病弱の真相
デボラが亡くなり、ステファンは拠点をロートレック子爵邸に移した。
エリアーヌの仕事を手伝う為だ。
(それにしても、まさかこんなに上手くいくとは。邪魔者を一気に排除出来て、これからエリアーヌとの時間が増える)
クククッと笑うステファン。
実はデボラが亡くなる原因を作ったのは、何とステファンだった。
デボラにエリアーヌとの時間を奪われたことにより、ドス黒い怒りが雨雲のようにステファンの全身に広がった。
そして、我慢の限界に達した時、ふとデボラが病弱だと言われていることを思い出したのだ。
どうせ病弱であることは嘘だと分かっていたが、ステファンはその情報を利用することにした。
(デボラにじわじわと三ヶ月かけて遅効性の毒を飲ませた甲斐があった)
デボラが苦しむ様子を思い出し、ステファンは心底どす黒く愉快な表情になる。
(本当に病弱にしてあげたのだから、感謝して欲しいくらいだ)
絶対にエリアーヌには見せられない表情だ。
(それにデボラを殺したら、ロートレック子爵夫妻も憔悴し切ってもう社交界には出られないだろう。これからのロートレック子爵家はエリアーヌと僕の時代だ)
エリアーヌを虐げていた彼女の両親も追いやることが出来て、ステファンは非常に満足していた。
昔からエリアーヌのものを奪っていたデボラ。ここ最近では病弱という言葉を使い、更にエリアーヌから奪おうとしていた。
それを利用してステファンは、デボラを本当に病弱にして殺したのである。
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一方、デボラの病弱の真相を知らないエリアーヌは、この日ステファンと一緒に出席する夜会の準備をしていた。
(あら、今日の夜会はレオンティーヌ様もいらっしゃるのね。……デボラが生前お世話になっていたみたいだから、挨拶にお伺いしないと)
エリアーヌは準備に気合を入れた。
そして夜会の時、エリアーヌはステファンと共にレオンティーヌの元へ向かう。
波打つようなブロンドの髪に、ジェードのような緑の目。近くで見ると、思わず見惚れてしまう程の華やかな美人である。
「あらまあ」
レオンティーヌはエリアーヌとステファンを見て、ジェードの目を丸くした。
しかしその様子も様になっている。
「ロートレック子爵家長女、エリアーヌ・モニク・ド・ロートレックでございます。こちらは私の婚約者、ロデーズ伯爵家次男のステファンでございますわ」
「ロデーズ伯爵家次男、ステファン・ジョフロワ・ド・ロデーズでございます」
「エリアーヌ様、ステファン様、楽になさってちょうだい。それにしてもエリアーヌ様はロートレック子爵家のご長女なのね」
レオンティーヌはジェードの目を意外そうに見開き、エリアーヌを見ている。
「はい。レオンティーヌ様には、妹のデボラが大変お世話になりました。妹はかねてより体調を崩しておりまして、先日亡くなりました。妹のことを気にかけてくださり、本当にありがとうございました」
「まあ、デボラ様が……。お体が弱い方でしたものね。葬儀の方は、忙しくて行けずにごめんなさいね」
レオンティーヌは眉を八の字にして、肩をすくめていた。
「いえ、そんな。妹はレオンティーヌ様に思っていただけて、幸せだったと思いますわ」
「そう言っていただけると……少し心が軽くなるわ」
レオンティーヌはふわりと微笑む。
淑女として完璧な笑みである。
エリアーヌは彼女から色々学ぶべきことがあると感じた。
「こうしてエリアーヌ様とお話をするのは初めてだったわね。そうだ、エリアーヌ様、せっかくですし、今度ヴィルヌーヴ侯爵家の夜会にご招待するわ。ご婚約者のステファン様も是非。私も、婚約者のコルネイユ公子殿下をご紹介するわ」
レオンティーヌは君主の家系であるカノーム公家から、第二公子コルネイユを婿として迎えるのだ。
「ありがとうございます。楽しみにしております」
エリアーヌは口角を上げた。
隣にはステファンがいて、更にカノーム公国の令嬢の鑑と言われているレオンティーヌと知り合えた。
デボラや両親には振り回されたが、今となってはもうどうでも良いと思うのであった。
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(……デボラ様、亡くなってしまったのね)
レオンティーヌはデボラの姉エリアーヌからそれを聞き、クスッと笑った。
現在、レオンティーヌはヴィルヌーヴ侯爵邸の自室で一人、窓の外を見つめていた。
三年前、成人したばかりのデボラを見たレオンティーヌは、こう思った。
(何なのあの子。何というか、目の形が気に入らないわね)
最初はそう思うだけだった。決して言葉や態度には出さない。
(私はヴィルヌーヴ侯爵家のレオンティーヌよ。自分の品格が落ちてしまう言動は決してしないわ。でも……他人を嫌うのは自由よね)
レオンティーヌはそう考えていた。
しかし、デボラを見かける回数が増えるごとに、苛立ちは増す。単純接触効果の逆である。
(自分の手を汚さずあの子を排除することは出来ないかしら?)
そこで思いついたのが、デボラを病弱扱いすることだった。
レオンティーヌがデボラの体を心配する素振りを見せる。
すると周囲はデボラが病弱であると認識する。
レオンティーヌはカノーム公国の社交界で影響力が大きいので、ないものをあるようにすることは簡単だった。
そして、皆がレオンティーヌに忖度し、デボラを心配し始める。頃合いになったところで、病気が移ってしまうかもしれないと言い、デボラを社交界から追放するつもりだった。
しかしその目論見は良い意味で外れる。
デボラは本当に体調を崩し、亡くなったのだ。
(まさか死んでしまうなんて。可哀想ね。でも、これでもうあの子の姿を見なくて良いのね。せいせいしたわ。神様、あの子の命を奪ってくれてありがとうございます)
クスッとほくそ笑むレオンティーヌである。
(それにしても、エリアーヌ様と言ったかしら。あの子の姉なのね。エリアーヌ様は全然苛立ちを感じないし、きっと良い関係が築けそう)
レオンティーヌは空を見上げてふふっと微笑むのであった。
デボラは病弱である。
それは複数の悪意により生み出されたことだった。
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