54 告白
前公爵様の部屋を出た後、しばらくしてクローディア公爵家を発った。
ユリウス様に連れられて馬車で領地内を移動する。
クローディア領は広大だ。
人口も多く、この国有数の商業区がある。
さらに自然豊かな山間部があり、一部は海にも面しているらしい。
王都から馬車で1日圏内という好立地に加えて大きな街道が通っており、人の行き来も活発だ。だから大きな街が幾つもあり、市場は活気に満ちている。
今から馬車で行ける範囲は限られているため、私は王都側に近い街の市場に行くことを希望した。
ユリウス様はすまなさそうな顔をした。
「本当は色々見せたいのだが、明日王宮に行くため今日中に王都に戻らなければならない」と言う。
そもそも王都とクローディア領との往復に転移魔法を使うことで、領地での時間を最大限に取れるように配慮して頂いているのだから、私にはその心遣いだけで十分だった。
街について馬車を下りる。
綺麗に整備された街並みだ。
行き交う人の顔を見ると、皆楽しそうにしている。治政が安定している現れだろう。
街の中心にある市場に移動する。
この市場には、昔、何回か来たことがある。
クローディア公爵家の事を調べていた時だ。
既にあの時の知り合いはいないだろうが、雰囲気は当時のままで懐かしかった。
市場には珍しいものが沢山あった。
人と文化の交流地は、自分の知らない知見で溢れている。
キョロキョロしていると、ユリウス様に手を引かれた。私は周りが見えていなかったようだ。
淑女の仮面を何処かへ落としていたらしい。
いけない、いけない。
最近彼と一緒にいることに慣れて、自分はずいぶん緩んでしまったようだ。
彼と居ることでいつの間にか安心してしまっている。
でも、いけない。自分を諌める。
この居心地の良い関係はいずれ終わるのだから。
「すみません、迷子になるところでした」
「レイが夢中になるのがめずらしいからいい」
「……」
ユリウス様はいつものように表情が変わらないが、なんだか視線が甘い気がする。
私は一瞬言葉が出なくなるが、いつも通りを心がけて会話を探す。
「そう言えば、護衛の方はいないのですか?」
「たぶん離れてついてきている」
そう言って周りを見渡すユリウス様は、街の者とは明らかに雰囲気が異なっている。
周囲からもチラチラと視線が寄越されるので、人が多いところを避けた方が良さそうだ。
私はユリウス様に公園に連れて行ってもらうことにした。
人もまばらで開けているし、ここなら護衛もしやすいだろう。
ユリウス様と並んでベンチに座る。
風が気持ちよく感じた。
「すまない、気を遣わせた」
「何のことでしょうか?」
「人の多いところに行くと、俺は目立つらしい。レイは市場をもっと見たかっただろうに」
「いえ、十分楽しみました。案内して下さり、ありがとうございました」
「……」
「ユリウス様?」
「俺は自分の容姿が好きではない。こういう時に嫌になる」
思いがけない彼の言葉に驚いた。
ずっと抱えてきた彼の本音だろう。
あまり感情を表さない方なのに、めずらしい。
たぶん落ち込んでいるのだと思った。
「ユリウス様、私はユリウス様の容姿が好きです。綺麗だと思います」
「……」
「容姿はユリウス様の一部にすぎません。ユリウス様の周りには、ユリウス様の本質を見て下さる方が沢山いらっしゃいます。ライオール殿下やシルフィーユ様や他にもたくさん」
「レイも?」
「はい、私はユリウス様の優しいところを尊敬しています」
「……そうか」
彼はふっと笑った。まるで答えを予想していたかの様な、穏やかな笑みだった。
きっと同じようなことを、他の人から聞いたことがあるのだろう。彼を支える人は多いのだから。
私は、少しは彼の気持ちに寄り添えただろうか。
彼と一緒にいると新しい発見がある。
それは自分一人ではもたらされないものばかり。
私の中にも新しい発見があった。
「ユリウス様、私は自分が女性であることが嫌いでした」
いつもなら自分のことは話さないようにしているのだが、今はこの話をしたくなったのだ。
「え?どうして?」
「小さな頃は男の子に生まれたかったとずっと思っていました。そうしたら家督を継げますから」
両親が亡くなった時、私が男児だったらスムーズに子爵家を継いで家人を守ることができた。
もっと早くに攫われた子供達を見つけて、家族の元に返せたかもしれない。
「でも私がいくら思っても、現実は変わりません。現実が変わらなければ、私が認識を変えようと思いました。私は女性であることを、自分のために利用しようと思ったのです」
「それで政略結婚を承諾したのか?」
「……」
私は微笑む。
言葉がなくても、答えだとわかるだろう。
ユリウス様は少し驚いた様な顔をしていたが、軽く息を吐いて真顔に戻った。
そしてポツリと呟く。
「……俺はレイが男性だと困る」
「どうしてですか?良き友人になれたかもしれませんよ?」
自分でそうは言っても、きっと彼とは身分違いで関わることはなかっただろう。
「俺は友人よりも近しいものになりたい」
彼が身体ごと、私に向き直る。
彼の目に私が映る。
アイスブルーの瞳に囚われて、私は自分の判断が遅れるのを感じた。
「俺はレイが好きだ。ずっと一緒にいてほしい」
風の音が聞こえなくなる。
世界に、彼と私しかいないかのように。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
また、ここまでお付き合い下さりとても嬉しいです。
今日明日で完結する予定です。最後まで見届けて下さると幸いです。




