最後まで話せなかったんだ。おかしな事が起きたから。あれっていったい何だったんだろう……とても不思議。

 今から君達に話すけどきっと大丈夫。何もおかしな事なんて起きたりしないから。だから最後まで聞いてね。そんなに怖い話でもないし。


 どうして何も起きないって断言できるのって?


 だってさ、前に喋った時はそんなに経ってなかったから。きっと四十九日も終わってなかったんじゃないかな。それに俺達まだ10代だったしね。ああ俺達って、俺と友達2人の3人連れの事だよ。

 10代の頃ってさ、多かれ少なかれ、どの子も感受性って強いからね。いろんな事を感じたり、無意識に呼び寄せたりしちゃうから。きっとそれが原因だったと思うんだ。おかしな事が起きたのって。

 

 君達10代じゃないんだろ?


 えっ、18歳?! そっか……俺の話し聞くの怖い? でも大丈夫だと思うよ。だって俺の生まれ育ったあの町じゃないから。

 変な町だったんだ。

 生まれてから高校卒業するまで、ずっとその町に住んでたんだけど、いろんな事が起きる町でさ。よくこんな話も聞いたんだ。

 入院中の人がね、部屋の隅を指で差して「来るな、来るな、近寄るな、追い払ってくれ」って、大騒ぎしたんだって。もちろん部屋の隅には誰も居ないのにさ。老衰で満足に喋れない年寄りまで目を見開いて、口から泡を飛ばしながら暴れるんだって。

 周りにいた人が驚いて押さえようとしても物凄い力だったらしい。そして何日目かに死ぬんだよね。

 誰か1人の話じゃないんだよ。家族の誰かがそんな風に騒ぎだして死んでいったのって、あの町に何人もいるんだ。「その黒い奴を追い払ってくれ」って酷く怯えながら叫んで、そして死んでいった人が。

 俺の生まれ育った町じゃ「死神ってやっぱりいるんだ」って言う人すごく多いんだ。大人の人が真顔で言うんだ。


 君達が住んでる町って違う町だろ?

 そんな事を言う大人っていない町だよね?

 俺も、もう、あの町には住んでないし。だからこれからの話を聞いてもきっと大丈夫さ。


  ◆


 俺って小さい頃は臆病でさ。怖い話を聞いた夜なんて1人でトイレにも行けなかったんだ。でも、あるだろ? 怖いもの見たさって。そのうちに麻痺しちゃったんだと思う。

 ホラー映画やオカルト物って、あれって麻薬と同じでさ。「もっと凄いの」、「もっと怖いの」って、どんどん求めちゃうんだよね。そのうち、いつの間にかどんなに怖い映画見ても、どんなに恐ろしい話し聞いても何も感じなくなっちゃって。今じゃグロテスクな場面観ながら平気で飯食えちゃう。

 怖い話のネタだけが豊富になっちゃって、誰かに話して怖がらせるのが無性に面白かったんだ。あの…おかしな事が起きるまで。

 確か高3の夏の終わり頃だったと思う。俺が経験した或る出来事を友人2人に話したのって。そしたら説明出来ない事が起こったんだよね。

 俺、身体の震えを止められなかった。友人2人も真っ青になっちゃって。きっと何かの警告なのかと思って、それから怖い話を封印してたんだ……今日まで。


  ◆


 ある喫茶店で、俺は友人のC君と時間を潰してた。暇だったんだと思う。たしか午後の2時頃だった。日曜日だったのか学校も休みで、2人とも私服を着てたのを覚えてる。

 男2人で喫茶店にいても大して話しが弾む訳でもなくて、いつの間にか怖い話を互いに披露する事になっていったんだ。

 C君も俺に引けを取らないくらい、怖い話を誰かに聞かせるのが大好きな奴で。結局、怖がる聞き手がいないのって、話す側にとっては「わさび抜きの寿司」みたいなものでさ。とにかくピリっとこないんだよね。

 他には誰も客のいない喫茶店でね。ママなのかカウンターの中から俺達の座ってるボックスを怪訝そうにチラチラ見てる1人の女がいたんだ。そんな時にC君が言い出したんだよな。

「太郎を呼ぼうよ。あいつもの凄く怖がりなんだぜ」

 俺は一も二も無く同意したさ。

 15分くらいで太郎が来た。この喫茶店から家が近いんだろうなって、何の気なしに思った。 それまで俺とC君って、コーヒー一杯だけで粘り続けてたんだ。金も無かったしね。太郎が新たに何かを注文してくれたおかげで喫茶店の女の機嫌も少しだけ良くなったような気がする。

 さっそく太郎に色々な話を聞かせると、期待を裏切らない男でさ。とにかく怖がるんだよね。涙目になって、腕には鳥肌立てながら話しに聞き入ってくれるの。

 何度も「怖い、怖い、それってヤバイよ」って言いながらも、俺とC君の話をしっかりと聞いてくれるんだ。怖いんだろうけどこの手の話しが嫌いじゃないんだろうね。俺が小さかった頃と同じように怖いもの見たさを抑えられないみたいだった。

 うってつけの聞き手が加わったせいで俺とC君の話にも力が入ったんだと思う。声が無意識に大きくなっちゃって、カウンターの女にも全部が丸聞こえ。明らかに嫌な顔をし始めたんだ。

 でも俺とC君の話は終わらない。

 次々と太郎に聞かせてた2人。そのうちカウンターの女が近寄って来て、言われた。


「もう、いいかげんにしてくれない? 気味悪いんだよね。まだ、その手の話しするんだったらさ、悪いけど出てって欲しいんだけど」


 俺達3人は出て行った。もっと何か注文したりし、売上に貢献すれば違ったのかもしれないけど、金も無かったしね。

 時間は、もう4時を過ぎてたと思う。かれこれ2時間以上もさっきの喫茶店にいた事になる。その大半が気味の悪い話を延々として。それって確かに不気味だよね。


 それで終わりにすれば良かった。


 俺とC君が調子に乗り過ぎてた。どっちが言いだしたか覚えてないけどーー


「太郎の家に行こうぜ。どうせ暇だし」


 結局、場所を変えて話しの続きをする事になったんだ。

 道すがら太郎がいっそう顔色を無くして言ったんだ。


「俺の家、けっこうヤバイんだよな。誰もいないのに服とか引っ張られる事あって…」


 俺もC君も、そんな太郎の言う事なんかこれっぽっちも気にしてなかった。あの時はとにかく何かに憑かれたみたいに、その手の話にのめり込んでた。

 後から思えば太郎もなんで強く言わなかったんだろう。「怖い、怖い。家では変な事が起きる」って言いながらも俺とC君を連れて行ったんだよな。自分の家に。


  ◆


 俺は初めて太郎の部屋に入った。C君は何度か来た事があるみたいだった。西日が入る飾りっけの無い部屋だったのを今でも覚えてる。

 その時も夕方のせいで窓から西日が差しこんでた。

 太郎はオーディオマニアだとは聞いてた。C君とおんなじ趣味。2人とも60年代に流行ったビートルズが好きで、デジタル化した音じゃ当時を再現出来ないとか言って、レコードプレーヤーを持って、LP盤のレコードを随分と沢山持ってた。かなりレトロティックなマニアでさ。俺には全然理解できなかった。

 そんな部屋で話しを再開していったんだ。

 C君がある話しを切り出した。昔この町で実際にあった事。その話は俺も知ってたけど太郎は知らない様子だった。


  ◆


C君の話しーー



 昔、この町であった本当の話しなんだけど、もう何十年も前だと思う。

 あれ…知ってるだろ。今じゃトンネルになってるけど、あの道路。

 そのトンネルが出来る前の事だから、そうとう昔だと思う。

 誰かが写真撮ったんだよ。まだデジカメなんか無い時代だからフィルムで。そしたら山を覆うような、デッカイ女の顔がハッキリ写っちゃったんだってさ。それ写した人、怖がっちゃってどうしらいいかも分からなくて、結局、TV局の心霊特集って番組に送ったんだと。当時やってたお昼の何だかワイドショウーって番組。

 ちょうど夏休み特集だかで、心霊写真やら、霊能者に診てもらう番組だったらしいわ。

 そしたらさそのTV局、霊能者連れてこの町に来たんだと。マジで。

 全国放送で流れたらしくて、俺の母親もそのTV観てたみたいでビックリしたって言ってた。写真も放送されたんだけど、普通さ、心霊写真って何だかボヤ~って感じて良く分かんないだろ。それがさ……バーーーーーンって大写しで……。誰が見てもハッキリ分かったって言ってた。

 霊能者が言うにはさ、そうとう昔の自分みたいな霊力のあった女がこの土地に埋まってるって。それが写真に写り込んだんだって説明してたらしんだ。悪い霊じゃないけど成仏してないから、その霊能者が番組内で念を込めて成仏させたって。それでその番組は「はい、もう大丈夫です」って終わったらしいのよ。

 だけどさ、今でもあのトンネルってかなりヤバイって。夜中に車走らせてる時、突然ラジオ入らなくなった話し、俺けっこう聞いた事あるし。俺も姉貴と2人で通った時さ…急に車のライト消えちゃってさ。もう姉貴大パニック。マジで怖かったわ。

 俺と同じクラスの栄子。知ってるだろ。あいつ霊感強いらしくてさ。あら、付き合ってる彼氏って社会人だろ。夜中にドライブ行ったらしんだ。確かあのトンネル過ぎた辺りだって言ってた。

 前の方の路肩に炎が見えたんだって。けっこう離れた向こうに。彼氏に「あれ、あれ…あれって何?」って言ったんだけど運転してる彼氏は何にも言わないんだって。ずっと無言で前だけ見て運転してんだと。

 それでどんどんその炎に近づいて、それが車が燃えてるって分かったらしいんだ。栄子ビックリしちゃってワーワー言ったんだって。でも彼氏は全然反応しなくて、ずっと黙って運転してんの。

 車も停めようともしないんだと。そんなんだから助手席側の路肩で燃えてる車にどんどん近づいちゃって、ついにその燃えてる横を、彼氏、黙って運転していったんだと。その時だって反対車線側に膨らもうともしないで、普通に真っすぐに燃えてる車のすぐ傍を通ってったらしいんだ。もう、栄子、声も出せなくて目も逸らせなくて、じっと通り過ぎる燃えてる車ば見てたって言ってた。

 通り過ぎた後も、栄子、身体捻って後を振り返ってたって。どんどん小さくなってく炎をずっと見てたって言ってた。

 暫くして「ねぇいいの行っちゃって?」って彼氏に言ったら、「何?」って答えるから、「車、燃えてたでしょ! 車!」って叫ぶように言ったんだって。そしたら「知らん」とか「見てない」とか、全然そんな炎のこと覚えてないらしくて。言い方も何だか怒ってるみたいで、栄子の方を見もしないんだと。栄子もそれ以上は怖くて何も言えなかったらしいわ。

 あそこって今でもヤバイよ。


 ◆


 このC君の話には、俺が知ってる後日談がある。俺はそれを話した。



俺の話しーー



 実はさ。俺…今から2~3年前に見たんだよな。1枚の古い写真。そのトンネル工事が始まる直前の写真。だからそうとう古いと思うけど、あの霊能者が来た後に撮った写真だって言ってた。

 工事現場って測量するだろ。トンネル掘る前のその時の写真。

 写した人も何だかシャッター固くてなかなか写せなかったらしんだ。重かったって言ってた。シャッターが。

 それ写した人の奥さんがさ、俺の母親とそれほど親しくもないんだけど知り合いだったらしくて、その写真持って来たんだよな、俺の家に。もちろん俺も見たさ。

 旦那さんが若い時に写したモノだって言ってた。

 もう何て言ったらいいのか…。とにかく幽霊の記念撮影。ズラーーって並んでんの。

 どいつもこいつもみんな骸骨でさ。真ん中に骸骨じゃないのが1人。…あれは確か女だった。何だか周りの骸骨ども従えてるって感じだった。

 そのオバサンずっと写真持ってたらしいのよ。もう何年も何年も。

 捨てる事も出来なくて、だけど家に置いておくのも嫌で、とにかくずっとバックに入れてんの。それって怖いよな。俺その神経って分かるようで分からんわ。

 色んな人に見せて、どうしたらいいんだろう、って何年も聞き続けてるみたいなのよ。何かさ、その写真にとり憑かれてるって感じだった。

 TV局に送りなとか、お寺に持って行きなとか…色々言われたらしいけど、結局ずっと持ってんだよな。

 俺の母親も顔色無くしちゃって、ずっと黙っちまってたもんな。

 だけどあの写真は凄い。俺…もう見たくないもんな。けっこう色んな雑誌なんかで心霊写真見る事あるけど、あんなの見た事ない。

 それにあのオバサン……俺もう会いたくない。きっとまだ持ってると思うわ。

 さっきC君が言ってたけど、俺もあのトンネルは夜中に通りたくない。


  ◆


 この俺の話しが終わったくらいに太郎がレコードをかけるって言いだした。音の無い部屋での怖い話は恐ろし過ぎるって。急に思いついたみたいに、レコード選んでプレーヤーに置いて、そして針を乗せて。

 俺は「えっ」って思った。とにかく意味が分からなかったんだ。なんで急にレコード掛けるのかって。

 確かビートルズの海賊版だって言ってた。海賊版がどういう物なのか俺には良く分からなかったけど、太郎が続けた言葉が今でも忘れられない。


「この海賊版、本物の銃声の音…入ってんだよな」


 怯えた顔で太郎が言ってたの。俺、不思議なくらい覚えてる。

 C君が次の話しを始めた。

 俺、C君の後にどの話しをしようかって色々と考えてた。そしたら、ふっと、つい一ヶ月前に、俺が経験したあの出来事を話そうって急に思ったんだ。

 今まで誰にも言って無かった。

 なんとなく、面白半分に話せる事じゃないって、そう思ってたんだけど…。


 俺はその話を始めた。

 どれくらい話した時だったろう。まだほんのさわり部分だったと思う。

 LP盤のレコード、表裏で確か40分くらいだから片面が20分はあるはず。俺が話し始めた時は題名も知らない曲が掛ってった。もう暗くなってて部屋の電気も点けてた時だった。


 全部の音が死んじまった。


 3人とも息をするのさえ忘れた瞬間だった。

 ほんの1~2秒だったかもしれない。もっと長かったかもしれない。

 互いの顔を見ては、音を出す事を辞めたレコードに視線を向けた。3人とも身動きが出来なかった。

 回ってるレコードが見えたんだ。ちゃんと針も乗ってたし、回ってた。俺その時の空気感とか、C君と太郎の顔、きっと一生忘れられないと思う。

 音が死んでたのってどれくらいの時間だったのかって、どうしても思い出せないんだ。

 とにかく太郎がプレーヤーに飛びついて針を弾き飛ばした。

 俺、C君の影響でレコード聴く機会ってすごく多くて。回ってるレコードから針を外す時って、どんなに慎重にやっても「ジャジャッ」って音するんだよね。でもあの時って……太郎が針を弾き飛ばした時、やっぱり音……しなかった。

 プレーヤーの傍で振り向いた太郎から荒い呼吸音が聞こえてたのしっかり覚えてる。他に何の音もしない部屋で呼吸音だけが聞こえてた。

 でも、あの、「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」って聞こえてたのって、もしかしたら俺のだったのかもしれない。


 ◆


 あの時、音が死んじゃって途中で終わってしまった話しを今から君達に喋ろうと思うんだ。大して怖くないから聞いてくれるだろ。


 ◆


 夏休みの一週間くらい前だったと思う。確か午前の11時頃で、やたらと暑い日だった。

 授業はテストだった。何の科目だったはもう全然覚えてないけど。

 テスト用紙のどれくらい埋めた時だったろう。何か違和感を覚える音が聞こえて来るんだ。最初は小さな音だったけど、妙に気になる音でさ。「あれ?…なんの音だ?…どっからだろ?」ってその音を追いかけてた。


―う~ん…う~ん…う~ん―


 止むのかと思った音が止まない。それどころか少しずつ大きくなってるような気がした。


「あれ?…これって、人の声か?」


―う~ん…う~ん…う~ん―


 誰かが唸りながらテストやってんだろうって周りを見渡したんだけど、それらしい奴は誰もいないんだ。


―う~ん…う~ん…う~ん―


 空耳かと思ったんだけどやっぱり聞こえて来る。どんどん大きくなって。


「これって……学校の外からだ」


自分でも良く分からないけど、そう思ったんだよな。


―う~ん…う~ん…う~ん―


 俺、じっと机に目を向けながらその音を捕えてた。すると急になんの音なのかが分かった。


 これって…お経だ……


 お経なんかまるで興味も無かったけど、お経を唱える声だとハッキリ分かった。

 そのお経の声がどんどんどんどん大きくなってきて。それは1人の声じゃ無くて、何人もの声。合唱って言うのか何て言うのか知らないけど、複数の男の人達が声を合わせてお経を唱える声だった。

 俺、顔を上げて教壇にいた先生を見た。暫く見てたんだけど気づいた様子も無かった。俺の右隣でテスト用紙に書き込んでる女の子も見たんだ。俺の視線に気がついたようなんだけど「え…何?」って表情で、さも忙しいから邪魔しないでって言うみたいに視線をテスト用紙に戻した。

 そんな事をやってる間もお経の声がどんどんどんどん大きくなってった。

 左隣の男も見たんだけど俺の視線にすら気がつかなかった。

 その内に別の音が混じってきたんだ。その新たな音も最初は小さかったんだけど、どんどんどんどん大きくなってきて何の音なのか分かった。


 三味線だ。


 それもお経と同じように何本もの三味線の音。芸者さんが奏でる「チン、トン、シャン」って感じの音色じゃなかった。激しくてバチで弦を叩きつけるように弾いてる音。

 お経の大合唱が野太い声で渦を巻いてた。そのお経が止んでしまう事を許さないって言うみたいにさ、責めるように激しく追いかける三味線の音なんだ。

 俺、もうテストどころじゃ無くて、顔を上げてクラス中を見渡したんだけど、おかしな素振りしてる奴って誰もいなかった。それでもお経と三味線の音がずっと続いてた。

 俺、学校の近所で葬式かな? でも葬式に三味線って変だろ…とかずっと考えてた。

 もうその声も三味線の音もハッキリ聞き取れるくらい大きくなってウオンウオン響いてた。そんな教室の中でみんな一生懸命テストやってんの。誰も何も言わないで。

 お経も静かな声じゃ無くて腹の底から「ナンタラ……カンタラ……ウンタラ…」って。何て言うのか、声をナニかにぶつけるような感じ。語頭が大きな声で語尾が小さくなるような言い方だった。そしてその声に負けないくらい「ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン…」って三味線もどんどん激しさを増してくるの。

 もう俺、完全にテストどころじゃなくて、教壇にいる先生や周りでテストやってる奴をずっとキョロキョロ見てた。でも誰も顔を上げない。先生すらずっと下を向いてた。普通テスト中にそんな挙動不審な生徒いたら先生が気づくと思うんだけど、気づかないんだよな。ただ黙ってずーーーっと下を見てた。

 その内、よく分からないんだけど、とにかく俺の頭の中に薄ボンヤリしたイメージが浮かんできたんだよな。何人かの…あれは坊さんだと思う。髪の毛の全く無い男の人だった。着てる服は、何となくなんだけど、衣の一種なんだと思う。だけどあまり綺麗な感じじゃ無くて埃まみれだった。そんなお坊さん達が一心不乱に「ナンタラ……カンタラ……ウンタラ……アンタラ…」って声を合わせてる姿が、突然、俺の頭の中に浮かんできたんだ。

 どのお坊さんの姿も正面から見えた。胡坐をかいてた。そして確か目を見開いてたって言うか…ナニかを睨みつけながら両手を合わせて数珠を持ってた。

 その時は、聞こえるお経から俺が自分勝手に想像したモノが頭に浮かんできたんだろうって思ってたんだけど…。後から思い返すと何か変なんだよな。今まであんなの俺は見た事ないし。それこそ仏教なんかにまるで興味の無いただの高校生だったんだから。

 その頭に浮かんだイメージも、パっと現れて消えて、また現れてって感じだった。

 お経の大合唱も三味線の音も全然止まなくて、俺、テスト中だったけどついに振り返ったんだよな。そして後ろの奴に聞いたんだ。「何か、聞こえるだろ」って。そしたらそいつ「聞こえるって…何が?」って聞き返してくるから、「お経と三味線よ。凄ぇ音だろ。うるさくてどうしようもないだろ」って言っても、「…いや…なんも聞こえんけど」って言うんだよね。

 俺もイラっとしちゃって、ずっとそいつと押し問答を続けてたんだ。「何で聞こえネェんだよ、こんなにデカイ音。お前、耳、腐ってんじゃねぇの!」とかかなり大きな声で。そいつも「はぁぁ?? なによソレ。っざけんなよ。そっちの耳が狂ってんだろ」って言い合ってたのに教室の誰も気にしなかった。先生も。

 それでも聞こえ続けてた。「ナンタラ……カンタラ……ウンタラ……アンタラ…」ってお経の大合唱と「ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン、ジャン…」って激しい三味線の音。

 ちょうどその押し問答続けてる時に学校中に非常ベルが鳴り響いたんだ。

 誰もが驚いて顔を上げて先生を見た。先生もかなりビクビクしながら廊下に顔を出したら、バタバタバタバタって大勢の人が廊下を走って行く音が聞こえた。何か大声で叫びながら。


 後から分かったんだけど、校内で事故が起きて、誰かが死んでしまったらしい。即死だって聞いた。その様子を見てた女の子が2人いて、1人が非常ベル鳴らしたらしいんだけど、もう1人の女の子は発狂しちゃったらしい。

 俺、気がついたら、もうお経も三味線も聞こえてなかった。いつ止んだのかも分からないけど、誰に聞いてもそんなの聞こえてなかったらしい。

 あれっていったい何だったんだろうって今でも不思議。

 でもあれ…お経じゃなかったんじゃないかって最近思うんだ。


 あれは祈祷だ。


 でも俺だけに聞こえた理由ってなんなんだろう…。


  ◆


 太郎の家で途中までで止めた話しってこの不思議な話しなんだけど、どう? 別に怖くなかったろ? おかしな事も起きなかったろ?

 よかった。俺、誰かに言ってしまいたいってずっと思ってたんだ。


 え?……三味線の音が追い掛けて来るって?


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― 新着の感想 ―
[一言] 読みました。非常に面白く、興味深く読ませて頂きました。 文章がとてもお上手ですね。会話が多少口語過ぎる気もしますが、それがかえって現実っぽく感じさせます。 音が死んだという表現が素晴らしいで…
[良い点] 構成が上手いなあと思いました。一人称で語られる前フリのオチになる怪談を最後まで取っておいて、その前に怪談によって起こった不気味な現象を持ってくるというシークエンスは、凝っていて面白かったで…
[一言]  お疲れ様です。楽しく読ませて頂きました。  文章がいいですね。少し古い部分もアクセントがあって、最後まで楽しく読み切る事ができました。  物語を読むというのは、一度想像してから理解する必…
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