25 セレス領にて(ユリウス視点)
「ユリウスが女性に興味を示すなんて珍しいね。良い傾向だよ」
第二王子ライオール殿下が笑って言う。
殿下とは同い年のため、幼い頃から遊び相手だった。
側近となり主従関係になった今でも、殿下は「気心知れた仲だから」と何かと揶揄ってくる。
殿下にセレス領に向かう許可をもらい、転移魔法で飛ぶ。転移先で公爵家の護衛騎士と合流し、馬でセレス領に入った。
セレス領は大きな街道から離れているので、王都から一日圏内という好立地でありながら長閑なところだった。
酪農が主で目ぼしい産業がなかったが近年紡績業で成功し、王都へ販路を得てからは税収増が著しい。
我がクローディア領はセレス領の東隣だが、俺がセレス領を訪れたのは初めてだった。
領内に入ると傭兵に呼び止められる。
セレス領に侵入したドロール家の残党を捕縛した傭兵集団だろう。
俺の身分を明かしたら隊長らしき男性が出てきて、俺の顔を見てにやっとした。
「呼び止めて失礼した。どうぞお通り下さい」
「貴殿がセレス子爵に雇われた護衛の隊長か?賊を捕らえたそうだな」
「まぁ、嬢ちゃんに頼まれたからな」
話ぶりからして、セレス子爵令嬢と懇意にしているようだ。彼女とどういう繋がりなのか気になったが、隊長ははぐらかして去ってしまった。
領主館に行き用件を伝えると家令が対応した。
予想通り「お嬢様への面会は取り次げない」とのこと。
いつなら面会が可能か尋ねると「お嬢様は外出していて判断を仰げない」と答えた。
聞けば侍従も連れずに一人で外出したという。「お嬢様は昔からそうでして」と家令も苦笑していた。
セレス嬢はおそらく前子爵の墓参りのため外出したのだろう。俺は護衛と一旦別れ、領内の教会に向かう。
墓地には花が添えられているが、近くに人影は見当たらない。ここで会えると思ったが、少し遅かったようだ。
彼女なら、この後どうするだろうか?
最近セレス嬢の事を良く考えるので、彼女の思考を追ってみたくなった。合理的な思考なら、ある程度推測が可能だ。
彼女は領主館に戻るか、あるいは彼女にとって落ち着ける場所に行くか….…?
俺は見晴らしの良い場所を探して移動する。
そして辿り着いた先に、彼女を見つけた。
久しぶりに見た彼女は、今日も質素な装いだった。だが長い黒髪が風に靡いて、遠目にも存在感があった。
声をかけると、深い緑の瞳が驚いたように こちらを見ていることに嬉しくなった。
彼女と並んで歩く。女性は歩幅が小さいのだなと改めて気付いた。
当たり障りのない会話も楽しく、俺はもっと彼女を知りたいと思った。
しかし彼女は巧みに悟らせない。そのためにとっておきのカードを切ることにした。
「クローディア家が前子爵夫妻殺しの犯人でないと考えたのはなぜ?」
瞬間、彼女の纏う雰囲気が変わる。
例えるなら動物が毛を逆立てるような警戒感。
しかしながらそれは一瞬のことで、直ぐ様、元通りに収める。
そこには目立たない子爵令嬢がいるだけだ。
しかしながら俺から見れば、彼女は老成した貴族の様だった。先程自分に生じた微かな綻びを、一瞬で修正してみせた。
年下とは思えない。
俺は宰相の息子として、色々な貴族に会う機会があった。特に王宮は伏魔殿で、感情を隠して腹の探り合いをするのは日常茶飯事。
貴族は感情を御せて初めて一人前、僅かに動揺しても、老成する程に悟らせない。
俺が出したカードは強手で相手の警戒感は上がってしまった。
彼女は次にどう動くだろうか?
幾つか選択肢を思い浮かべて待つと、あろうことか想定していたギリギリの積極的な選択をした。
『知らぬ存ぜぬで通す』のではなく『他所に身を隠す』選択だった。
大人しい令嬢のすることではない。
しかも行動が早すぎる。
俺は転移魔法で彼女のところに飛ぶ。
昼間会った時に、念の為マーキングしておいたからできたことだ。
転移先の森で会った彼女は男装をしていた。
女性的な身体つきをローブで隠せば、まさに少年の様に見える。
顔が整っていて中性的なのだ。
あまりに似合っていて違和感がなく、マーキングしていなければわからなかったかもしれない。
短い会話から推察する能力、優れた状況判断と迅速な決断力、躊躇わず実行する度胸、それらを支える合理的な思考。
彼女は間違いなく優秀だ。
彼女が本気で逃げたら捕まえられない気がする……。
俺は彼女の警戒を解くために手札を見せた。
他人に腹の中を打ち明けるなんて、なかなかないことだ。
俺らしくないと思うが、彼女相手だと気にならなかった。
そう、俺らしくない。
彼女といると、つい近付きたくなってしまう。
興味があるから当然かと思うが、今まで女性を避けてきた俺にとっては『らしくない』ことばかりだ。
しかし彼女と話していると、俺らしくないことも全く気にならない。むしろ自然体でいられるような心地良さだ。
さらに思いがけない事に、
「……クローディア公爵子息が心配される様な、公爵家からの情報漏洩ではありません」
彼女は自分の保身のために秘していたのではなく、俺の疑いが他に向かわないように打ち明けたのだ。
大胆なことをするのに、繊細なことを大事にするようなアンバランスな感覚。矛盾するような感覚を内包するなんて、より興味深い。
あとは、、自分の事を全く顧みていないようだ。
「知りたいことは、聞けましたか?」
彼女は微笑んだ。
月明かりに照らされて美しい。
たぶんこの姿は今だけのもの。
儚く、魅力的で、危うい。
「ああ、ありがとう」
俺の知りたい答えは得られたと思う。
自分でも知らなかった感情まで抱いてしまったけれど。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




