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#2

 道の先からつい先ほど猛烈な勢いで通り過ぎていった馬車が戻ってきた。

 馬車の御者席には……でっぷりと太った白いローブ姿の老人。

 あ、これやっぱりゲームで見た悪徳商人と同じ系統の奴だ!


「イサミ、ボーナスキャラが来たよ!」

「いや、だからオヤジ狩りは俺の主義に反するいうとるやろうが」

「ちぇ……私が勇者ソードを持ってたら、ボーナスゲットだったのに」

「魔王よりサチを倒した方が、世界の平和に繋がるかもしれへんな……」


 そんな酷いことをいうイサミの足に蹴りを入れていると、私達の前で悪徳商人の馬車が止まった。

 どうやら私達に用があって引き返してきたらしい。


「おお、もしやと思いましたが冒険者の方でしたか!あの犬共を退治して頂けるとは!このゴーヨック、感謝いたしますぞ!」


 いかにも強欲な悪徳商人ぽい老商人はそう言うと満面の笑顔でイサミの手を握っている。

 あ、イサミ結構嫌そうな顔してるね。


 それにしても、お礼を言うためにわざわざ戻ってくるとか……名前や外見とは違って実は悪徳商人じゃないのかも。

 そんな事を思いながら、私はゴーヨックさんの前に歩み出る。

 もちろん、交渉ごとを面倒がるイサミの代わりに、謝礼を請求するためだ。


「お礼の言葉はいいんですけど、冒険者には報酬が必要だとは思いませんか?」

「おお、これはしたり。おっしゃる通り……って、なんだお前!こっちへ来るな!」

「へ?」

「ええい、寄るな!この呪われたバケモノめ!」


 最初はにこやかに応対しかけていたゴーヨックさんだったけど、突然私から距離をとるとこちらを指さして罵倒し始めた。

 なにこれ、失礼じゃない!?

 さすが悪徳商人だ!


「冒険者の方、早くこの汚らわしいものを退治してくだされ!報酬はお支払いしますぞ!」

「……汚らわしいってサチのことか?」

「ちょ、イサミ!年頃の女の子を指さして汚らわしいとか臭いとか言わない!確かにここ数日お風呂入ってないけど、それはイサミも同じでしょ!」

「何を言ってるんだ!は、早くそのブラックフェラルを!」

「ぶらっくふぇらる?なんや、それ」


 ゴーヨックの言葉に、イサミは首をかしげている。

 ブラックは黒。フェラルって……確か野生って言う意味じゃなかったっけ?


 つまり黒生……じゃなくて黒野生?

 私は思わず自分が抱き抱えていた猫に目をやった。


 黒い。そして森の中で出会ったこの子は、当然首輪もついてないし野良猫……いや野猫だ。

 そう言えばゴーヨックさんが指さしているのは私の顔じゃなくて、私の胸元のようにも思える。


 確認のために一歩、二歩と前進すると、こちらを指さしたままイサミに向かって騒いでいたゴーヨックの指先は確かに黒猫の顔を指していた。


 あ、指が近くに来たことで黒猫がフレーメン反応を起こしてるよ。

 面白いけど、要するにゴーヨックは黒猫が不吉だって言ってる訳か。


 猫好きとしては黒猫が呪われているとかいう迷信は断固として拒否したいところだけど、野猫のせいで報酬が貰えないというのは納得が出来ない。

 いや、繰り返しになるけど魔物を倒したのはイサミなんだけどね。


「ばいばい、猫ちゃん。機会があったらまたね」


 ニャ~


 私が地面に降ろすと、黒猫は判ってるとでも言いたげに一声鳴くと森の中へと帰っていった。

 猫を見送った私は、まだイサミに向かって何かまくし立てていたゴーヨックさんに向かって話しかける。


「猫、もう行ったけど?」

「何!?おお、不吉の象徴は去ったか!」

「不吉とかはどうてもいいけど、報酬は?」


 自分でも声がややぶっきらぼうになっている事が判る。

 理由は簡単だ。


 猫が好きな人はいい人。

 猫が嫌いな人はよくて普通、大抵は悪い人。


 私を含め、猫原理主義者の価値観は基本的にそんな感じだから。

 うん、私は自他共に認める猫原理主義者だ。

 なにせ自分の命を投げ出して、トラックに牽かれ掛けていた子猫を助けるぐらいだからね。


「ふむ、そこのお嬢さんはブラックフェラルの不吉さを理解しておらぬと見える。そうだ、ならばお礼としてこれを進呈しよう」


 そう言うとゴーヨック……さんは小さな木箱を差し出してきた。

 私にではなく、イサミに対して。

 なんだろう、あれ。


「それはスペクタクルズ。真実を見抜く魔法具じゃ。次にブラックフェラルを見つけたら、それで真実を見抜きなされ。では冒険者殿、改めて感謝を!」

「お、おう。ジジイもな」


 私達が見守る中、ゴーヨックさんは器用に馬車を転回させると元来た方向――要するに最初に進んでた方だ――へ去って行った。


「どうせならお金が欲しかったんだけど……」

「まぁ別にええやん。で、スペクタクルってなんや?」

「そうだねぇ、スペクタクルだと壮大な光景かなぁ」


 そんな事を言いながら私はイサミの手から箱をひょいと抜き取り、開いて中を覗き込む。


 そこには……「スペクタクルズ(眼鏡)」が入っていた。

 ただし私が掛けているものと違って1つしかレンズがついていない。

 いわゆるモノクルと言われるタイプのものだ。


「なんやそれ……あ、アレやな!?戦闘力を測るやつ!」

「魔王相手に使ったら爆発しそうだねぇ」


 イサミの言葉に適当に応じながら、私は自前のナビ眼鏡を外してスペクタクルズを装備してみる。

 レンズに度は入っていないのか、周囲がぼやけて良くわからない……。


「どうや!?俺の戦闘力みてや!」

「はいはい……ってなにコレ」


 まるで子供のようにワクワクした様子でそんな事を言うイサミの方を向くと、確かにレンズに何かが表示されている。

 ……けど、全く読めない。


 それもそうか。

 これはこの世界で作られたマジックアイテムなんだから、当然この世界の文字で表示される。

 そして私の言語能力は自前じゃなくてナビ眼鏡依存だから、眼鏡を外して他の眼鏡を使うと……字が読めなくて当たり前だ。


「ごめん、これ私じゃ使えない奴だわ。イサミ、これかけて私を見て」

「は?まぁええけど……うわっ、キモっ!」

「年頃の女の子を見てキモいとか言わない!」


 ……もしかして私、戦闘力がたったの5でキモかったりするんだろうか?

 けど、イサミは眼鏡を外してげんなりとした様子で言う。


「なんや数字やら文字やら一杯表示されてキモいわ!こんなん読む気になれへん!」


 ……いやいや、本の読めない子か……。


 つまり私は言語能力的にこのアイテムを使えず、イサミは文字嫌いのために使えない。


 なんともゴミのようなアイテムだ。

 たぶん価値は金貨5枚ぐらいだろうね。

 けどまぁ、あのゴーヨックという商人は少なくとも何か効果のある品をお礼にくれた事は事実だ。


 ……なら、ナビ眼鏡はなぜ彼を悪徳商人として表示したんだろう?

 善人……かどうかは判らないけど、少なくとも礼をするまともな商人に思えたけど。


 そんな事を考えていた私は、ふとある事に気が付いた。


 私が位置情報を調べたのは「悪徳」商人だ。


 「悪徳」っていうのは悪党や犯罪者と同義ではなくて、単に「誰かの基準からみて好ましくない人物」という意味でしかないと聞いた事がある。


 そして私のナビ眼鏡は猫の女神から力を与えられた品だ。


 さて、それが意味することは――。


「猫を不吉な者として忌み嫌うのは、猫の女神様からすれば悪徳の極み、ってことかー!」

「はぁ?なに訳のわからんこと叫んどんねん」


 私のナビ眼鏡に対する信用が僅かに低下したのは、仕方の無いことだろう。


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