52 闇の中の邂逅(ユリウス視点)
祖父の部屋で魔術細工の箱を開けた後、気付くと俺は何かの動物になっていたようだ。
言葉を発することができなく、また目線が低い。手足の感覚が違う。
辺りは真っ暗で、闇に溶けた自分の姿は見えない。
すると誰かが近付いてきた。
匂いからレイだと分かる。
彼女は座って、俺の背を優しく撫でていてくれた。
これは夢なのだろうか?
だとしても、彼女の側にいるのは居心地が良い。暗闇でも、静寂でも、こんなにも心穏やかにいられるなんて。
すると何かが近付いてくる気配がして、俺は警戒を露わにする。
現れたのは俺の姿?
どうして?
しかしそれは俺ではない。
彼女は気付いてくれるのか?
そうこうするうちに、身体がなくなり、意識だけになった。
俺の姿をした何かと、レイのやり取りを見せられている?
これが祖父の魔法?
過去に2人がどのような話をしたのか気になるが、今の様子から、祖父がレイのことを『才能の原石』と称した理由がなんとなく分かる様な気がした。
「ふふふ……ユリウスのことが気掛かりでね。最後のお節介だ」
ああ、お祖父様は最期まで俺の身を案じてくれたのだな。
「しかしこれは本来ユリウス様のためでしょう?」
「だとしたらどうする?」
「閣下の想いが、ユリウス様に伝わると良いと思います」
レイの気持ちが嬉しかった。
本人はこんなことに巻き込まれるなんて、思ってもみなかっただろう。
それなのに、こんな時まで他人のことを気遣うなんて。
「ユリウス様はなくてはならない方です。大切に思うのは当然かと」
「それは自分にとって?国にとって?」
「全てにとって」
はっきりと言い切るレイに少し驚く。
彼女にとって俺は『なくてはならない存在』になれたのだろうか?
「そう言う割には、あれと距離を置いている。側に置かないのか?」
そうだ、レイは特定の誰かを側に置かない。学園の中で付き合いがある者でも、誰も彼女のプライベートは知らなかった。
彼女はいつも一人で動く。
「私には妻との思い出があったからな。君は誰かを側に置く前に、その者を喪失した後のことばかりを考えている。ユリウスを選んでから、いつか来る別れを恐れても遅くないだろう?」
レイは両親を亡くしているから、喪失の痛みを余計に恐れているのだろう。
「剛胆かと思いきや、意外と臆病なのだな」
「自分でも承知してます」
それでも、望んでくれるなら。
共にいたいと思ってくれるのなら。
「ユリウスの何処が気に入っている?」
「……優しいところです」
「容姿に目を向ける者が多い中、変わっている娘だ」
「ユリウス様は確かに美しいですが、それは彼の一部であって本質ではありません」
素直に嬉しいと思った。
何かが認められた様な気がした。
自分の容姿を目当てに集まってくる人とは違う、公爵家目当てに集まってくる人とも違う。
俺自身を見てくれて、自分の意思で側にいてくれることが純粋に嬉しかった。
今まで抱えていた何かが慰められたような気がして、
俺の中の何かが認められた気がして、
心が満たされてゆく。
俺は彼女のことが好きだ。
誰かを好きになって良かったと、初めて思った。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
また、ここまでお付き合い下さり、とても嬉しいです。
拙い文章ですが、登場人物の行く末を見守って頂けると幸いです。




