60 ユリウス様のお父様
「お目にかかれて光栄です。クローディア公爵閣下」
私は礼をする。
責任者が部屋を出ていく。
ユリウス様の父親で現宰相であるクローディア公爵閣下は、ソファに座りにこにこと声をかけた。
「久しいな、セレス伯爵令嬢。叙勲祝賀会以来か」
「クローディア公爵閣下におかれましてはご機嫌麗しゅう」
公爵閣下はにこにこした顔から、次第に役職者の顔つきになる。
「堅苦しいのは抜きにしよう。なぜ下級官吏登用試験を受けた?」
「下級官吏の仕事に就いて、やってみたいことがあります」
試験を受けた最初の動機は試験内容に興味があったからだが、王立研究所から連絡があったことで、今は下級官吏となってやってみたいことができた。
「やってみたいこととは何だ?」
私は公爵閣下に、今考えていることを話す。
公爵閣下は最初驚いた顔をしたが、黙って私の話を最後まで聞いて下さった。
「確かに、それが実現すれば状況がかなり変わるだろうが……。
しかし貴族なら一般官吏だろう?一般官吏になればその権限で、話を進めやすくなるぞ」
「閣下の仰る事は尤もですが、私が一般官吏の試験を受けられるのは、年齢の基準からして2年後。それでは遅すぎます。さらに現場を良く知っている下級官吏の方が、実現した後の効果を活用しやすいかと」
「君は下級官吏の仕事をどこで知った?」
「孤児院に行った時に」
平民の公的手続きが主な業務だが、孤児院の管理運営を補佐しているのも下級官吏なのだ。
「孤児院の仕事はどこの部署もやりたがらないから下級にまわされるのが現状だ」
「存じております」
「ならばわかるだろう。女性の身で、まして貴族が平民に混じって働くことになれば、どんなに苦労するか」
なるほど。このために私は呼ばれたのか、と納得する。
セレス家の者として、クローディア公爵閣下に対し、今は無理をする場面ではない。
しかしながら私にとっては折角のチャンスでもある。
「私は身分を偽ることは致しませんが、好んで明らかにすることも致しません。また女性の身ゆえに気付くこともあるかと存じます。多様な者を登用する閣下の意向に反していないかと」
「本当に良いのか?官吏は男社会だぞ?」
「承知の上です。それに下級官吏は1年契約、務まらなければ途中で解雇されるだけです」
公爵閣下はふぅと息を吐いた。
宰相の顔から父親の顔になっていた。
「……ユリウスはこのことを知っておるのか?」
「私が筆記試験を受けたのは、クローディア公爵子息と交流が始まる前です。今日のことも私からはまだ何も言っておりません」
そもそも登用されるとは思っていなかったので、まだ家族にも言っていないのだ。
「あやつは君を好いておる。この件を耳にすれば反対するだろうよ」
「現在、私とクローディア公爵子息の間には婚約の契約はございません。彼には心配をかけるかもしれませんが、きっと理解してもらえると思います。私も彼と共に在れる様に努力したいと思いますので」
私がやりたいと考えているのは、今まで自分が手掛けていたものを整理することの延長だ。あくまで自分のけじめのために行うもの。
公爵家に入るなら、令嬢として社交をしたり、作法を学び直す方が断然役に立つだろう。
だが官吏になって得た経験が、いつか何かの役に立つかもしれない。
ユリウス様は全ての官吏の上に立つ立場、彼の仕事に繋がる何かがあるかもしれない。
それがいつか、ユリウス様のお役に立てるかもしれない。
「ならば、なおさら上級官吏になる方があやつのためになると思わないか?」
「何の実績もない子娘を縁故で登用したとすれば、結果としてクローディア公爵子息にご迷惑がかかります。ひいてはクローディア公爵閣下の推する政策に影響が出かねません」
「……」
「また下級官吏として、民と交わることで得られるものもございます。たとえ限られた任期でも経験したことで、将来クローディア公爵子息のお役に立てることもございましょう」
「……君は公爵家に入るつもりはないのか?」
クローディア公爵閣下は意外そうに尋ねた。
私の事について、ユリウス様と何か話をしているのだろうか?
「……それは私が決められることではございません。私は1度婚約破棄された身、家門も貴家に庇護して頂いている状況です。私は婚約者に相応しい身分ではありません」
「ユリウスが望めば、それも叶うだろう」
確かにユリウス様の力なら、できるかもしれない。本人からもそう望まれている。
でもそれは私が決められることではない。
貴族社会では、それほどまでに身分の差があるのだから。
しかも婚約は家同士の繋がりになる。
いくら当人達が結婚したいと願っても、叶わないことなんていくらでもあるのだ。
だから私はユリウス様に自分の気持ちを伝えることを躊躇した。
彼が公爵家と私の間で、苦しむことに成りかねないと思ったから。
ユリウス様と一緒にいたいと考えた時、私は公爵家に入るよりも、官吏になる道が一番現実的だと思っていた。官吏になり仕事面で側にいるなら、身分の差があっても叶うかもしれない。
しかし彼が望んだのは、もっと近い位置で一緒にいること。仕事よりも、友人よりも、家族よりも。
そういうことを全て飲み込んだ上で、彼の側に居たいと思ってしまった。
ならば今は、私は私のできることで彼と一緒にいる為の努力をしてゆくのだ。
「……恐れながら、ユリウス様と仮に婚約が叶ったとして、法定で最低1年の婚約期間が必要になります。
さらに第二王子殿下のご成婚も控えておりますので、側近のユリウス様と成婚できるのは少なくとも2年かかると考えます。
2年あれば、私にも何かしら成し遂げることができるかもしれません。ユリウス様の側に相応しいと、認めてもらえるよう私なりに努力をしたいと存じます」
公爵閣下は目を丸くした。
驚いた表情はユリウス様のそれと似ている。
「…ふはははっ!よく状況がわかっておるな、セレス伯爵令嬢。ユリウスが執着するのも頷ける」
「?」
執着?聞き間違えかな。
「君の意見は分かった。時間を取らせた」
「クローディア公爵閣下、ご心配頂きありがとうございました」
「君と話すのはなかなか楽しかった。今度ゆっくり我が家に来るといい」
「ありがとうございます」
お立ち寄り頂きありがとうございます。
また、ここまでお付き合い下さりとても嬉しいです。
明日明後日で完結する予定です。最後まで見届けて下さると幸いです。




