68 その言葉をずっと
ここまでお付き合い下さりとても嬉しいです。
最後まで見届けて下さり、ありがとうございます。
翌朝、寝台から何とか起き上がった私は、身支度を整えて屋敷を抜け出す。
早朝の空気は澄んでいて気持ちよく、まだ誰もいない時間なので風景を独り占めしている気分だ。
教会について祈りを捧げ、墓地で手を合わせる。
亡き両親に昨日の儀式の報告をした。
今まで承継してきたものを私の代で途切れさせることには悩んだが、きっと両親なら分かってくれると思う。これからのセレス家は儀式でなく、直接人の手で承継されてゆくのだ。
領地と領民、そこで働く家人を守ろうとする本質は何も変わっていない。
墓石を前にして思い出すのは、9年前に初めて継承の儀をした時のこと。『直系しか出来ない手続き』の中で継承の儀が一番難しいが、私は何とか成功させた。
なぜ難しいかというと継承に相応しいかを術中に諮られ、相応しい場合に儀式が成る術だからだ。
諮る相手はいわゆる「先祖の想い」のようなもので、術が成った時に光の粒とともに「先祖の想い」のようなものを受け取った。
セレス領に天災がおきませんように、
子々孫々幸せでありますように、
知らない誰かの声が降ってくる中で聞き覚えのある声が降り注いだ。
ーレイ、愛しているよ。
忘れもしない父の声だった。
亡き父の想いも、継承されていたのだ。
今回の儀式は今までと違い、誓約を結び直すものに変えたためか「先祖の想い」は聞こえなかった。
仕方のないこととは言え、少し悲しい。
もうその言葉は二度と聞けないのだから。
「レイ」
聞き慣れた声が耳に届く。
振り返ると、ユリウス様が来ていた。
「俺も挨拶していい?」
「はい。ありがとうございます」
ユリウス様も手を合わせてくれた。
その真剣な横顔に、なんだか嬉しくなる。
ユリウス様が目を開けて私を見る。
徐ろに私の手をとり、墓石に向かって言う。
「俺はアレキサンドライトを愛しています。幸せにすると約束します」
「ユリウス様……」
「ご両親に婚約の報告がしたかったから」
「……ありがとうございます」
私達は手を繋いだまま、屋敷へ戻る。
そろそろ家人が部屋に起こしに来る時間だ。
不在だと心配させてしまう。
「ところで、私が早起きしたことをどうしてわかったのですか?」
「昨日レイに術をかけたから居場所がわかる」
「婚約したから、術をかけないようにするのではなかったのですか?」
「俺のアレキサンドライトは綺麗だから、目が離せなくて」
「!」
昨日の事を思い出し、顔が赤くなる。
私は顔を逸らした。
「またしてもいいか?」
ユリウス様が耳元でささやく。
顔が熱い。
私は耳まで赤くなっているだろう。
私は上目遣いでユリウス様を睨む。
「見えるところに痕をつけるからだめです」
するとユリウス様が意地悪な顔をする。
「では、これからは俺しか見えないところに痕をつけることにしよう」
「!」
私の表情を見たユリウス様は、とろける様な笑顔で応える。
「レイ、愛しているよ」
それは亡き父の遺したものと一緒だった。
言葉に込められた想いは、深い愛情。
嗚呼、また、その言葉を聞けるとは思わなかった。
否、その言葉をずっと待っていたのかもしれない。
「これからも、大切にする」
ユリウス様が私の手の甲に口付ける。
「もう十分大事にしてもらっています」
私は少し涙ぐんで笑った。
「ずっと一緒にいよう」
「はい」
ユリウス様の言葉に、空っぽだった私はいつの間にか満たされてしまう。
私が目的を果たすために邁進することで埋めてきた空虚を、彼はいとも簡単に埋めてしまう。
その言葉で、その行動で、その笑顔で。
両親を失ってできた空虚は、今や彼によって満たされてしまうのだ。
彼は知らないだろう。
今や彼の存在が私を生かしてくれていることに。
だから私も彼と共に在れる様に、努力し続けるのだ。
彼の側で輝き続けるために。
レイとユリウスを気に入って下さった方、また前半のテンポのお話を気に入って下さった方、「その時は本気で逃げることにします〜婚約破棄された令嬢と氷の公爵様、続〜」で続編的位置付けの話をしております。彼らが王宮の事件に巻き込まれています。レイの過去に触れるお話もあります。そちらも完結しましたので、お立ち寄り頂けると幸いです。
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