57 三度の再会
領地に来てからひと月ほど経った。
やりたい事、やるべき事、いつもの仕事は順調に進んでいる。
午後は街へ出てから教会へ行き、最後に眺望の丘を目指す。
途中、ジーク隊の護衛と行き会う。
彼はセレス領にすっかり馴染み、精力的に仕事をしてくれている。
彼と王都に戻ることを相談して、その場で別れた。
芝を踏み締めながら丘を望むと、見知った姿が見えた。陽の光に銀髪が輝く。
久しぶりに見るその顔は、無表情ながら不機嫌そうだ。
「ご機嫌様、ユリウス様。いつ、こちらに?」
私は今までと同じように努めて、声をかける。
「先程」
ユリウス様が短く答える。機嫌が悪いのは当たっているらしい。
「本日はどのようなご用件でいらしたのですか?」
「……レイに会いに来た」
そう言って、ユリウス様が近付いて来る。
「先程の男は護衛か?レイが年若い者を希望したとか」
「はい。信頼できる人材で重宝してます」
「あの者となにやら、楽しそうに見えたが」
「彼はここに馴染んでくれて、今や恋仲の娘もいます。ゆくゆくはこちらで就職しないかと勧誘中です」
「……だから『年若い者』を希望したのか」
「えぇ」
セレス領は外部からの来る人が少ない。
しかも一時的に男児が少なく生まれた年があるため、今年のセレス領は年頃の娘が多い。
私なりに「年頃の娘の出会いになれば」と考えてみたのだ。
以前ジーク隊に護衛を頼んだ時も、恋仲になり領地に残ってくれた隊員がいた。
頼り甲斐があり実直な彼らは、領民からも受け入れられている。
そういえばユリウス様が最初にセレス領を訪れた時も、銀髪の美男子と噂になっていたらしい。まだ数ヶ月前だが、なんだか昔のことの様に感じる。
私もユリウス様の方へ歩み寄る。
頬に当たる風が気持ち良い。
ユリウス様の銀の髪がサラサラと靡く。
私はユリウス様の隣に立って、丘から街を見た。
「……レイ、触れてもいい?」
「……どうぞ」
ユリウス様に抱き締められる。
真綿で大事に囲う様に、優しかった。
彼の体温がじんわりと伝わる
「……ずっとレイに会いたかった」
「……私もです」
心臓の音がうるさい。
私のものか、それとも彼のものか。
「……俺はレイがいないとダメだ。
レイの居場所がわかっても、離れていると安心できない。レイが側にいてほしい」
「……」
今までの彼からしたら、めずらしく弱気な発言だと思うが、本音で話してくれるのは嬉しい。
彼とこの場所で初めて会った時から、彼とこんなにも長く離れていたことがなかった。
寂しく思ってくれた結果の行動だと思うと、言葉が見つからない。
「最初はレイに興味を持った。一緒に居るうちにますます惹かれて、いつも一緒にいたいと願う様になった。
だから婚約者のフリを頼んだ。ずっと側にいてほしかったから」
「……私は、ユリウス様に相応しいとは言えません。お淑やかな令嬢には程遠いかと思いますが、よろしいですか?」
「何をもって相応しいか議論したいところではあるが……レイが一般的なイメージの貴族令嬢ではないことは承知している」
「……とても腹黒かもしれませんよ?」
「それは……未来の宰相の妻には相応しいかもしれない」
抱き締められていた腕が緩められ、身体が離される。
ユリウス様は私は真正面で捉え、ゆっくりと口を開いた。
「レイが好きだ。誰よりも」
アイスブルーの瞳に真剣な光が宿っている。
綺麗だなと思う。
「私もユリウス様が好きです。できれば一緒にいたいです」
「それは、公爵家に来てくれるということ?」
「もし望んで頂けるのなら、公爵家に参りましょう。
ただ公爵家に入るまでは、私は私のやり方でユリウス様のお側にいられるように努力したいのです。それでもよろしいですか?」
「ああ」
ユリウス様は返事と一緒に、強く抱きしめてくれる。私も応えるように腕をまわした。
「平民にはなれないと思うがよいか?」
「ユリウス様と離れたら、平民になろうと思います」
「それでは一生無理だな」
「ふふ」
言葉が、じんわり溶けて心に染みこむ。
好きな人に思いが通じるのは嬉しいことだと、心の底から思った。
「あの、ユリウス様、そろそろ……」
しばらく抱き合ったままだったので、私は堪らず声をかけた。
「もう少し」
「あの、ここだと誰かに見られて恥ずかしいので……」
「ならば、ここなら構わない?」
ユリウス様は少し離れた木の影に私を連れていく。
ユリウス様を見上げると、顔が近かった。
「レイ、とても嬉しい。大切にする」
ゆっくりと顔が近付き、唇が触れ合った。
柔らかくて、とても驚いた。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
また、ここまでお付き合い下さりとても嬉しいです。
明日明後日で完結する予定です。最後まで見届けて下さると幸いです。




