35 王弟殿下夫妻
「レイ、挨拶も一通り終わったしテラスに行かないか?」
「はい」
淑女の仮面の下で、私はやっと一息つけると思った。
2人でテラスに移動しようとすると、ユリウス様が誰かに呼び止められた。急ぎ確認したいことがあるらしい。
「ユリウス様、私は先に行っていますから」
ユリウス様は心配そうだったが「すぐに行くから」と言ってその場に残った。
私は1人でテラスのある部屋に入る。
誰もいなくて、少しホッとした。
テラスに出て、外を眺める。
王都の街の明かりが綺麗だ。
眼下を見ると王宮の庭がライトアップされていて、こちらもまた綺麗だ。
「セレス伯爵令嬢」
急に人の気配がして後ろを振り向く。
部屋の暗がりから、品格のある夫妻が歩いてきた。部屋のドアが、侍従によって静かに閉められる。
部屋には三人だけになった。
私はカーテシーで最上の礼を取る。
「王弟殿下、王弟妃殿下、お目にかかれて光栄です」
叙勲授与式でお姿を拝見した王弟殿下夫妻がそこにいた。私は殿上人から突然声をかけられ、内心落ち着かない。
先程までは隣にユリウス様が居たが、今は私1人。ユリウス様が側に居るだけでとても心強かったことを、私は身をもって知った。
「楽にしてほしい。少し宜しいか?」
王弟殿下が仰る。
「はい」
私は緊張して答えた。
私は姿勢を直し、王弟殿下夫妻を伺う。
王弟殿下が妃殿下を支えるように、ゆっくりとエスコートする。
「御前を失礼致します」
私は断りを入れて、部屋の隅にある椅子と膝掛けを持ってきた。ドレスではしたないと思うが、体が動いてしまったのだからもう遅い。
「宜しければ…」
「ありがとう。助かるわ」
妃殿下が柔らかく言い、ゆっくりと腰を落とした。多分、妃殿下は足を痛められている。
私はふわりと膝掛けを広げる。
王弟殿下は妃殿下の側に立ち、その様子をじっと見ていた。
「セレス伯爵令嬢、王都の孤児院にはよく行くのか?」
王弟殿下が尋ねられた。国王陛下の異母弟と聞いたことがあるが、良く似ていると思う。
「はい」
私は落ち着いて答えるように努める。
「孤児院ではどんなことを?」
「子供達と遊んでおります」
「学問や手作業を教えていると聞いたが」
「大層なものではありません。子供達と遊びの延長で一緒に取り組んでおります」
「そなたが出入りした孤児院は運営赤字が減り、孤児が里親に引き取られる件数が多くなったと聞く。なぜか?」
「私には見当もつきません。孤児院の運営努力の末のことで、私には関係のないことと存じます」
流れるような問答の後、しばし沈黙する。
「ふむ、本人は否定しているが…妃よ。どう思う?」
王弟殿下は妃殿下に声をかける。
王弟殿下の妃殿下への眼差しが優しい。
大事にされている様子が一目でわかる。
「私が見た限りでは、セレス伯爵令嬢は子供達と楽しく過ごしておりました」
妃殿下のお声は朗らかで、聞いていて癒される響きがある。静かに言葉が続けられた。
「子供達はセレス伯爵令嬢に良く懐いていました。驚いたのは、彼女が子供達それぞれに対して、遊びの中で別々の課題を出していたことでした。
院長の話によると、子供の特性に合ったものを提案することで、子供達が飛躍的に成長するそうです」
いつの間に見られていたのかと驚いた。
妃殿下は孤児院にいらしていたのか。
「ふむ。従来通りただ寄付をするだけでは、この成果にはならないな。セレス伯爵令嬢、今の孤児院に必要なものは何と考える?」
「恐れながら申し上げます。今の孤児院に必要なものは人材と考えます。孤児に対して大人の人数が少なく感じます。大人1人あたりの仕事量が多く、子供達それぞれに時間をかけることが難しいのです。子供は国の宝、才能を伸ばす機会さえあれば、いずれ国を支える人材となりましょう」
私は孤児院に出入りして感じていることを率直に奉じた。
貴族社会において、平民の福祉衛生分野は後回しにされがちだ。そのことについて、国の中枢にいる方に直接意見が言える機会など二度とないと思ったからだ。
「また寄付はもちろん必要ですが、寄付金を活かせる人材も必要かと考えます。寄付金を元手に孤児院が継続的に収入を得られる手段を獲得ができれば、慢性的な資金不足の解消に繋がるかと考えます」
「……」
王弟殿下夫妻は黙っている。
意見を求められたとはいえ、言い過ぎた感は否めない。反省しても、もう遅いけど。
「ははっ、これは驚いた。妃の見込んだ通りだ」
王弟殿下が楽しそうに笑う。
「殿下、セレス伯爵令嬢がびっくりしていますわ」
「悪気がないから許せ。年若い令嬢が物怖じせず私に意見を言うとは…ははっ」
その通りです、殿下。普通はあり得ないことです。しかし孤児院には色々思うところがあるので、結局言ってしまいました。
「セレス伯爵令嬢、急にごめんなさいね。実は私は王都の孤児院で、貴方の姿を何度か見かけたのです。院長以外は貴方の身分を知らず、まるで平民の様に親しんでいる姿に感心しました。
調べたら貴方は学生でありながら寄付もしているけれど、運営の助言もしていると聞いて興味を持ちました。貴方の行動は素晴らしいものです。身分を明らかにすれば賞賛を得られるでしょうに……」
「妃殿下、勿体無いお言葉です。恐れながら、私はただ自分にできることをしているだけです。孤児院の運営に献身を捧げている院長先生をはじめ職員にこそ賞賛が与えられるべきと存じます」
「……貴方の様な人がそう言ってくれて嬉しいわ。孤児院の院長は私の旧友でね、身分を捨てても今の在り方を選んだの。誰にも賞賛されないなら、国が賞賛すべきね」
そうだったのか。院長先生の所作から只者ではないと思っていたが、身分の高い方だったのだろう。
「妃よ、そろそろ身体に障る。
セレス伯爵令嬢、とても有意義な時間だった。礼を言う」
「殿下、勿体無いお言葉でございます」
「セレス伯爵令嬢、お話できて良かったわ」
「妃殿下、光栄にございます」
王弟殿下夫妻がゆっくりと退出する。
部屋の扉まで見送ると、扉の外に侍従とユリウス様がいた。
王弟殿下がユリウス様に短く声をかける。
ユリウス様は礼をして王弟殿下夫妻を見送った。
お2人と侍従の姿が見えなくなった後、ユリウス様は部屋の扉を閉めた。
「レイ、大丈夫か?王弟殿下とは何を?」
ユリウス様は落ち着きがなかった。
初めて見る姿だ。
どうやら心配させたらしい。
「少しお話をしておりました」
私は少しでも安心してほしくて、ゆっくりと微笑んだ。
「……どんな話?詳しく聞きたい」
「孤児院の運営についての話です。殿下とのお話はお伝えしますので、とりあえずこの部屋から出ませんか?その、誤解されますし……」
部屋の扉が閉まっている部屋で未婚の男女が二人きりでいると、在らぬ噂を立てられてしまう。
私が扉に向かって進もうとしたところ、ユリウス様の腕がそれを止めた。ユリウス様が私を後ろから抱き締めていた。
「……誤解されればいい」
ユリウス様がポツリと言う。
私は一瞬聞き間違いかと思った。
しばらくの間、その場から動けなかった。
ユリウス様の顔は見えない。
私は何も言わなかった。
何も考えなかった。
しばらくして、ユリウス様の腕が緩んだ。
「すまない、取り乱した」
「……ユリウス様」
「行こう」
ユリウス様が私の手を取って部屋を出た。
前を歩くユリウス様の顔は見えないままだった。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
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