56 将来
ユリウス様とクローディア領に出掛けて数日後、私はセレス領に来ていた。
予定していた仕事をこなし、領地を視察し、領民と触れ合い困り事を解消する。
王立学園を卒業後、家族からは王都でゆっくりしてほしいと言われていたが「領地の引き継ぎマニュアルを作りたい」と言って、領地行きの許可をもらったのだ。
だからいつものルーティンと並行して、引継ぎとマニュアル作りに励んでいる。
私の元婚約者トロイ様が誓約を破ったことについては、ユリウス様から家族に報告されたようで、父から指示があり、今回は領地に護衛を連れて行く事になった。
そのため、ジーク隊長のところから信頼できる独り身の若い男性を紹介してもらった。
まずは護衛の彼にセレス領を知ってもらおうと、領地の年頃の女の子達に彼を案内してもらっている。
後ほど護衛目線で領地防衛の意見を聞くつもりだ。
卒業式の後、シルフィーユ様とは手紙のやり取りをしている。リブウェル公爵子息との結婚式の準備のため忙しそうだ。
20歳になるか、王立学園を卒業すれば成人となり、貴族では大人扱い。婚約者のどちらかが成人していれば成婚もできる。
年上のリブウェル公爵子息は、シルフィーユ様が成人するのを待っていた。
リブウェル公爵子息がシルフィーユ様のことを大切にしている表れだろう。
社交界ではこの話題に花が咲き、お2人をモデルにした恋愛小説が市井の女性の間で流行っているようだ。
私も侍女から後で本を貸してもらう予定だ。
恋愛小説は読んだことがないが、シルフィーユ様が絡むと挑戦したくなる。
憧れの人の力は偉大だと思う。
第二王子ライオール殿下も本格的に公務に就かれ、ユリウス様も本格的な王宮勤めになった。もう学生ではないから、今まで以上に忙しくなるだろう。
ユリウス様とは、あれから会っていない。
会う約束もしていない。
「だから考えてほしい。俺と一緒にクローディア公爵家に来る未来を」
そう言われて考えているが、どうにも頭がふわふわして考えが纏まらない。こんなことは初めてだ。
正直仕事に支障が出かねないので、仕事を済ませてから少しずつ考えている。
我ながら臆病が過ぎる。
私はユリウス様をどう思っているだろう?
彼を理解しようとしてわかったことは、私はユリウス様の側が好きだということ。
私は誰とでも適切な距離を保ってきた。
相手が今の家族でも。
けれどユリウス様に対しては、その距離が保てない。婚約者のフリのせいだと思っていたが、何度か自分から近付きたいと思ってしまった。
どう思っているかなんて、明らかだ。
ただし近付けたとして、ずっと一緒には居られない。
ユリウス様は筆頭公爵家を継がれるのだから、身分が相応しい方とご成婚なさるだろう。
私の身の上では釣り合わない。
家柄が低いから釣り合わないと言う事実はある。
だがそれ以上に私自身が釣り合わないのだ。
ユリウス様やシルフィーユ様を見ていればわかる。高位貴族にはそれに相応しい教育が求められる。
その立場にある者が背負う責任と与えられる権利を、正しく果たせるように。
私が高位貴族になるに相応しい身分と、教養などが足りないことは明らかだ。
それはユリウス様も十分にご存じのはず。
それでも私を望んで下さった気持ちは、とても嬉しい。
けれども一番問題なのは、私自身のことだ。
公爵家に入り、彼と一緒にいるということは貴族社会の中心に身を置くこと。
「ゆくゆくは平民になりたい」と考えていた私には無縁の世界、そこに入れるのか?
さらに貴族である後ろめたさを感じている自分とは、まさに対極にある場所だ。
ユリウス様と共にある未来を描くには、今の自分のままではいられないだろう。
ならばどうするか?
「お嬢様、王都からお手紙です」
使用人から話しかけられて、一旦思考を止める。
「ありがとう」
養父母、友人、各所からの報告の他に、見慣れない手紙が2通入っていた。
一つは王宮から、もう一つは王立研究所からだった。開封して中を検める。
私にとっては意外な知らせだった。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
また、ここまでお付き合い下さりとても嬉しいです。
明日明後日で完結する予定です。最後まで見届けて下さると幸いです。




