文化祭ひっぱりだこ
◆桜ヶ丘の秋、恒例行事
秋の桜ヶ丘女子学園は、少し慌ただしくて、少しお上品。
中高一貫・私立の「桜華祭」は招待制で、
お客さんはほとんど生徒の家族。
模擬店に並ぶお母さん、研究発表を真剣に聞くお父さん──
どこか平和で、穏やかな時間が流れていた。
そして体育館では、毎年恒例のプログラムがある。
「桜ヶ丘ハンドベル部 ~秋の音の調べ~」
……そう、彼女たちの出番である。
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◆準備は演奏のうち
放課後の音楽室では、部長の詩織が鉛筆をくるくる回していた。
「演奏は明日の午後。準備も含めて一時間。
クラス展示とも被らないから大丈夫ね」
「よかった〜! 去年は模擬店のたこ焼き焼きながら来たもんね!」
瑠衣が笑う。
「私は研究発表が午前中なので問題なしです!」
美咲が元気に手を挙げた。
「真雪は?」
「……生徒会の裏方で運営。ステージ設営、朝から入ります」
「うわぁ、お疲れさま〜」
日奈子がにこっと笑うと、真雪は淡々と答えた。
「ベル設営より軽いので、セーフです」
「比べる基準おかしい!」
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◆編曲は足し算
机の上に広がるピアノ譜。
詩織は赤鉛筆でメモを書き込みながら言う。
「今年の新曲、ベル用譜面がないから、音を足して作るわ」
「え、足すんですか!?」
七海が目を丸くする。
「そう。削ると寂しいけど、足せば華やかになる。
ハンドベルは“増やして完成させる”楽器なの」
「カスタマイズ系楽器っすね!」
瑠衣がうなずく。
「詩織先輩、これ全部手書きですか?」
理央が覗き込むと、詩織は涼しい顔で答えた。
「うん。手書きのほうが、音の重みが出るから」
「え、重みって物理的な意味で?」
「……ちょっと静かにしてもらえる?」
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◆運搬戦線、異常あり
文化祭前日。
ベル部恒例の「大行進」が始まった。
音域ごとに分かれたベルケース。
高音は軽いが、低音は重量級。
「うわ! このケース、10キロあるんですけど!?」
瑠衣が悲鳴を上げ、理央が腕をぷるぷるさせながら持ち上げる。
「大丈夫、ベル筋で支えます!」
「ベル筋って言うな!」
結衣子先生が最後尾から声をかける。
「落としたら音が狂うわよ〜! 予算も狂うわよ〜!」
「予算!?」
「音より重い話出てきた!」
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◆設置は儀式
体育館に着くと、机を並べ、クロスを敷く。
譜面台を整え、ベルを音順に並べる。
「机もう一列追加ー!」「クロスのシワ伸ばしてー!」
「去年それでベル転がったから!」
息を合わせて並べ終わる頃には、
すでに全員の腕が限界を迎えていた。
「これが“準備も演奏のうち”ってやつですね……」
美咲が床に座り込み、
日奈子がのんびり微笑む。
「筋肉も音の一部よ〜」
「そんな音いらない!!」
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◆リハーサル開始
「よし、一度通してみようか」
詩織の合図で、演奏スタート。
チリーン──
……のはずが、すぐに混乱。
「テンポズレてる!」「Cが二人鳴ってる!」「どっち!?」
「心で合わせて〜」
「出た! 根拠ゼロ理論!!」
低音担当の瑠衣は「重い!」を連呼し、
高音の七海は「キレイ〜」と聞き惚れて出遅れ、
紗英は譜面をひっくり返して逆から読んでいた。
「紗英、それ上下逆!」
「うそ! 逆でも鳴ったから気づきませんでした!」
「鳴るけどそれ違う!!」
詩織は頭を押さえ、深呼吸して言った。
「……うん、カオス。いつも通りね。」
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◆リハ後の現実
「じゃ、ベル片付けるわよ」
詩織の声に全員の動きが止まる。
「えっ!? 今日リハだけですよね!?」
「ベルは置きっぱなし厳禁。全部音楽室に戻す!」
「そんなぁぁぁ!」
全員が叫びながら再び運搬開始。
高音チームは軽快に歩き、
低音チームはもはや筋トレ部だった。
「明日また設営あるのに〜!」
「ベル部の文化祭は筋肉リレーだと思って!」
「誰がうまいこと言えと!」
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◆本番当日
昼過ぎ、体育館に静けさが戻る。
家族連れが並ぶ客席。
演劇部の公演が終わり、照明が落ちる。
「生徒会の巡回終わりました。間に合いました」
息を切らせて真雪が合流する。
「おかえり。じゃ、行くわよ」
詩織が軽く指を鳴らす。
チリーン──
音が重なり、天井で響く。
それは派手でも、完璧でもない。
けれど、彼女たちが音を足して作り上げた音だった。
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◆終演後
片付けを終えたころ、瑠衣がぽつり。
「準備・本番・撤収で三部構成っすね。
どこがいちばん大変って、全部ですね」
「名言きた」
詩織が笑い、
日奈子がにこっとまとめる。
「でも、いい音だったよ〜。ね、真雪ちゃん?」
「……うん。筋肉も鳴ってました」
結衣子先生がベルケースを持ち上げ、ぼそっと言う。
「……青春って、ほんとに重いのね」
全員:「ほんとそれ!!」
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ナレーション:
こうして、今年の桜華祭も無事に終わった。
鳴らした音と、残った筋肉痛は、
たぶん同じくらいの重さだった。




