担当替えカオス
◆ハンドベルとは
ハンドベル──それは、見た目こそ上品な楽器だが、
実際のところ「鳴らす」より「構える」ほうが先に筋肉痛になる楽器である。
ハンドベル部では、一つの曲を音階ごとに分担し、
自分の担当の音がきた瞬間にベルを鳴らす。
ピアノなら一人で全部弾けるが、ベルでは人数で一曲を完成させる。
そして、曲が変われば担当音も変わる。
──つまり、新曲に入るたびにカオスが訪れるのである。
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◆担当決めの日
「それでは、次の曲の担当を決めます」
部長・詩織のその一言で、音楽室の空気が一気に張り詰めた。
部員たちは息をのむ。
「今回は三オクターブ使うわ。
高音は四本まで持てる人、低音は……理央ね、お願い」
「了解です。筋トレの成果見せます!」
中学生の理央が拳を握る。
「よっ、ベル筋代表!」
ギャル後輩の瑠衣がノリよく拍手。
詩織は淡々と配分を進めていく。
「C、D、E、F……はい、ここまで高音組。GからAまでは中音組で分担。
低音は……あ、Bが一個余る」
「余る!?」
「誰かフォーインハンド(※片手2本持ち)できる?」
「詩織先輩、またそれ来た〜!」
「練習すれば誰でもできるわ」
日奈子がのんびり笑って言う。
「まぁまぁ〜、心で握れば大丈夫よ〜」
「心じゃ持てないのよ!!」
詩織の全力ツッコミが飛ぶ。
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◆書き込み地獄
担当が決まると、全員が自分の譜面を広げる。
詩織と副部長の日奈子は慣れた様子で黙々と準備。
一方、後輩たちは大騒ぎだ。
「自分の音どこ!? これC? D? え、これ違う!?」
「マーカー引く前に数え間違えた……」
「一番下の段、どこが私の音ですかー!」
中1の紗英が半泣きで叫ぶと、
中3の美咲が優しく肩を叩いた。
「大丈夫大丈夫! 最初はね、自分の音が見えなくなるの!」
「怖い励ましだな!?」
「いい? 鳴らすタイミングを間違えると、曲が一瞬で壊滅するから気を付けて」
詩織が真顔で告げる。
「はいっ!」と全員が緊張した声で返事した瞬間──
「ねぇ詩織先輩、私の譜面、Cが三個あるんですけど」
「……それ全部別のCだから」
「別!? 音階の概念が壊れるー!!」
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◆はじめての合わせ
「では、試しに頭から行きます」
詩織の指揮で、練習が始まる。
チリーン──
「……あれ? 音が足りない」
「私、鳴らしてないです」
「鳴らして!」
チリーン──
「鳴らしたけど早かったです」
「早いわ!」
低音の瑠衣が一音鳴らすたびに「重っ!」と声を上げ、
高音の七海は「キレイ〜」と自分の音に聞き惚れて出遅れる。
理央は律儀にカウントを取りながら鳴らし、
紗英はパニックでベルを逆さに持っていた。
「……紗英、それ持ち方逆」
「え!? 逆でも鳴るんですか!?」
「鳴るけど響かない!」
音楽室に笑いがこだまする。
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◆そして
ようやく一曲を通したあと、詩織が静かに言った。
「……うん。まだ“音楽”というより“音事件”ね」
「え、事件!?」「タイトルみたいになってる!」
日奈子が笑いながらフォローする。
「でも、音は出てるから大丈夫〜」
「基準が甘い!」
詩織がため息をつくと、顧問の結衣子先生が音楽室のドアを開けた。
「……あら、元気ねぇ。楽しそうじゃない?」
「楽しそうですけど、完成度は0です!」
瑠衣の叫びに先生は笑って言った。
「じゃあ、当分は基礎練ね〜」
「……出た、恒例のセリフ」
詩織が頭を抱える。
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ナレーション:
こうして、今年もハンドベル部の新曲練習が始まった。
担当替えと混乱と笑い。
これが、桜ヶ丘ハンドベル部の“通常運転”である。




