第3話 消えた手紙と、閉ざされた想い
午後の光が、古い暗室のガラス窓に斜めに差し込む。山下沙耶は机の上に置かれたフィルムをじっと見つめていた。
「……これは、誰の心だろう」
現像皿にフィルムを沈めると、ゆらりと液面に影が揺れる。映し出されたのは、机の上に置かれた古い封筒と、それを見つめる女生徒の姿。沙耶はすぐに気づいた。封筒の中には、まだ渡されていない手紙――ずっと伝えられなかった想いが隠されている。
――欠けているのは、言えなかった言葉。
その夜、沙耶は写真に写った女生徒、斎藤紗英の家を訪ねた。チャイムを押すと、少し緊張した表情で紗英が出てきた。
「……沙耶さん?」
「ちょっと、話があるの」
沙耶は現像した写真を差し出す。そこには、机の上の封筒を見つめる紗英の姿が写っていた。写真の中で紗英の肩はわずかに落ち、笑顔は浮かんでいない。
紗英は小さくため息をつく。
「これ……あの手紙のこと、見てたの?」
「写真が教えてくれたの。渡せなかった想いが、ここに残っている」
紗英の瞳が揺れる。
「私……ずっと、勇気がなくて渡せなかった。友達に言えなかった思いが、ずっと胸に引っかかってて……」
沙耶は静かに微笑む。
「でも、知ってほしいことがある。言えなかった言葉も、あなたの気持ちも、ここには残っている。忘れたわけじゃない」
紗英は手紙を手に取り、ゆっくりと開いた。そして、写真の中の自分に向かって、かすかな笑顔を見せる。
「ありがとう、沙耶さん……少し、楽になった」
沙耶はそっと頷いた。
「写真は、忘れかけた気持ちを取り戻すための道具でもあるんだよ」
暗室に戻ると、手元の無名フィルムを見つめる。笑わない少女の顔が、今日もそこに浮かんでいる。
――まだ私の一枚は、見つかっていない。
夜の暗がりの中、現像皿の液面が揺れ、少女の影が微かに揺らめいた。