08 婚約破棄から5日目 孤児院へ
婚約破棄から5日目、私は応接室で弟クリスと来客を待っていた。
母から「クリスの家庭教師の先生との面接に立ち会ってほしい」と言われたからだ。
クリスは現在、王立学園附属の幼稚舎に通っている。幼稚舎で交友関係を持ち、王立学園で研鑽を積むのが、一般的な貴族の子弟の進む道。
但しセレス家は長男オリバーが騎士団で重要任務についているため、次男のクリスに後継教育を施す必要が出てきた。
今までは私が知っていることをクリスに教えて来たが、これからはきちんとした教師をつけることになり、急遽これから面接するという。
「僕は姉さんに教えてもらえれば十分なのに……」
「そんなことはないわ、クリス。貴方には学問の才能がある。きちんとした先生に教えて貰えれば、もっと伸びると思うの」
「でも姉さんに教えてもらう時みたいに、楽しくないと……」
「大丈夫よ。クリスはきっと楽しくなるわ」
クリスと話していたら、母が来客を連れて応接室に来た。入って来たのは優しそうな初老の男性で、男児の家庭教師として評価が高い方だ。
母も席に着いて、皆でお茶を飲みながら歓談する。
男性は品が良く、優雅な所作で申し分ない。穏やかな話し方なので、クリスの緊張も和らいだ様だ。
最後はクリスの好きな植物の話で打ち解けており、家庭教師として迎えることが決まった。
私が王都を離れる前に、クリスの環境が整って良かったと思う。
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その後、私は急いで孤児院に来く。
本当は午前中から孤児院に行きたかったけれど面接が入ったため、家を出るのが午後になった。
私は時間ができると、孤児院で子供達の遊び相手をすることが多い。孤児院は基本人手不足だから、私の様な小娘でも手伝えることがある。
私は学生でたくさん寄付ができないので、せめて子供達のお手伝いできればと思っていた。
子供達と遊ぶのは楽しい。
孤児院は両親のいない平民の子ばかりなので、弟クリスと遊ぶのとはまた違っていた。私は孤児院の職員より歳が近いせいか、孤児院の子供達にも懐いてもらえたと思う。
「アレクさん、いつもこんなに頂いて助かります」
『アレク』は孤児院での私の呼び名。
宝石アレキサンドライトはアレクサンドライトとも呼ばれるので、短くして『アレク』。男性名のようなところも気に入っている。
私は使わない物などを寄付する。特にトロイ様から頂いた物はもう使わないから、孤児院で役立ててもらおう。
「セレスさん、これは何かしら?」
「院長先生、それは王宮の下級官吏登用試験の対策用資料です。子供達の中に官吏を希望する子がいるので、時期を見て渡して下さい。少しは役に立つかもしれません」
「まあ!試験内容を調べるのは大変だったでしょう?」
「実は……先月登用試験があったので、私が試しに受験してみたのです。資料は実際に出題された問題から作成しました」
「まあまあ!貴方は下級官吏になりたいの?受かったらご家族も驚かれるわよ」
「下級官吏は女性が過去に登用された例がないので、合格しないと思います。だから官吏試験を受けた事は、まだ家族に言っていません」
「なんとも貴方らしいわね。でも無理はしないでね」
院長先生は下級官吏登用試験が、実質平民登用の試験だと知っている。貴族は別に試験があるので、通常下級官吏にはならないからだ。
私が子供達のために試験問題目当てで受験したことを、単純に心配されているのだろう。
院長先生は私がセレス子爵令嬢であることを知っているが、他の人は私の身分を知らない。
私は身分を偽るつもりはないが、明らかにするつもりもなく、孤児達と同じ目線で過ごしたいと思っている。
院長先生はそんな私の考えを理解して下さる貴重な方だ。だから婚約破棄の噂を聞き、とても心を痛めてくれていた。
私がしばらく孤児院に来られないことを子供達に伝えると、皆寂しがってくれた。
色々引き留められた事もあり、帰りが夕方になってしまったのは失敗だった。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。