「どうぞお幸せに」と微笑んだ私を、辺境伯は絶対に手放さない
「君との婚約は、本日をもって破棄する」
王太子殿下の声が、広間に響いた。
周囲がざわめく。扇の陰で囁き合う令嬢たち。哀れむような、あるいは蔑むような視線が私に集まる。
「毒婦を妃になどできない。理解できるね、リーゼル」
毒婦。
その言葉を、私は静かに飲み込んだ。
隣に寄り添うオルテンシア様が、殿下の腕にすがりながら涙を拭っている。
「わたくし、怖かったの……リーゼル様が殿下のお茶に何かを入れるところを見てしまって……」
見ていない。
私は何も入れていない。
でも、その言葉は喉の奥で潰れて、声にならなかった。
昔からそうだ。
大切なことほど、声が出ない。
震える唇を噛み締めて、私は床を見つめた。
「弁明は」
殿下が冷たく問う。
「……ございません」
言っても無駄だと知っている。オルテンシア様は伯爵家のご令嬢で、殿下の従妹で、社交界の華だ。
声の小さな子爵令嬢の言葉など、誰が信じるだろう。
「そうか」
殿下は興味を失ったように視線を逸らした。
「では、下がりなさい。二度と私の前に姿を見せないように」
胸の奥が、冷たくなる。
悔しいとか、悲しいとか、そういう感情がゆっくりと凍っていく。
――ああ、もういいや。
私はそっと顔を上げた。
作り笑いを浮かべる方法なら、知っている。
「承知いたしました、殿下。どうぞ、お幸せに」
深く一礼をして、踵を返す。
背中にひそひそ声が刺さる。でも振り向かない。
涙は、出なかった。
広間を出ようと扉へ向かった、そのとき。
「待て」
低い声が落ちてきた。
無骨な手が、私の腕を掴んでいた。
「……え」
見上げると、黒髪に灰色の瞳。
戦場焼けした肌と、古傷の走る頬。
噂に聞く北の辺境伯――ヴェルナー・クラウス閣下だった。
「な、なぜ……」
「静かにしろ」
低く、しかし妙に穏やかな声。
閣下は私を背に庇うように立ち、殿下のほうを向いた。
「殿下。この令嬢、俺がもらい受ける」
広間が、凍りついた。
「正気か、ヴェルナー」
殿下の声には、明らかな苛立ちが混じっていた。
「毒婦だぞ。私を殺そうとした女だ」
「証拠は」
「オルテンシアが見たと――」
「目撃だけか。物証は」
殿下が言い淀む。
閣下は淡々と続けた。
「茶器の残留物は調べたか。動機は。そもそも子爵令嬢が王太子を害して何の得がある」
「それは……」
「俺には、でっち上げにしか見えんな」
さらりと言い放った閣下の言葉に、オルテンシア様の顔が引きつった。
「まあ、ひどい……わたくしが嘘をついていると?」
「証拠がないと言っている」
「わたくしはこの目で見たのよ!」
「お前の目が正しい証拠もない」
閣下は私の腕を掴んだまま、扉へ向かって歩き出した。
「待て、ヴェルナー!」
殿下が叫ぶ。閣下は振り返らない。
「破棄された婚約者をどうしようと、殿下には関係ないだろう」
「勝手に連れ出すな!」
「勝手に追放しようとしたのはそちらだ」
短い沈黙。
閣下はそのまま扉を開け、私を広間の外へ連れ出した。
背後で扉が閉まる。
喧噪が遠ざかり、廊下には私たちだけが残された。
「あの……閣下」
声が震える。状況がまるで理解できない。
「なぜ、私を」
閣下は足を止め、ようやく私の腕を離した。
灰色の瞳が、真っ直ぐに私を見る。
「お前、泣かなかったな」
「……え?」
「婚約破棄されて、毒婦と呼ばれて、追放を言い渡されて。それでも泣かずに笑って『お幸せに』と言った」
私は言葉を失った。
「普通は泣くか、怒るか、弁明するかだ。お前はどれもしなかった。なぜだ」
「……言っても、無駄だと思ったから」
「無駄?」
「誰も、聞いてくれないから」
声が掠れる。
ずっとそうだった。声が小さい、主張できない、だから無視される。
だから私は諦めることを覚えた。
閣下は数秒、私を見つめていた。
それから、小さく息をついた。
「俺は聞く」
「え」
「お前の声は小さい。だが俺の耳は戦場で鍛えた。どんな小さな音も聞き逃さん」
妙な理屈だった。
でも、その目は真剣だった。
「だから、話せ。お前が何をしたのか、しなかったのか。俺に聞かせろ」
胸の奥で、凍りついていた何かがわずかに軋んだ。
閣下は私を王宮の一室に連れていき、護衛を扉の外に立たせた。
「座れ。茶を淹れさせる」
「いえ、私などに――」
「座れ」
有無を言わさぬ声に、私は大人しく椅子に腰を下ろした。
閣下は向かいに座り、腕を組んで私を見た。
「さて。最初から話せ」
私は小さく息を吸った。
話しても無駄だと、心のどこかがまだ囁いている。でも閣下は「聞く」と言った。
だから、私は口を開いた。
「……私は、何もしていません」
「そうだろうな」
「殿下のお茶に毒を入れたと言われましたが、私は給仕の近くにすら行っていません。あの日は、庭園で薬草の手入れをしていて――」
「薬草?」
「はい。私の家には、亡き母が遺した薬草園があるんです。王宮の庭園にも、母が植えた薬草が少しだけ残っていて……許可をいただいて、時々手入れをしていました」
閣下の目が、わずかに細まった。
「薬草園か」
「はい。母は薬師でした。平民の出ですが、腕を認められて父に見初められて……薬草園は、母の形見のようなものです」
思い出すだけで胸が痛む。
母が遺した調合記録。一つ一つの薬草に込められた想い。
あれを守ることだけが、私に残された母との繋がりだった。
「その薬草園を、オルテンシアが狙っている」
閣下の言葉に、私は目を見開いた。
「……なぜ、それを」
「調べた」
「え」
「お前が毒婦だという噂が流れた直後から、伯爵家が子爵家の薬草園の買収を持ちかけている。冤罪で追放されれば、お前の家は取り潰し。薬草園は安く買い叩ける」
血の気が引いた。
そういうことだったのか。
オルテンシア様が私を陥れた理由。あの人が欲しかったのは殿下ではなく――
「母の、薬草園……」
「お前はそれを知らなかったのか」
「……はい」
知らなかった。考えもしなかった。
ただ黙って受け入れようとしていた。
また声を上げても無駄だと、最初から諦めていたから。
閣下は小さくため息をついた。
「お前は、もう少し怒っていい」
「でも、怒っても――」
「無駄じゃない」
強い声だった。
「声が届かないなら、届く場所に立てばいい。聞く耳がないなら、聞く耳を持つ者を味方につければいい」
私は閣下を見つめた。
「諦めるな、リーゼル。お前の母の薬草園は、お前が守れ」
その言葉が、凍った胸に突き刺さった。
じわりと、何かが溶けていく。
「……でも、どうすれば」
「俺に任せろ」
閣下は立ち上がった。
「三日後、王妃主催の夜会がある。そこで決着をつける」
「王妃様が……?」
「ああ。実はな、王妃は十年前に流行り病で死にかけている。そのとき命を救ったのが、ある薬師の調合した解毒薬だ」
私の心臓が跳ねた。
「まさか」
「お前の母だ。王妃は恩を忘れていない。俺はすでに、この件の調査を王妃に依頼してある」
閣下は扉へ向かいながら、こちらを振り返った。
「三日間、俺の屋敷にいろ。護衛をつける。夜会まで、誰にも手を出させん」
「あの、閣下」
「なんだ」
「……なぜ、そこまで私のために」
閣下は一瞬、言葉に詰まったように見えた。
それから、ぶっきらぼうに答えた。
「あの場で笑った女を、見捨てられなかっただけだ」
それだけ言って、閣下は部屋を出ていった。
残された私は、しばらく動けなかった。
胸の奥で、諦めていた何かが少しずつ熱を取り戻していく。
三日間、私は閣下の王都屋敷で過ごした。
広い屋敷だった。辺境伯にしては質素だが、どこか温かみのある調度品が並んでいる。
閣下は多忙らしく、顔を合わせるのは朝夕の食事のときだけだった。
でも、食事のたびに閣下は私の話を聞いてくれた。
「今日は何をしていた」
「庭の薬草を見せていただいていました。この屋敷にも、いくつか珍しい種類があって……」
「ああ、あれは母が植えたらしい。俺にはよく分からん」
「閣下のお母様も、薬草がお好きだったんですね」
「らしいな。俺が物心ついたときには、もう亡くなっていたが」
閣下は無愛想だったが、冷たくはなかった。
私の声が小さくても、ちゃんと耳を傾けてくれた。
話の途中で遮らない。否定しない。最後まで聞いてから、短く答える。
それだけのことが、私にはとても新鮮だった。
二日目の夜、閣下が一冊の本を持ってきた。
「これを見ろ」
古い革表紙の本だった。開くと、びっしりと薬草の絵と調合法が記されている。
「これは……」
「俺の母の調合記録だ。お前の母と、文通していたらしい」
ページをめくる手が震えた。
見覚えのある筆跡。母の字だ。欄外に、母の書き込みがある。
『クラウス夫人のご助言で、この配合に辿り着きました。心より感謝を』
「お母様同士が……」
「薬草好きが繋いだ縁だな」
閣下は私の向かいに座った。
「お前の母の調合記録は、手元にあるか」
「はい。屋敷に保管してあります」
「夜会に持ってこい」
「え」
「王妃を救った解毒薬の製法。それがあれば、お前の母が毒婦どころか恩人だったと証明できる」
私は記録本を胸に抱きしめた。
「閣下……本当に、ありがとうございます」
「礼はまだ早い。夜会で決着がつくまでは油断するな」
そう言いながらも、閣下の目元がわずかに和らいだ気がした。
三日目の朝。
夜会を控え、閣下の屋敷には仕立て屋が呼ばれていた。
「リーゼル嬢、こちらのドレスをお召しください」
差し出されたのは、深い藍色のドレスだった。
過度な装飾はないが、仕立ては一級品。落ち着いた色味が、かえって品格を感じさせる。
「こんな立派なもの、私には……」
「閣下からのお言葉です。『辺境伯の同伴者に相応しい格好をさせろ』と」
同伴者。
その言葉の意味を考える前に、部屋の扉が開いた。
「似合うな」
閣下だった。
黒い正装に身を包んだ閣下は、普段より一層厳めしく見える。でも私を見る目は、少しだけ柔らかかった。
「あ、あの、閣下、このドレスは」
「俺が選んだ」
「え」
「戦場では、味方の装備を整えるのは指揮官の役目だ。お前は今夜、俺の味方だろう」
妙な理屈だった。
でも閣下はいつもそうだ。ぶっきらぼうに、でも真剣に、私を守ろうとしてくれる。
「……はい。閣下の味方です」
私がそう答えると、閣下は満足そうに頷いた。
「行くぞ。夜会が始まる」
王妃主催の夜会は、王宮で最も格式高い広間で行われていた。
閣下と並んで入場すると、視線が一斉に集まった。囁き声が波のように広がる。
「あれは毒婦の……」
「辺境伯がなぜ……」
「正気なの……?」
足が竦みそうになる。でも閣下が私の手をそっと取った。
「下を向くな」
低い声が、耳元で囁く。
「お前は何も悪いことをしていない。堂々としていろ」
私は顔を上げた。
閣下の無骨な手は温かかった。
広間の奥、玉座の隣に王妃様が座っていらっしゃった。
その隣には――王太子殿下と、オルテンシア様の姿もあった。
「来たわね、毒婦」
オルテンシア様が扇の陰から嘲笑う。
「よりにもよって辺境伯を誑かすなんて。本当に性悪な女」
「黙れ」
閣下の声は静かだったが、広間全体に響いた。
「今夜、この場で真実を明らかにする。その口は、それまで閉じていろ」
オルテンシア様の顔が引きつる。殿下が前に出た。
「ヴェルナー、いい加減にしろ。オルテンシアを侮辱するな」
「侮辱? 俺は事実を確認したいだけだ」
閣下は懐から一通の書状を取り出した。
「王妃陛下。本日、ご報告申し上げます」
王妃様が頷く。
閣下は書状を開いた。
「リーゼル・ヴィント嬢が王太子殿下に毒を盛ったとされる件。王妃陛下直轄の調査により、以下の事実が判明しました」
広間が静まり返る。
「一つ。当日、リーゼル嬢は給仕の場にいなかった。庭園で薬草の手入れをしていた。目撃者は庭師三名」
殿下の顔色が変わった。
「二つ。茶器から検出された成分は毒ではなく、胃腸薬だった。殿下の持病を慮って、誰かが混入したらしい」
「な……」
「三つ」
閣下は冷たい目でオルテンシア様を見た。
「その胃腸薬を調合し、給仕に渡したのは――オルテンシア・ブレーメ伯爵令嬢。本人が『殿下のために特別なお茶を用意した』と給仕に指示している」
広間がどよめいた。
オルテンシア様の顔から血の気が引く。
「う、嘘よ! わたくしは毒を見たと……」
「胃腸薬を毒と見間違えたのか? それとも、最初から嘘だったのか」
「そんな……わたくしは……」
「ブレーメ伯爵家が子爵家の薬草園買収を進めていたことも判明している。冤罪で子爵家を取り潰し、薬草園を手に入れる算段だったのだろう」
オルテンシア様がよろめいた。殿下がその肩を支える。
「オルテンシア、これは本当なのか」
「ち、違うの、殿下……わたくしは……」
「陛下」
王妃様が静かに声を上げた。
広間が沈黙する。
「十年前、私は流行り病で生死の境をさまよいました。そのとき命を救ってくれたのが、一人の薬師の調合した解毒薬でした」
私の心臓が跳ねた。
「その薬師の名は、エルミナ・ヴィント。リーゼル嬢のお母上です」
囁き声が波のように広がる。
「毒婦どころか、王家の恩人の娘……」
「知らなかった……」
「オルテンシア様、なんてことを……」
王妃様が私を見た。
「リーゼル嬢。あなたのお母上の調合記録を、見せていただけますか」
「はい、陛下」
私は閣下に促され、前に進み出た。
震える手で、母の遺した記録を差し出す。
王妃様はそれを丁寧に受け取り、ページをめくった。
「……間違いありません。この解毒薬の製法は、私の命を救ったものです」
王妃様は記録を私に返し、立ち上がった。
「本日をもって、リーゼル・ヴィント嬢にかけられた嫌疑は全て撤回されます。ヴィント子爵家の薬草園は、以後、王室の庇護下に置きます」
膝から力が抜けそうになった。
「また、オルテンシア・ブレーメには虚偽の告発および王家への欺罔の罪で、社交界からの追放を命じます」
「そんな……王妃様……」
オルテンシア様が崩れ落ちた。殿下が顔を背ける。
「オルテンシア。私はお前を信じていた」
「殿下、お待ちください、わたくしは……」
「もういい。下がれ」
冷たい声だった。
つい数日前、私に向けられていたのと同じ声。
オルテンシア様が泣きながら連れ出されていく。
周囲の視線が、今度は彼女に向けられていた。
ざまぁ、と思うべきなのかもしれない。
でも私は、何も感じなかった。
ただ、隣に立つ閣下の存在だけが、温かかった。
夜会が終わり、人々が三々五々散っていく。
私は閣下と並んで、広間のバルコニーに出ていた。
夜風が頬を撫でる。空には星が瞬いていた。
「……終わったな」
閣下がぽつりと言った。
「はい。閣下のおかげです」
「俺じゃない。王妃陛下と、お前の母のおかげだ」
「でも、閣下が動いてくださらなければ、私は何もできませんでした」
私は閣下を見上げた。
「あのとき、広間で……閣下が腕を掴んでくださらなければ、私はそのまま諦めていました」
「……そうか」
「だから、本当に感謝しています」
閣下は黙って夜空を見ていた。
しばらくして、低い声で言った。
「礼は、言葉ではなく行動で返せ」
「え」
「お前の母の薬草園。これからも守り続けろ。それが俺への礼だ」
私は小さく笑った。
「はい。必ず」
「……それと、もう一つ」
閣下が私のほうを向いた。
灰色の瞳が、まっすぐに私を捉える。
「俺の屋敷にも薬草園がある。母が遺したものだ」
「はい、存じています」
「あれを……お前に任せたい」
心臓が跳ねた。
「任せる、とは……」
「俺には薬草のことは分からん。でもお前なら、母の遺したものを生かせるだろう」
閣下は一歩、近づいてきた。
「だから、俺の屋敷に来い」
「あの……閣下……」
「妻として」
息が止まった。
閣下の手が、私の手を取った。無骨で、温かい手。
「夜会で言っただろう。お前は俺の味方だと」
「は、はい……」
「なら、ずっと味方でいろ。俺はお前を手放すつもりはない」
その言葉は、命令のようで、でもどこか不器用な懇願のようでもあった。
「最初から……そのつもりだったんですか」
「……ああ」
閣下が珍しく目を逸らした。
「広間でお前が笑ったとき、決めた。この女は渡さん、と」
「渡さない、って……誰にですか」
「誰にも」
強い声だった。
「殿下にも、社交界にも、諦めにも。お前を渡すつもりはなかった」
胸の奥が熱くなる。
涙が込み上げてきた。でも今度は、悲しいからじゃない。
「閣下……ヴェルナー様」
「なんだ」
「私でよければ……喜んで」
閣下の目が、わずかに見開かれた。
それから、ふっと口元が緩んだ。
「……そうか」
閣下が私を引き寄せた。
広い胸に頬を寄せると、心臓の音が聞こえた。意外なほど速い。
「緊張していたんですか」
「……うるさい」
私は小さく笑った。
初めて、心から笑えた気がした。
「これからは、ちゃんと声を出せよ」
閣下が私の髪を撫でながら言った。
「お前の声は小さいが、俺はちゃんと聞く。だから、諦めるな」
「はい」
「俺がお前の味方だ。ずっと」
夜風が吹き抜ける。
星明かりの下、私は閣下の胸に顔を埋めた。
諦めなくてよかった。
声を、聞いてくれる人がいた。
隣にいるこの人の手を、私はもう離さない。
後日談を少しだけ。
オルテンシア・ブレーメは社交界から追放され、領地に蟄居となった。伯爵家は王家の信頼を失い、薬草園の買収計画は白紙に戻された。
王太子殿下は、しばらく沈んだ顔をしていたらしい。でも、それは私にはもう関係のないことだ。
私は北の辺境伯領に嫁いだ。
ヴェルナー様の屋敷には、彼のお母様が遺した薬草園があった。少し荒れていたけれど、私の母と同じ種類の薬草がたくさん植わっていた。
「ここを、あなたの好きにしていい」
ヴェルナー様はそう言って、薬草園の管理を私に任せてくれた。
今では、この薬草園と実家の薬草園を行き来しながら、母の調合記録を元に様々な薬を作っている。
王妃様からは時折、薬の注文が届く。母の遺志を継げることが、何より嬉しい。
そして、ヴェルナー様は相変わらず無骨で不器用だ。
でも、私の声がどんなに小さくても、必ず聞いてくれる。
それだけで、十分だった。
「リーゼル、茶の用意ができたぞ」
「はい、今行きます」
薬草園から屋敷に戻ると、ヴェルナー様が待っていた。
私が淹れ方を教えたハーブティーを、不器用な手つきで用意してくれている。
「……少し濃くなったかもしれん」
「大丈夫です。美味しそう」
「そうか」
ぶっきらぼうに答えるヴェルナー様の耳が、少し赤い。
私は小さく笑って、彼の隣に座った。
窓の外には、緑の薬草園が広がっている。
母が繋いでくれた縁。それが今、私の幸せになっている。
――どうぞお幸せに。
あのとき自分に言った言葉を、今は心から信じられる。
私は確かに、幸せだ。
お読みいただきありがとうございました。
諦めていた令嬢と、不器用な辺境伯の物語をお届けしました。
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