43 ユリウス様のこと
学園の空き教室で、私は悩んでいた。
トロイ様が連れて行かれた後、私はユリウス様に連れられて此処にきた。
誰もいない教室に入った途端に扉を閉められ、ユリウス様に後ろから抱き締められている。
ユリウス様はずっと黙っている。
私はユリウス様に「もう大丈夫だから」とか「パーティーに戻った方が良い」とか「こんなところを誰かに見られたら誤解されます」とか色々言ったのだけれど、ユリウス様は何も答えずにただ抱き締める腕を強めた。
そして私も黙り、しばらくこの状態が続いている。
どうしたら良いだろうか?
悩んでも答えの出ない事柄はあるけれど、なんとかしたいと心から思ったのは、いつぶりだろう?
前にも、この状況と同じ様なことがあった。
あれは、王宮の夜会で王弟殿下夫妻と話した後だった。
あの時は何も考えなかった。
でも二度も同じ事があれば、考えないわけにはいかない。
ユリウス様の気持ちを。
私の気持ちも。
「……ユリウス様、ご心配をおかけしてすみませんでした。助けて頂きありがとうございました」
ユリウス様は黙っている。
私はまだ、彼の気持ちには寄り添えていない。
孤児院で子供達を相手にする時には相手の気持ちに寄り添えることができるのに……それが今はとても難しい。
そもそも在学中は全く交流のなかったユリウス様と、今はこうして誰よりも近くに居ることが不思議だ。
今までのことはクローディア公爵家として配慮してくれているからだと思っていた。
しかしながら、今日の衣装やドレスのことは、配慮の範囲を越えている。
私はそこにある意図をあえて深く考えないようにしていた。
けれどその意図を考えないと、今のユリウス様の気持ちには本当の意味で寄り添えないのだろう。
考えることを避けようとする理由はわかっている。
自分でも分かってはいるが、なかなか踏み出せない。
思えば、今の状況は当初の予定と大きく乖離してる。婚約破棄後に領地に戻ってきた『傷モノの令嬢』は、マリアのことを見守りながらひっそり自立できる道を探して、出来れば平民になって、市井で細々と暮らせれば良かった。
それが今は家門が格上げし、王宮に呼ばれ、王族の方に意見を言う機会も頂き、学園の卒業式にも出席して教授達に挨拶もできた。
社交界に居場所のないはずが、クローディア公爵家をはじめ、シルフィーユ様やライオール殿下、リブウェル公爵子息も気にかけて下さる。
そして私はユリウス様の隣にいる。
恵まれて、十分すぎる。
でも一介の子爵令嬢だった自分と、将来有望なユリウス様が一緒にいる未来なんて予想できただろうか?否、想像もできない。
可能性が低すぎて、そもそも除外して考えていた。
結局のところ、自分の予想は自分の理解の範疇でしかシミュレーションできない。
すなわち今の状況を予想できなかったのは、自分の理解の及ばない要因があるから、想像できなかったのだ。
その要因はまぎれもなく、ユリウス・クローディア公爵子息の存在。
ならば私はユリウス様のことを理解したい。
理解すれば、また新しい未来を描くことができるかもしれない。
そしてユリウス様の気持ちに寄り添えるかもしれない。
ユリウス様は……
表情はあまり変わらないけど、実は感情豊かな人だと思う。
どんな時でも他人に気遣いのできる優しいところを尊敬している。
頭が良くてすぐに覚えるところと、機転が効くところと、会話の主導権を握らせない手腕は、正直悔しい。
今確かに分かることは、
私はユリウス様にまた笑ってほしいと思っている。
「……ユリウス様、元気が出る方法を試しても良いですか?」
私は優しく声をかける。
否、感情が乗った分、優しく言えたのだろう。
「……孤児院の子供達にするやつ?」
「……ちょっと違うやつです」
ユリウス様の腕が緩む。
私はくるりと振り返り、ユリウス様の方を向く。
彼を見上げて手を伸ばす。
片手を彼の胸、もう片手を彼の頬に添え、思い切って背伸びをする。
唇に柔らかいものが触れる。
私は背伸びをやめて、ユリウス様から手も離した。
ユリウス様が目を見開いたまま固まっている。
私の狙いはどうも逸れた様だ。
初めてのことは大抵上手くいかない。
でも後悔はしていない。
たぶん、これが私の答えに近い。
私はユリウス様の目を見て言う。
「元気出ましたか?」
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




