第2話 消えた笑顔の理由
放課後の教室は、誰もいない。机の上には、先ほど撮影された写真の束が置かれていた。山下沙耶は慎重にひとつひとつ確認しながら、暗室へと向かう。
「今日のフィルムは……うん、何か匂う」
現像皿にフィルムを沈めると、ゆらりと水面に影が揺れた。現れたのは、クラスメイトの久我美咲の姿。いつもの明るい笑顔の裏に、小さな欠けがある。
沙耶は静かに息をつく。
――これは、彼女の心のどこかに残る“後悔”かもしれない。
その夜、沙耶は久我の家をそっと訪れた。玄関でドアをノックすると、少し驚いた顔の久我が現れる。
「……どうしたの、沙耶?」
「ちょっと、話を聞きたいの」
沙耶は現像した写真を手渡した。そこには、久我が見せない表情――一瞬、俯いて消え入りそうな笑顔――が映っていた。
久我は目を伏せ、小さく吐き出すように言った。
「私……文化祭の劇で、台詞を忘れちゃったの。みんなに迷惑かけて……でも、誰にも言えなくて……」
沙耶は写真を眺め、静かに頷いた。
「思い出すだけでも、勇気がいるね。でも、ここに残っているよ。あなたがちゃんと努力したことも、ちゃんと伝わってる」
久我はぎこちなく笑った。その瞬間、写真の中の欠けもわずかに埋まり、笑顔が少し柔らかくなる。
「ありがとう、沙耶……なんだか、気持ちが軽くなった」
沙耶は微かに笑い、肩をそっと押す。
「大丈夫、誰かに言えない気持ちは、時々写真に預けてもいいんだよ」
暗室に戻る途中、沙耶は手元の無名フィルムを見つめる。笑わない少女の顔がまだ浮かんでいた。
――まだ、私の一枚はここにある。
夜の風がカーテンを揺らす中、沙耶は次の現像の準備を始めた。今日も誰かの小さな“欠け”を、そっと癒すために。