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誰かについて

ー我儘ー

作者: 融点
掲載日:2026/05/16

 誰か、自分の思うままを受け止めてくれる人がいればいいな。

「退部したの?」

 斗海に聞くと怪訝そうな顔をされた。

 帰り際、自分を取り巻く雑音が静かさを遮る。

 言ってから、やめたほうがよかったかともちょっと思った。

 でも、怪訝そうな顔をするべきなのはこっちの方だ。そう、ちょっとだけ言い訳をしながら少しだけ空いた間を困惑という言葉で埋める。

 もしかしたら、こうして話している自分はどんな表情であればいいかわからなくて微笑んでたりするんじゃないか。それに気づいて意識を顔に集中させた。斗海はゆっくりというわけでもなく頷いて「なんで知ってんの?」と言った。別に怒っているわけでもなく、かといって面白がっているわけではなさそうだった。

 さすがに聞き方が悪かったかと感じ、さすがにとりあえず謝ろうかと口を開いたところで話し始めたのは相手の方であった。

「兼部したから自業自得だよ」

 それ以外に何を言うこともなく、斗海は立ち上がって教室から出ていってしまった。

 僕は、何をしているのだろう。何を急いでいるのだろう。


 ♪


 斗海の退部が決定した。

 これは風の噂で聞いた話だが、バドミントン部は本来兼部禁止なのに対して斗海は百人一首部と兼部していたらしい。バド部は県内でも強豪校であり、顧問としてもチームとしても規則には厳しいという。

 本人の口から直接そのことを聞いたわけではないのだが、斗海とは学年が上がってから仲が良くなった。

 反対に、仲が良いが本人から直接そのことは聞けなかった。

 それに落ち込んでいるわけではない。でも、関わりが浅いわけではないからそのことを知ったとき軽くショックを受けた。

 しばらくぼーっとしている時間が続きふとそのことを思い出した。

 今日はいい日になりますように――

 そう思って一日を初めて、終わってから後悔が溢れ出てくるというサイクルを繰り返しているのはいつからだろう。

 いつからか息が詰まるようになって、いつからか頑張れていない気がする日には嫌気がさしてしまうようになった。

「地声hiDが出ない」

 休日でさえ、友だちと遊んでいるときでさえ、どこか罪悪感を覚えるようになっていた。

 完璧主義な訳では無い。自分が納得できる生き方をするには何かしら妥協が必要だとも分かっている。

 まだこんな年齢なんだから、そんなに深く自分について考えるのも意味がないと理解している。

「男子にそんなこといわれたって困るよ。こっちはhiAもでないのに」

 音階の表記方法である「hiー」を、いつからか僕と女友達である沙莉は当たり前のように使うようになった。ただでさえ成長期で高い声が出ない声の低い男子に「hiDが出ない」なんていわれても、そんなの知ったこっちゃない。僕はその8個くらい下のキーじゃないと地声で出すことができない。

 将来は歌手になりたい。

 二人で将来のことを話して、あ、同じ夢を持っているんだ、と思ったのはいつだったか。

 あわよくば二人で音楽を始められないか、とも思った気がする。

 決してその夢が今どうでも良くなってしまったわけでもなくて、覚えているということはまだ諦めていないということである。

 だからこうして歌の練習のためにカラオケに通っているのではないか。

 でもそんな将来のことより、僕がずっと気がかりなのは今のことだった。

 学校でうまく行っていない気がするというのは気のせいだろう。でも、どうしても周りからの印象を自分の満足感に直結させてしまう自分がいる。

 そんなことを考えるから毎日がうまくいかないんだよ、ということも十分わかっているつもりなのだが。

 ――悔いのない一日が過ごせますように。

 いつしか、「良い一日=何事も問題がなかった日」という認識が自分の中で完成してしまっていた。

 昔から、僕は頭が良かった。

 小学校の頃は理科が得意で、理系のこと聞くならこいつに聞け、みたいなノリが、小学生の頃はみんな素直だったからいつの間にか出来上がっていた。

 中学校に入学するとテストでも高得点が続き、周りからは勉強ができる人というイメージが定着していた。

 その、昔からの周りからの称賛が、僕の自己肯定感の高さにつながっていたらどれだけ良かっただろうか。決してこれらのイメージが過去の栄光になったわけではない。でも、こうして昔からよく褒められ、また学校ではほとんど怒られることなく、今まですごしてきた中で自分の中に定着したのは他でもないプライドであった。

 プライドの高い人は嫌い。

 どこかで読んだこと、もしくは聞いたことがあるようなこのフレーズを、僕は妄想の中で嫌うようになった。また、プライドが高くても良いじゃないかとどこか言い訳をするようになった。

 言い訳をするようになった。

「あ、次」

 タイトル横にバンド名が表示される。

 僕には、サウンドがおしゃれかつかっこいいだけでなく、しばしば歌詞が僕の心に刺さったバンドがいる。

 決して救ってくれたわけではない。あくまで気づきを与えてくれた。ちょっと調子に乗らないほうが良いよ、という注意喚起である。

 数年前その注意喚起をされたのが良いことだったのか、悪いことだったのか、変な虚しさの真っ只中にいる自分にはまだわからない。

 毎日、良いことだったのだと期待はしている。

 自分の思う理想の自分になれず、現状の自分はただの自分のために動くプライドと承認欲求の塊みたいなものである。それに気づけただけ良かったと喜ぶべきだろうか。

 あの頃は楽しかったな、できればそのうちそう思いたい。

 でも今の僕には、その未来がうまく想像できないし、期待もできない。



 ――あなたがいてもね解決はしないことはわかっている

   ずっとわかっている

   みんな悩んでることも知ってる

   気づけば忘れる私の悩み

 

 ――それなのにちょっとしたことで思い出しては

   「私だけ」を好いては弱い自分を好きになる



 ぜーんぶ。消えてしまうわけである。

 こうしてくよくよしている自分が本当はちょっとかっこいいと思ってるんだろ?

 そんなことぐるぐる考えて誰かにすがるなんて繰り返してたら自分のほんとの良さなんてすぐにでも消えるよ?

 助けてほしいんだろ?知ってる。

 


 ――愛すべき孤独を認めるために

   見苦しいながらも笑えるために

   あなたの顔が見たくなっては

   気づけば廃れる私のメロディー



「どうしたの?今日喉の調子悪いの?」

「えそう?」

「なんかミックスボイスがあんまり出てないっていうか。もとに戻ったって感じ」

「あれってほんとにミックスなの?地声の音域普通に一般男性くらいだからただの純粋な地声な気がするんだけど」

「平均的だからって無意識にもミックス使ってないとはいえないでしょ」

 ミックスボイスは地声と裏声の中間くらいの音を出すために使う声である。最近の曲は高いものばかりだから、高い地声を出したいと思う男子中学生は基本的にネットで検索してミックスボイスやベルティングボイスにたどり着く。ちなみに周りの友達がその情報にたどり着いてそれを習得したという情報は一度も聞いたことがない。

 要するに僕もきっとそうなわけだ。

 中学生は喉の発達段階だって飽きるほど聞いてきたし、何もしなくても音域が広がっていくんじゃないかって勝手に望んでいる。

「出せたら良いんだけどね」

「この前結構調子良かったくない?」

 どうしてだろうか。心理的な気分と喉のコンディションには何かしらの因果関係がある気がする。この前二人で練習したときはわりと高音がでていた。きっとあのときは直前になにか良いことがあったのだろう。

 はあ。


 三時間くらい二人で歌い倒して、外に出たときにはもう夕方の五時を回っていた。まだ二月だからちょっと暗いが、あと数カ月経てばまだ明るい時間帯となるのだろう。

 すぐそこに駅がある。その駅を左手に見てまっすぐ一直線に行けば通っている中学校に着く。そこでいつも解散している。

 自転車に乗りながら、特に何も話すこともなく、ただ風を感じた。向こう側ではかすかにオレンジ色に空が染まっていた。

 学校で別れて家についた頃には五時半を回っていた。この頃、なんだか自転車を漕ぐのが速くなった気がする。ちょっとずつ体力が上がってきたのだろうか。

 ただいま。

 とは言ったものの、今日家にはだれもいないんだった。両親は共働きで仕事に行っているし、弟は今頃塾である。

 弟の塾で思い出したが、そういえば今日から定期テスト三週間前だ。今まで学校の勉強は定期的にある友達との勉強会とテスト二週間前くらいしか機会がなかったが、もうすぐ学年も上がるしそろそろちゃんと勉強したほうがいいのかもしれない。点取れてるからいいや、というのはおそらくあとで後悔する。

 リビングで教科書とワークを広げてふと気づく。

 今勉強している理由ってなんだろうか?

 テストのため?成績のため?

 ちがう、そういうことじゃない。その奥にはれっきとした理由があるんだ。

 プライドと安心のため――

 良い点数を取って、いい気になって、それをよしとしてしまっている自分がいる。

 いわゆる外発的動機づけだ。何事も、結局は自分に幸福があるからやっているわけで。

 あまり仲良くもない友達と会話を弾ませることも、誰にも見られていないような陰徳を積むことでさえも。結局は自分になにか還元されるのではないかと心の何処かで思っているわけだ。

 そう考えるときっと収集がつかなくなるのだろう。ある意味仕方ないのだろう。そこまで僕は自己犠牲がうまい人間ではない。

 そして、器用ではない――

 何をしているんだ?僕は。

 きっと、本当に心の底から僕が納得できるような人間性を手に入れるには、こうした考えを根本から抹消しなければならない。

 僕は今のままでいいのだろうか。

 変わらなければいけない。

 頑張れば変えられる考えのはずなのに、自分の悪いところとして受け入れてしまうのは気が引ける。

 もっと素直になろう。周りに素直になろう。自分の思うままを言ってみよう。

 明日からそうして受け入れられて、受け入れよう。

 明日からは。


 ♪


 今日僕は、一つ失敗をした。

 昨日のことさえなければ、斗海とは何もなく帰ってきていたのに。

 少し清々しい気分になってそれでも自分に対する鬱屈が勝ってしまう。

 さっきから夢を見てる。自分は。ただただ、思う。

 もしくは、実は自分って我儘だったんだな、と。

 変わらないにしても僕は僕に対して色々望みすぎている。変わったら変わったで僕は周りに求めすぎる。

 偽善を隠すにしても隠さないにしても僕の悪さはどうにもならなかった。

 その悪さもすべて、ずるさだな、とも。

 ずっと、こんな思いにかられる直前のところまできていて、少しのことにつまずいて僕は転んだ。

 僕は、そういう性格なのかもしれない。


――それなのにちょっとしたこともなく諦めては

  「みんなだけ」を羨み弱い自分を嫌った


――それだからそっと今音もなく寝転んでは

  「忘れたい」と願って脆い希望を悟った


――Don't force myself, just be myself

  わかればどれだけ幸せだろう

  I wanna be like a story from another world line

  望むだけならさまだいいんでしょう


――愛すべき孤独を認めるために

  見苦しいながらも笑えるために

  あなたの顔が見たくなっては

  気づけば廃れる私のメロディー


――Don't force yourself, just be yourself

  言える日が来たらさ寂しいなって

  You wanna be like a story from another world line

  思える今日もさ私のヒストリー



 自分を受け入れられる日は来ないかな。

 自分の中の悪さに気づけても、それをなくせる日は来ないかもしれない。

 ......明日、一回謝ってみようか。

 どうしたの?

 誰かが僕に告げる。

 何も大丈夫ではない。誰か、自分の思うままを受け止めてくれる人がいればいいな。

 今、その人は僕である。

 今すべての原動力が外発的でも、いつか自分の生き方になればいいな。

 ――今歌っても、器用には歌えないと思う。

 ただこの前とは、その不器用さが違う。

 自分の顔を見たことがない人の声が、どこか僕を笑う。

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