30 祝賀会へ
程なくして私は王都に戻ってきた。
領地の仕事はほとんど片付け、後任に任せ、家令モランに後を託してきた。
マリアの結婚式も無事に終わり、領地でやりたかったことは一区切りついた。
王都に戻ればやることが沢山あった。
祝賀会の準備、挨拶回り、両親のサポート等など。
あっという間に王家主催の叙勲祝賀会の日になる。
「お嬢様、素敵です!」
「良くお似合いです」
王宮に行く私を、侍女達が口々に褒めてくれるのは嬉しい。が、今までとは何か違う。
何かとは…熱量かな?
私は自分の装いについて、機能的であることを優先している。
だから機能的ではない「ドレス」にあまり興味がなく、いつも侍女達に任せていた。自分でも申し訳ないと思うけれど、何が自分に合うのかわからないから助かっていた。
今日の装いについて、私の衣装から髪の装飾に至るまで見慣れない物ばかりだ。王宮に行くために新調した物だろう。
侍女達も新しい装飾にテンションが上がり、理想の仕上がりを目指して力が入っていたらしい。
まるでいつもの私とは別人で、鏡に映る姿は自分ではないのではないかと疑ってしまう程だ。
白銀糸の上品な光沢のある布地に青糸の装飾が美しいドレス。髪を上げて、身に付けるものは青で統一されていた。
このコーディネートはユリウス様の纏う色に近い。
婚約者でもないのにこれはまずいだろうと思った。
しかし「ドレスはユリウス様から贈られたものなのよ」と母が言ったので、笑顔で逡巡した後に観念した。
ユリウス様はどういうつもりなのか?
周囲の誤解を招くことは確定で、学園にいるユリウス様ファンも黙っていないと思われる。
そもそも、どうしてこんなことになったんだっけ?
珍しく母から「娘を着飾らせたい夢を叶えさせてほしい」とにお願いされ、一任したのがそもそもいけなかった。
母は侍女と共に嬉々として準備に勤しみ、ユリウス様から贈られたドレスを見て、完全に誤解してしまったのだろう。
私が着用する衣装一式を確認しようとしても、母は「当日のお楽しみに」と楽しそうにするだけ。
流されて、事前に衣装をチェックしなかった自分の迂闊さを恨んだ。
しかし時は遅い。何もできないまま、ユリウス様が迎えに来た。
「……良く似合っている」
開口一番にユリウス様が呟く。
「ユリウス様、素敵なドレスを贈って下さりありがとうございます」
私はカーテシーで応えた。
「レイを驚かそうとして、セレス子爵夫人に協力してもらった」
当日まで衣装が秘されていた件について、やはりユリウス様も一枚噛んでいたか……。
王都に戻って一番驚いたのはクローディア公爵家とセレス家が実際に交流していることだった。
領地にいる時にユリウス様から聞いていたが、ユリウス様の妹君エリザベス様は、本当にクリスを気に入っているようだ。
妹君の付き添いでユリウス様も度々当家を訪れており、母とも良好な関係を築いている。
ユリウス様はぼうっと私の方を見ていた。
「ユリウス様、お疲れですか?」
「いや、大丈夫だ」
ユリウス様は無表情ながら嬉しそうだ。
なんだか頬が少し赤いご様子。
「お顔がわずかに赤いので、少しお休みになりますか?」
「いや、そろそろ出発しよう」
クリスとエリザベス様、両親と兄も王宮に向けて出発済みだ。
クローディア公爵家の馬車に乗り、私達も王宮へ向かう。私はユリウス様と最後の方に入場するらしい。
私の本来の身分なら早めに入場しなければならないが、私の婚約破棄の噂を考慮して後の方に入場できるよう取り計らってくれたようだ。
ユリウス様は本当に気が効く。
馬車で向かいの席に座ったユリウス様は、いつもより無表情だった。光沢のある黒地に緑の刺繍の入った上着に白銀糸の上品な布地のマントを身に付けている。
んっ⁈
よくよく見ると、ユリウス様の衣装とこのドレスは揃いの様に見えてしまう。
ますますまずい。
あまり考えたくはないが……この衣装には何か狙いがあったのだろう。
「ユリウス様、今日私をエスコート頂くのは『クローディア家がセレス家と懇意にしてる』とアピールするためですか?
王家の意向ですか?」
「そうだ。セレス家が伯爵家に取り立てられることで他家の反感を買わない様、筆頭公爵家がバックに付いていると知らしめる必要がある」
「それ以外にも何か狙いがありますよね?
例えば、この衣装では周囲に要らぬ誤解を与えかねないと存じますが…」
「ふふ……話が早い。実は貴方に頼みがある。
今日は俺の婚約者の様に振る舞ってほしい」
「!」
私が訝しむとユリウス様は無表情に戻った。
「貴方も知っている通り、来月末には学園の卒業式がある。その事で俺の周囲が大変騒がしく、正直困っている。貴方が俺の婚約者の様に振る舞えば、周りも大人しくなるだろう」
「……無理難題を仰る」
「第二王子殿下の側近として、務めが疎かになるのは俺の本意ではない。そのためにこのタイミングで動くのが一番効果的だと思った」
ユリウス様は本当に困っているように見えた。
うーん、側近の務めに支障が出るほど困っていたのか。
確か学園の卒業式は同伴者と会場入りできるんだっけ。家族ではなく婚約者にエスコートされるのは女生徒の憧れだとかなんとか。
退学した私には関係ない話だが、年頃の令嬢を持つ貴族にとって、叙勲祝賀会は絶好の機会なのだろう。
ただでさえ王家主催の祝賀会に参加するため気が重いのに、さらにハードルが上がってしまった。
冷や汗が出そう。
「揃いの指輪もあった方が良かったか?」
「いえ、この装いで充分かと思います!」
ユリウス様が神妙な顔で呟くので、すかさず訂正させて頂く。
私自身は、セレス家がクローディア公爵家のような大貴族と懇意にするのはどうかと思っていた。国政に近付けば近付く程、高位貴族の争いに巻き込まれるからだ。
優しい養父母には辛い思いをしてほしくない。
ただし伯爵家となるセレス家が他家の思惑に巻き込まれるのはある程度覚悟していたので、今日のこのパフォーマンスである程度牽制できることは喜ばしい。
雑念は捨てて、私は私の役割を演じようと思う。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




