26 昇爵の報せ
ユリウス様との面会から数週間後、父から早馬で連絡があった。
セレス家が子爵から伯爵家に昇爵するとの知らせだった。昇爵なんて滅多にないことなので本当に驚いた。
それに伴い領地替えがあるかと心配したが、領地はそのままとのことでホッとする。
おそらくだが、ユリウス様はセレス家が格上げされることを知っていたのだろう。
父から勲章が出ることは聞いていたけど、実際に子爵から伯爵家になることはとてもすごい事だ。
両親はもちろん、騎士団の兄、後継のクリスにとっても良いだろう。
知らせを聞いた家人も大喜びだ。
領民もお祭り騒ぎで祝ってくれている。
叙勲祝賀会のため、両親からは「できるだけは早く王都に戻るように」と手紙に記してあった。
準備とかやることが山積みだと分かっているが、王都に戻ることについて私は気が進まない。
理由は分かっている。
色々あるが、1番は私の中で貴族社会で戦っていくための英気が養えていないことだろう。
トントン
扉がノックされて、お茶のカートが運ばれてくる。
「お嬢様、お茶の時間でございます」
昨日から領主館の侍女になったマリアだ。
8年前に領地から攫われて、ブロウ家で小間使いをしていた少女である。
マリアは緊張した手付きで紅茶を注いだ。
「ありがとう、マリア。このお茶とても美味しいわ」
「お嬢様、ありがとうございます」
マリアは照れながらも、屈託なく笑った。
伯爵家では怯えながらきつい仕事をこなしていた彼女。また貴族の屋敷に仕えることを心配したが、本人の希望でこちらの領主館で働くことになった。
マリアの実家から通いで来れるのも、良かったらしい。
「新しい環境に慣れるまでは疲れるでしょう?無理せず早く上がってね。お母様も心配しているでしょうから」
「お嬢様、お心遣いありがとうございます。
私が不明な間、お嬢様が実家の面倒をみてくださっていたと聞きました。本当にありがとうございます」
「マリア、気にしないで」
私は微笑んだ。
「そうだ!マリアの結婚式に向けて、ご実家のドレスをリメイクする相談をしたいの。お母様の着たドレスをマリアに合うように調整するから、お家に伺っても良い日を教えてくれる?」
「お嬢様に、そんな…」
「マリアのご家族と私の夢だったのよ。
お願い!叶えさせて‼︎」
「お嬢様…」
「マリア、泣かないで。ドレスの事は落ち着いたらダンにも相談してみてね」
ダンはブロウ家の下男だった人で、マリアの恋人だ。ブロウ家から解雇された後、マリアとともにセレス領に移り住んだ。
幼いマリアが、ブロウ家という厳しい環境でも耐えられたのは彼の存在があったからだろう。
マリアとダンは近々結婚する。
私はマリアには幸せになってほしいので、もちろん祝福する。だから結婚式の準備も微力ながら手伝っている。これでも裁縫は得意なのだ。
マリアが退出し、私は一人になった部屋で考える。
彼女のことは王都にある兄に頼んでいた。兄は気立が良く周囲の人に気配りできる性格なので、マリアに色々配慮してくれたのだろう。
だがダンのこととか結婚の日程とか、トントン拍子で進み過ぎではないか?
こんなに隙がなく、細やかな手配をする人だっただろうか?
彼女の結婚は喜ばしいことなのに……。
喜ばしいことといえば、セレス家が伯爵家に格上げされることもそうだ。
だが「王都に早く戻る様に」家族から促されたことと、今の状況は、自分が当初想像しているものとは違っている。
そう、もっと静かに、私は息を潜める様に過ごしていると思っていた。
早く世間から忘れられるように。
ところが領地もお祝いムードでマリアも幸せそう、王都の家族も嬉しい忙しさだろう。
皆の嬉しそうな顔を見れば、私だって嬉しくなってしまう。
このままひっそりと平民になる道を探したかったのだが、一旦は王都に戻らなければならない。
王都に戻れば昇爵した貴族として注目されるから、時期を見計らって家門から出ないと、また噂になってしまう。
しばらくは今まで通り、私は貴族社会の中で過ごさなければならないだろう。
うーん、何だが自分の外堀を埋められているように感じなくもない。
なぜこう思ってしまうのだろうか?
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




