37 帰宅
結局、馬車がセレス家に着くまでそのままだった。
「……元気でた」
離れる時、ユリウス様がボソッと言った。
照れているのか顔が赤い。
私と目を合わせないのが可愛らしいと思った。
年上の男性、しかも氷の公爵様に可愛いとか、ファンには不敬かもしれない。
「ところで、さっきの方法、孤児院の子供達にしてるの?」
「はい」
「男児にも?」
「はい」
「……」
「元気がない子には良く効くでしょう?」
「……」
ユリウス様は何だか複雑な顔をしていたが、何も言わなかった。
馬車を下りてユリウス様と一緒にセレス家に入る。家族はまだ帰ってきていないそうだ。
私達はそのまま応接室に入る。
お茶を出してもらい使用人は下がらせた。
私は王弟殿下夫妻との話をユリウス様に報告する。
ユリウス様はじっと黙って聞いていた。
アイスブルーの瞳は真っ直ぐこちらを見ていた。
私が話し終わった後、ユリウス様が口を開いた。
「……王弟殿下は伝統を重んじるお方で、若い時から孤児院の支援をずっとされているんだ。妃殿下の思いを汲んでのことだと思う」
「……存じ上げませんでした。私は出過ぎた真似をしてしまいました」
「そんなことはない。少なくとも王弟殿下と妃殿下の心証は悪くなかったと思う」
そうだろうか?そうならいいな。
「そういえば、王弟殿下はユリウス様に何を伝えられたのですか?」
「……『セレス伯爵令嬢を大事にするように』と」
「!」
まずい、王弟殿下に完全に誤解されてしまった!
婚約者のフリをやめたら私達が別れたと思われて、王弟殿下のユリウス様に対する心証が悪くなってしまう!
どうしよう⁈
なんとか殿下の誤解を解かなくては‼︎
私が青ざめたのを見て、ユリウス様がふっと笑う。
「婚約者のフリを続ければ問題ない」
「えっ⁈」
私は驚いて紅茶のカップを落としそうになった。
「嫌?」
ユリウス様が少し悲しそうに聞く。
その様子に、不敬ながら「捨てられた子犬」を思い浮かべてしまった。
私は耐えきれずユリウス様から目を逸らした。
「嫌ではないですが……ユリウス様が今日みたいに無理するからダメです。別の方法を考えましょう」
ユリウス様の視線が刺さる。
目を逸らしていても分かるほどに。
「『無理しない様に話し合えばいい』と、レイが言ってくれた」
「ぐ、、」
「それに元気が出る方法もある」
「あれはっ」
思わずユリウス様の方を向くと、彼は笑った。
「効果は折り紙付きだ」
「ぬ、、」
こう言うやり取りになるとユリウス様に勝てない。私は頭を抱えて打開策を考える。
淑女の仮面を被ることも忘れてしまう。
「くくっ」
私の様子を見てユリウス様がくつくつと笑う。
「何が面白いのですか?今の状況で一番困るのはユリウス様ですよ⁈」
「だって、今のレイは王宮にいた時と全然違うから」
「ユリウス様と話していると、淑女の仮面が何処かへいっちゃうんですよ!」
「ははっ」
ユリウス様が声をたてて笑った。
問題は全く解決できてないが、私はユリウス様が元気になって良かったと思う。
王弟殿下夫妻と対面して実感したが、私は彼がずっと隣に居てくれたのでなんとか祝賀会を乗り切れたのだ。
まだ成人前なのに、どんな貴族とも渡り合える知識と胆力。常に周囲に気を配り、どんな話題にも卒なく応じ機転が効く。
それが側にいて常に守ってくれるのだから、こんなに心強いことはない。
今までこのように守られたことがなかったから、居心地の良さに安心しきってしまった。
だが勘違いしてはいけない。
今は婚約者のフリをしているだけで、ここは彼の本来の婚約者の場所。
彼に相応しい方がいるべきなのだ。
私は初めて「ユリウス様の隣にいられる人が羨ましいな」と思った。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




