44 特別
結果から言うと、私が試した『元気出す方法』は失敗に終わったようだ。
ユリウス様はフリーズし、時間が経っても焦点が定まらない状態だった。
仕方なく私が彼の手を引いて教室を出て歩いていると、シルフィーユ様とクローディア公爵家の従者と合流できた。
そのままユリウス様を公爵家の馬車に乗せる。
後のことを御者に頼んで去ろうとした時、ユリウス様が私の手を掴んだ。
「……ユリウス様」
「……一緒に乗って」
ユリウス様はどうやら正気に戻ったらしい。
彼が御者にセレス家に行く旨を伝えて、馬車が動き出した。
ユリウス様は私の手を離してくれず、広い馬車の片側に並んで座った。前にも同じことがあったな、と思う。
「…『アレステ』って?」
ユリウス様がぽつりと言う。
私はトロイ様の事を思い出した。
「ブロウ家での、私の呼び名です」
ユリウス様はしばらく黙っていた。
「……トロイ・ブロウのことを好きだったのか?」
ユリウス様がぽつりと言う。
なぜ今その話なのか、私は少しユリウス様の意図を逡巡し、ゆっくりと答えた。
「好きでも嫌いでもなかったと思います。もともとブロウ伯爵からの強い希望で婚約したのです。そこに私の意思はありませんでした」
政略結婚なんて、そんなものだと思っていた。
「ブロウ伯爵はレイを気に入っていたのか?」
「私ではなく、当家の家宝アレキサンドライトを手に入れたかったようです。アレキサンドライトは今や貴重な宝石でほとんど流通しません。ブロウ伯爵夫妻は宝飾品に目がない方々でしたから、貴重な宝石をどうしても手に入れたかったのだと思います」
「時の王家からセレス家に贈られた家宝だろう?レイと婚約しても、セレス家の家宝は手に入らないと思うが?」
「ブロウ伯爵も最初はアレキサンドライトを譲って欲しいと言ってきました。子爵家とはいえ王家から賜った家宝を渡せるわけもなく、養父母は断りました。そうしたら『娘のアレキサンドライトを寄越せ』と言われたそうです」
「名前で、婚約させられたのか⁈」
「おそらくブロウ伯爵は調べたのです。当家のアレキサンドライトは、直系のみ取り扱える特殊な護りを施してあると。そもそも伯爵の強引な申し出を養父母が断わることができたのは、その特殊な護りのせいで取り扱いができなかったからです」
「直系は娘のみだから、レイを手に入れて宝石を手中に収めようとしたのか」
「はい。婚家に入れば、家長の伯爵には逆らえにくくなりますから。ブロウ伯爵は強引な方だったので、トロイ様は言われるままに婚約者を迎えたのだと思います。トロイ様自身は、宝石のことは知りませんでしたから」
「それでも婚約者としての交流はあったのだろう?その、あいつとも、その……」
「?」
「さっきみたいな……」
ユリウス様が私から目を逸らした。
耳の辺りが赤い。
「さっきみたいなことはしてません。ユリウス様が初めてです」
「!」
ユリウス様が顔ごと逸らしている。
初めて見るリアクションだ。
「手を繋ぐぐらいはありましたよ」
「!」
ユリウス様がぱっとこちらに向き直る。繋いだ手を引いて、私の身体をぐいっと引き寄せた。肩を抱かれて、先程よりも距離が近い。
「トロイ様は親に言われた婚約に不満でしたから、私とは最低限の交流でした。
それを補うようにブロウ伯爵夫人が私の相手をしていました。夫人はよく『家宝をブロウ家に持ってきて見せてほしい』と仰っていたので、私は家宝を王都から移してしまいました。そうしたら、伯爵夫妻は私を懐柔するのを諦めた様です」
「……」
「私がブロウ伯爵家に入れば、小間使いのマリアについて雇用を見直せると考えていました。私としても伯爵夫妻に気に入られる方が良かったのですが、結局形だけの婚約関係でした」
「無理もないことだ」
「私が王立学園に入ったのは、ドロール家の末の令嬢が入学すると聞いたからです。ドロール家の内情を知りたかったから仲良くなったのですが、アメリア様は何も知りませんでした」
「……」
「同じ学園に婚約者がいると、必然的に交流も増えます。私とトロイ様が交流する場にアメリア様が同席する事が多くなりました。トロイ様は常々金髪が好みと仰ってたので、アメリア様は理想の令嬢だったと思います。
他方、アメリア様は親から高位貴族の婚約者を探す様に言われて学園に来ましたので、ブロウ伯爵家なら条件に合うと思った様です。トロイ様といるアメリア様も、満更ではない様子でした」
「……」
「お2人は親密になり、私とは疎遠になりました。私としてはマリアさえどうにか取り戻せれば良かった。だからトロイ様とアメリア様の仲が深まることは良かったと思っています」
「婚約者の不貞を理由に婚約解消することは考えなかったのか?」
「考えないわけではなかったのですが、現実的に格下の当家からは婚約解消できません」
「……」
公爵家のユリウス様にはわからないかもしれない。力のない子爵家や男爵家には、貴族社会では選択肢が少ない。
「結局ブロウ家から解消して頂く他ありません。だからブロウ伯爵の意に反したことのないトロイ様が、彼の一存で婚約破棄した時は正直感心しました。
私はその言葉をずっと待っていたのですから」
「……」
「ユリウス様、ご心配をおかけして申し訳ありません。そして二度も助けて頂き、ありがとうございました」
私はユリウス様の目を見て微笑んだ。
アイスブルーの瞳が細められ、ユリウス様に抱き締められる。
「……今度から護衛を連れてほしい」
「トロイ様とはもうお会いすることはありませんので、大丈夫かと思います」
「伯爵令嬢が一人で出歩くのは危ない」
「魔法で対抗します」
「『自分のためには使わない』のだろう?」
「買いかぶりです。それに……ユリウス様は私の居場所が分かるのでしょう?」
「……」
「以前、領地に転移魔法で来た時も、今回も。
いつ術をかけたのです?」
「…嫌だったか?」
「嫌ではないです。助かりました」
私もユリウス様を抱き締め返した。
そう、「嫌ではない」のだ。
ユリウス様と一緒にいることは嫌ではない。
両親の死から他人と適度な距離を保ってきた私が、自ら近付くなんて。
普段は見せないユリウス様の元気がない姿も、
ユリウス様に段々と近付く距離感も、
ユリウス様に近付くために触れてしまう自分の有り様も、嫌ではないと感じている。
今まで私の中では友人や知人、孤児院の子供達は同等だった。それが今はユリウス様だけは同等ではない。
私自身がようやく気付いた『特別』だった。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




