一生の友
三十路半ばになると親戚縁者の子供が増えてくる。
毎年正月になると親戚が祖母の神社に集まる。今年は一度にヤンチャ盛りの子供が男女入り乱れて最大五人集まった。
たった五人と思われるかもしれないが、何をしでかす分からない子供が五人これだけで恐怖のあまり震えがくる。
俺は室内で遊ばすのは無理だと思い、子供五人を外の空き地に連れ出した。
この時この子の親たちは何しているのかというと、お母さん達はおせち料理や正月にむけての準備に追われているがお父さん達は子供達には見せられない姿で酒盛りしている。
この親父共いつかギャフンと言わせてやる。
何もない空き地で遊ぶ子供達。男女の遊び方に差はあるものの、やっぱり子供は遊びの天才だ。
そんな中なぜか子供の人数が増えている。男三に女二のはずが男四女三になっている。
目の錯覚ではないようだ。減っていたら大変を通りこして事件だが、増えている分にはなんの心配いらない。その時友樹と書いて「ともき」いう男の子がこちらに走ってきた。
最初女の子が生まれると思い友紀「ゆき」だったらしいが出てきたきのは男の子、そんで一文字いじって友樹になった。そんな本人にとってどうでもいい過去を持つ男の子が俺にむかって一言放った。
「にいやん、お腹空いたおやつ」
来たか。下手に腹いっぱいにさすと栄養バランスがとれているはずの晩飯が食べれず、この子らの親に俺が怒られる。理不尽だがこんな構図が現実になるのが濃厚だ。
身内の子だが血がつながりがあるだけで、かわいいし腹減ったと言うとなんか食べさせなきゃと心からそう思ってしまう。虐待や育児放棄なんかがニュースになるが、正直信じられないというのが感想だ。
「そうか、家戻るか台所行けばなんかあるはずやから。そんじゃ全員集合」
その一言で総勢七名集まったって増えてるじゃん。なぜかよそ子が混じっているが気にしない……
というわけにはいかない。
「別に付いてきてもいいけど。そこの女の子と男の子は、お母さんどうしたんや」
そうしたらご近所さんと井戸端会議をしていた女の子のお母さんらしき女性が、こちらに向かってきた。
「すいません、この子はもう何してるの」
「いやいいんですよ。今日は帰りますけど、また遊んでやってください」
深々と頭を下げた。
「こちらこそお願いします。みゆきもお父さんに挨拶して」
お父さん・・・そりゃそうか、年齢的にそう見えても仕方ないか。
少々ショックを受けながらその親子と別れた。問題は男の子だ。
「おい友樹この子は」
「さっき友達なってんな、足めっちゃ速いねん」
そんな情報いらんわとつっこみたいがここはおいておこう。このまま家に戻っておやつ食べさせるのはなんの問題はないが、親御さんは心配されないのかが問題である。
「そうか、名前教えてくれるかな」
「岡田正俊です。よろしくお願いします」
この子できすぎるぐらいできる。ある意味驚愕だ。ボケとツッコミで成り立ってるうちの家系では、まずみられないタイプの礼儀正しいできた子だ。
「とりあえず、おやつ食べにうちにくる」
「いいんですか、行きたいです」
なんていい子なんや。心の中でちょっと涙ぐむくらい感動してしまった。そんな感動を打ち消すように身内の子達の罵声が飛び交った。
「早く帰ろうや」
「おやつ、おやつ」
「お腹空いたんや」
ホントこいつらは遠慮がないな。正俊君の爪の垢でも飲め。ここは下手に刺激するより素直に従った方が、こいつらの機嫌も良くなるだろう。
「わかった、わかった帰るぞ。正俊君ちゃんと付いてきてな」
「はいわかりました」
なんていい返事なんだ。きれいな言葉使いから推測するにこの子関西生まれじゃないな。少しでも関西に関わると横浜にいる弟もそうだが、周りが関西弁を使うとあっさりと関西弁が復活する。それがこの子にはない。
神社に着くと正俊君はポカーンとしていた。
「どないした。はよきいや」
「これって神社・・・大きい」
なんかカルチャーショックを受けているようだ。大都会から引っ越して来たのか聞いてみたいが、チビ達が暴れまくるのでそれどころではない。
「とりあえず、台所に行くぞ」
「おっやっつ」
一斉に合唱し始めた。そんなお腹空いてるのかこいつらは・・・
台所に行きガサガサと戸棚を漁るがスナック菓子一つない。その時この子らの母親が覗きにきた。
「何してんの、この子らのおやつか」
「なんかあるか、うるさぁてや」
どこからともなくホットケーキミックスを出してきた。それを俺に手渡し
「ほんじゃ、がんばってな」
「俺がやんのかい」
そう言い残して母親は、そのままどこかに消えていった。
「なぁホットケーキなん。はよしてや」
足下に絡み付くチビ共、なんか食べたく仕方ないようだ。
「みんな席に座ってやんなホットケーキやらんど」
すぐさま一人を除いてみんな席に着いた。
「正俊君はそこのパイプ椅子使いや」
そういうといそいそとパイプ椅子を出して席についた。
「今日からそれ正俊君の椅子やから次からそれ勝手に出しや」
正俊君の顔がパッと笑顔になった。
「うん、わかりました」
なんかめっちゃ嬉しそうだ。その笑顔に俺も嬉しくなった。それに比べてこいつらは持て余したエネルギーを走りまくるし暴れまくる。その挙げ句エネルギーが切れたらところ構わず寝る。救いは寝顔がかわいい、それだけだ。
一枚のフライパンで小さな三・四枚ホットケーキを焼き皿にのせた瞬間、誰かの手が伸びてくるのをしっぺで防ぎながらホットケーキ焼くこと二十数枚。
足下に頂戴頂戴と騒ぎたてるチビ共を蹴りホットケーキをのせた皿を頭の上に掲げ叫ぶ。
「わかったって、焼けたから席に着けって」
オヤツしか目に入らないガキ共には俺の声は届かない。そんな様子をパイプ椅子から正俊君ウズウズしながらが見ている。
「正俊君これから戦争だ。健闘を祈る」
小学生にはちょっと難しかったみたいで、きょっとんして俺を見ている。その時友樹が正俊君に宣戦布告をした。
「なぁ正俊、どっちがようけ食べれるか競争しようや」
「うん、がんばる」
なかなか微笑ましい光景を前に「こりゃ足りないな」と心の中でつぶやいた。
「そんじゃ、よーいドン」
かけ声と共に机にホットケーキがのった皿をドンと置いた瞬間半分のホットケーキが消えた。
「お前らフォーク使わんか」
と言いながら誰ともしらない頭を小突くがきにしない豪胆さ、ここまで自分の欲求に正直だと気持ちいい。
友樹は一気にフォークに三枚刺しかぶりついているのに、正俊君は一枚フォークに刺し上品に食べている。
「正俊君とろとろしてるとなくなるで」
「うん、なんか・・・」
言葉に詰まったからこの状況ヤバいかな思ったが、笑顔だから何が言いたいのかこの時はわからなかったが、今思えば大勢で食事するのが楽しかったんだろう。
日も暮れてきたので正俊君には帰ってもらうことにした。
「気付けて帰るんやで」
「はい、ありがとうございました」
実にいい返事だ。足下ではチビ達が思い思いに手を振っている。
「またなー」
「明日ねー」
「次鬼ごっこやで」
一つ感心したのは、誰もバイバイやさよならを連想する言葉を発してないことだ。明日も公園行かなあかんのか。と思いさよならしたが、再会の時はすぐにやってきた。
「うちの息子正俊がお世話になったようで、本当にありがとうございます」
数分前呼び鈴が鳴り戸を開けると。この辺では見かけることができない、上品さじゃうちのおばちゃん連中じゃ太刀打ちできないくらいのおしとやかな女性が菓子折りを持ち佇んでいた。
「あぁ正俊君のお母さんですか」
俺も頭を下げながら挨拶をした。頭を下げた時お母さんの足にぴったり寄り添う正俊君がいた。
「また来てくれたんか」
正俊くんの頭をなでながら、お母さん一つ提案してみた。
「家近くですよね、後でお送りしますから遊んでいきませんか」
お母さんは少し困った顔したその時後ろから友樹の声が響き渡った。
「正俊やん、遊ぼうぜ」
裸足のままで玄関まで降り正俊君の手を掴み家の中に引っ張りこもうとした時、友樹の母親の平手打ちが頭に落ちた。
「あんた、ちゃんと足拭きなさいや。ってどちら様」
気づくの遅っとツッコミ入れるところをぐっと堪え正俊君の母親だと紹介をした。
「昼間の子のお母さんや」
「そうなんですか、気づきもせず」
完全によそ行きの声での応答だが、濃いピンクの体操着に毛が生えた格好だ。目の前の正俊君のお母さんの上品な白いワンピースとじゃ悲しい事に勝負にならない。
改めて子供達を見比べると、親の上品さがそのまま格好に出ている。
「今日はうちの正俊がお世話になったみたいでありがとうございます」
と言いながら手に持っていた、菓子折りを俺に差し出した。
「あなたですよねホットケーキをごちそうしていてだいたのは、正俊が大層喜んでまして」
「これはご丁寧に親戚縁者集まってますんで、ありがたく頂戴いたします」
この菓子折りかなり高いななどと思いながら受け取った。
「やったで二百円のホットケーキミックスが化けたで」
「やらしい事言うな」
という言葉と共に俺の後頭部に友樹の母親のツッコミの平手打ちにはいった。こんな光景は日々の暮らしの中で目の当たりにする事がないのだろうか、声には出さないが正俊くんのお母さんは目を見開いてびっくりしている。「これが関西だよ、正俊君のお母さん」と心の中でつぶやいた。
その時友樹が正俊君の手を引っ張って台所に連れていった。お母さんの顔を見ると心配そうな顔をして我が子の姿を見ている。そりゃそうだ。先程の俺と友樹の母親の漫才もどきを見たのだ、我が子もあんな目を見るんじゃないかと心配するのも無理はない。俺はお母さんを安心させるためではないが、雅俊君に一言かけた。
「正俊君、昼間のパイプイス出しや正俊君専用やから」
正俊君の顔がこれでもかと輝いた。
「はい、わかりました」
いい笑顔だ。それを見たお母さんは安心したのか、顔から少し緊張が消えた。
「立ち話もなんですから、中にどうぞ」
そう促すと少し迷ったみたいだが、申し訳なさそうに敷居を跨いだ。
「それでは失礼します」
街じゃ初対面の人間を家に招き入れるなぞ考えられないのだろう。
それから十分もしないうちに正俊君のお母さんの笑い声が響き渡っていた。
家の中では子供組と大人組と分かれて雑談が飛び交っていた。
どうやら岡田一家はお父さんは銀行員で、神奈川は横浜からの転勤でこちらに来たそうだ。
会社が大きくなれば、それだけ仕事が増える。支社などできれば、社員育成などの業務が大きな課題になってくる。その業務を受け持つ部署に正俊君のお父さんは配属されているらしいのだ。
「大変ですね。俺の会社は支社はちょくちょくありますけど、俺自身現場なんで転勤は皆無なんで」
「私たちはいいんですけど、正俊が・・・」
少々お母さんの顔が曇ったがそれは仕方ない。やはり子供ができれば、子供の事が一番になるのだろう。
「お友達ができたと思ったら、すぐ転勤ですし」
「ここにはしばらくいはるんでしょ。その間だけでもこいつらと遊ばしてやってください」
ありがとうございますと正俊君のお母さんは会釈した。
それから正俊君は友樹とウマが合うようで、毎日のように神社に来るようになった。いつも礼儀正しくキラキラした笑顔を振りまいて神社の境内を走り回っている。
それから数年が経ち中学に上がる前に正俊君は転校していった。
実際見たわけではないが、友樹が正俊君が乗ったワゴン車に向かっていつまでも手を振っていたそうだ。そして友樹の母親が一番驚いたのは、
「あの友樹がな・・・」
「なんやねん、らしくなくもったいぶるな」
サバサバした性格が取り柄の友樹の母親なんだが、少し涙ぐみ発した言葉に俺は驚いた。
「あの友樹がな、ワゴン車見えんようになったら泣いてん」
驚きすぎて俺は声を失った。
「えっ嘘やろ」
頑張って声を出したがこれが限界だった。
「やろ〜しかも大号泣やで、私も泣いてもうたわ」
そんな友樹の中学生になった。そして正俊君から一通の手紙が来た。
夏休みを利用して東京から一人で神社にやってくるらしい、友樹は宿題そっちのけで遊ぶ計画を立てている。