29 王都にて(ユリウス視点)
「セレス子爵令嬢が王都に戻ってきた」と聞いたのは、妹エリザベスと夕食を共にしている時だった。
クローディア公爵家の夕食に家族が揃うことは少ないため、俺はなるべくエリザベスと一緒に食事をする様にしている。
セレス子爵家と懇意にするためエリザベスを連れて行ったら、エリザベスはセレス家次男のクリスをとても気に入ったらしい。
セレス家の長男は騎士団に、長女は領地に行っている。俺がセレス子爵夫妻と話している間は、末子のクリスがエリザベスの相手を務めていた。
それが公爵家に帰る頃にはエリザベスがクリスに一方的にくっついていた。
以降、エリザベスは頻繁にクリスに会いに行く様になっていた。
エリザベスのは公爵令嬢の振る舞いではないのだが、ある意味仕方がない。
家令曰くクローディア家の者は愛情深いのか、特定の人に執着する傾向らしい。
だから代々の当主に愛人はおらず、かく言う父も母だけを大事にして子供は放任だ。
エリザベスによると、クリスの姉は有能らしく王都に戻ってきてからも多忙で不在がち。
そのためエリザベスはまだ直接会えていないらしい。
「将来のお姉様になる人だから早くお会いしたいのに〜!」とエリザベスは口を尖らせる。
妹よ、気が早いのではないか?
そんなことを口に出せば、倍にして返されるため言わない。
妹は可愛いが、女性の感情的に話される長話にはついていけないからだ。
しかし、レイから俺に連絡がこないのはなぜだ?
今度の叙勲祝賀会でエスコートする約束なのに、まさか冗談だと思われている?
いや、あり得る。
レイは自分のことに無頓着だ。さらに子爵家である身分が釣り合わないと考えている。
これは手を打たないと。
翌る日の午後、俺はエリザベスと共にセレス家へ馬車で向かう。クリスは幼稚舎があるので、午後訪問の約束をしているそうだ。
セレス家にはクリスと子爵夫人しかおらず、レイは外出していた。夫人によると、午前中から人と会う予定があるらしく1人で出掛けたという。
「お兄様、私クリスのお姉様とお会いしたいから迎えに行って来て下さらない?」
確かにここで待つよりも良いか。
祝賀会のことを念押しするために、俺はレイを迎えに行くことにする。
セレス子爵夫人は恐縮したが「妹の頼みですから」と笑顔で対応した。
家令にレイの行き先を聞くと、メモを渡してくれた。
「11:00△△商会、13:00▫︎▫︎工房、15:00孤児院」
なんだこのスケジュールは?商会と工房?
家令に聞くと、レイの取引先だという。
家の事業を手伝いながら自分の会社を興しているとは、まだ16歳だろう?ますます興味が湧いてきた。
馬車に行き先を告げる。
この時間だと孤児院に行けばレイと会えるだろう。
以前、王都でレイと会った時も孤児院の側だったな。
孤児院に着き、院長に事情を説明すると、レイは既に孤児院に来ているとのことだった。
院長の案内でレイのところにいくと、彼女が泣いている子供の話を聞いてあげているところだった。
院長の話によると、その子供は親を亡くして孤児院に来たばかりだそうだ。孤児院に来たばかりの子は、現実が受け入れられないために孤立しがちになる。そんな子ともレイはすぐに仲良くなってしまう、とのことだった。
子供に優しく寄り添う彼女を見て、俺は何だか落ち着つかない気持ちになる。
なので、院長と共に静かにその場を離れた。
院長室に戻り、ここでのレイのことを聞く。
レイは以前一度ここを訪れて、そして3年前から今の様に孤児院を手伝ってくれているとのことだった。
「彼女が最初に来た時は人を探していたのだけど、その後見つかったみたいで良かったわ。それで学生になったから、今度は自分が奉仕したいって言ってくれて……」
院長が懐かしそうに話すのを、俺は黙って聞いていた。レイが人を探していたのは、領地で攫われた子供達のことだろう。
うち2人を取り戻し、最後の1人の所在もわかったから、当時世話になった孤児院で奉仕しているのだろうか?
「あの子は普段1人で来るから心配していたのだけど、貴方みたいな素敵な方が迎えに来てくれるなら安心ね」
どう答えようか考えていたところ、院長室の窓からレイの姿が見えた。中庭で子供達と遊んでいるようだ。先程泣いていた子もいる。
子供達と遊ぶレイは普段とは別人のようだった。
屈託なく笑い、子供達を見守る眼差しが優しい。
こちらの方が素顔なのだろう。
俺は何だか落ち着つかない気持ちになる。
「アレクさん、お迎えがいらしてますよ」
院長先生が窓から声をかける。
レイは驚いた顔をしたが、すぐに貴族用の笑顔になった。俺は残念な気持ちになったが、今はまだ仕方ないと自分を納得させる。
「『アレク』とは彼女のことですか?」
レイを待つ中、院長に尋ねる。
「ええ、彼女の呼び名です。子供達がつけたの。
彼女は身元を隠しているわけではないけれど、自ら明らかにすることもしていないのです。だからここで貴族令嬢だと言うことは私しか知りません。
周りに気を遣わせたくないのね」
トントン。
院長室のドアがノックされ、レイが急いで入ってきた。院長先生に挨拶をしてレイと一緒に退出する。
子供達はレイが帰るのを阻もうとしていたが、院長先生に促され孤児院に戻って行った。
「ユリウス様、お待たせして申し訳ありません。迎えに来て下さったというのは?」
「妹がレイに会いたがっていてね。俺が迎えに来た」
「まあ!エリザベス様にはお詫びのカードを残してきたのですが……申し訳ないことをしました」
「妹の我儘だから、気にしなくていい」
「ふふ……ありがとうございます」
「それよりも、俺が迎えに来て不味かったか?
その、レイは身分を明かしていないと聞いたから……」
「気にしないで下さい。ふふ……子供達、特に女の子はユリウス様を『王子様』だと言っていましたよ」
「王子様?」
「孤児院にある絵本に出てくる王子様にそっくりの様です」
「そ、そうか……」
「子供達が喜んでいました。だから迎えに来て下さり、ありがとうございます」
レイは楽しそうに話してくれた。
先程まで孤児院で過ごしていたせいか、いつもの雰囲気よりも柔らかくて親しみやすい。
俺に向けられたのが貴族の微笑みでも、なぜか嬉しい気持ちになる。
一緒に馬車に乗り込み、セレス家に向かう。
以前もここで一緒に馬車に乗ったな、と思った。
あの時の彼女は全く俺を見てなかった。今は少しでも、その深い緑の瞳に自分は映っているだろうか?
「ところで、レイ。なぜ王都に戻ったのに連絡をくれなかった?」
「え、えぇと……」
「祝賀会でエスコートする相手だろう?」
「あ、あれは冗談……」
「本気だけど」
「!」
「セレス子爵夫妻も承諾済みだよ。『王子様』にエスコートされるレイは『お姫様』かな?当日が楽しみだ」
「!!」
レイの表情が少し崩れて、感情が垣間見えた。
焦っているみたいだ。
これくらいでは貴族令嬢の仮面が崩せないか。
いつか屈託なく笑う顔がみたいと思う。
その後セレス家に戻り、レイはエリザベスと対面する。俺は従者に呼ばれて少し席を外したが、戻ってきたときには2人は打ち解けており、エリザベスはレイにすっかり心を許してしまった。
平民と同じ様に振る舞っても、貴族の仮面を被っても、レイの『誰とでもすぐに仲良くなる』魅力は健在らしい。
かくいう俺も、その魅力のせいでさらに近付きたいと思ってしまう。
だから提案した。『婚約者のフリ』を。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




