24 来訪
森から転移魔法で領主館の部屋に戻った後、私は身支度をして直ぐに寝台に入った。
クローディア公爵子息が来訪されたことについて色々考えることはあるが、身体を休めることもまた必要だ。
それに胸の内がすっきりしていることで、久しぶりに深く眠れそうだった。
翌日、領主館は午前中から慌しかった。
今をときめく公爵家から客人を迎えるので、家人は忙しく動き回っている。
私も侍女に飾り付けられる羽目になり、HPが少しずつゼロに近付いていった。
先ぶれがあり、クローディア公爵子息と護衛が到着された。今回は公爵家の馬車で来た様だ。
「ユリウス・クローディア公爵子息、ようこそお越し下さいました」
「アレキサンドライト・セレス子爵令嬢、お時間を頂きありがとう」
紳士の礼で手の甲に口付けられる。
クローディア公爵子息も寝不足だろうに……。
それを物ともしないキラキラした存在感に、私は眩しくて目が開けられない。
生粋の王子様感に侍女達も目を輝かせている。
一時でも彼女達の目の保養になるからいいか。
家令によってテラスに案内される。
給仕を終えて家人が側を離れる。
私はハーブティーを少し口に含む。
疲れを取る効果のあるお茶を用意してもらっていた。
向かいの席のクローディア公爵子息に目を向けると、彼もこちらを見ていた。
「その姿もよく似合っている」
「ありがとうございます」
そういえば今までクローディア公爵子息と話した時、私は一度もきちんとした格好をしていなかったな。
私は家令のモランに目配せする。
家令と侍女はスッと部屋から退出した。
ドアは開けてある。
「昨日お話も終わりましたし、用件はお済みですね?」
私はマナーを無視して話を進める。
今までは公爵家だから失礼のない様に努めていたが、正直、繕う必要がなくなった。
昨日の話で相手も私のことを把握していることが分かったし、自分も胸の内を明かしたし。
クローディア公爵子息のペースになる前に、今日はこちらから攻めて早めに退散して頂こう。
「意外とせっかちな方なんだ。俺としては貴方と一緒に過ごすだけで楽しいのだが」
「お忙しいクローディア公爵子息のお時間を、私だけが頂くわけにはいきません」
「ふふ……明日には王都に戻るから、今しばらくお付き合いを」
王都に戻るという彼の言葉に、私は少しホッとした。
「セレス嬢、俺と一緒に王都に戻らないか?」
思いがけない言葉に、私は目をパチパチさせた。
寝不足で聞き違えたか?
クローディア公爵子息を見ると、表情はあまり変わっていない。
冗談だとして、彼はどういう意図だろうか?
でも、どんな意図があろうと答えは決まっている。
「お気遣い頂き、ありがとうございます。
私はこちらを離れるつもりはありません」
「なぜ?社交界の噂など気にすることはない」
「いえ、噂などどうでも良いのです」
「理由を聞かせて頂ければ、今回は引き下がろう」
上手い言い回しだ。
クローディア公爵子息はその立場から、駆け引きの世界で生きているのだろう。若いのにすごいと思う。
「……マリアが、まだこちらに戻ってきておりません」
「ブロウ家の小間使いだね。伯爵家への処分からさほど時間が経っていないので、まだ王都に足止めだろう。彼女のことはオリバー上級騎士が対応すると聞いている」
「そうですか、兄に任せておけば安心です」
「貴方は、彼女が領地に戻ってきたらどうするつもりか?」
「……どうもしません。
彼女は8年もの間、家族と離れ離れになりました。私は彼女が幸せになるのを見守りたいのです」
「貴方自身の幸せは?」
「私は既に幸せです」
「マリアがブロウ伯爵家から解放されたから?
貴方は子供達が攫われた責任を感じているのか?」
「ええ、領主の娘としては当然です」
「貴方は当時まだ8歳。責任を取る年ではない」
クローディア公爵子息は気休めではなく、真剣に言ってくれているようだった。
その気持ちは素直に嬉しいと思う。
今まで色々な大人が、私に諭してきたことだ。
信頼している家令でさえ、私に「背負うな」と諭してくれた。
もし私が相手の立場なら同じことを言うだろう。
でも、違うのだ。
それがないとダメなのは私の方。
それを拠り所にしているのは私なのだ。
「……誤解なさらないで下さい、クローディア公爵子息。その責任が今の私を生かしているのです」
「……」
テラスから風が吹き込み、緑の香りが部屋に漂う。
彼は私の方をじっと見ている。
私も彼から目を逸らさない。
「『その責任』が果たされた後、貴方はどうする?」
「まだわかりません」
「……聡い貴方の事だ。いつまでも領地にいられないことは分かっているだろう?」
「はい。私は出来れば平民となって、セレス家を陰から支えられればと思います」
「平民になるのは難しいのではないか?セレス子爵が承知するとは思えない」
「そうですね。何と言って説得すれば良いでしょうか?……クローディア公爵子息、何か良い案はありませんか?」
クローディア公爵子息は少し目を見開く。
彼にとっては思いがけない反撃だろう。
彼にしては珍しく、考えている仕草をする。
表情はあまり変わらないが、多少は面食らってもらえただろうか?
「案がないことはない」
「ぜひ教えて頂けませんか?」
「1つ条件がある」
「何でしょう?」
雲行きが怪しくなってきた。悪手だったか?
「これからは貴方のことをアレキサンドライトと呼んでも良いだろうか?私の事はユリウスと呼んで欲しい」
「⁈」
全く予想外の話で私は混乱した。
クローディア公爵子息の意図が掴めない。
「お、恐れ多くて私には……」
「クローディア公爵子息では長いだろう?」
「あの、私の名前も長いので呼びにくいから家名で……!」
手をいきなり握られて驚く。
確かクローディア公爵子息の「居場所がわかる術」とやらは相手に触れることが必要になるはず。
術をかけられたら大変なので私は手を引っ込めたいのだが、意外としっかり握られて抜けない。
後々考えれば私に「居場所がわかる術」をかけられたところで、差し支えないように行動すれば良かったはずだった。なのに、その時の私は焦って手を離すことに意識がいっていた。
「ふむ……家族には何と呼ばれているのだ?」
「えぇと……レイと」
「では俺も同じで」
「⁈」
我にかえったが少し遅かった。
私は何で誤魔化さなかったのか!
寝不足で判断が鈍いのが恨めしい。
クローディア公爵子息はパッと手を離した。
「レイ、俺の案を聞きたいか?」
呼び方、、そもそも承諾していないし、沈黙は肯定と捉えられた?でも家族と同じ呼び名ってちょっと、、
あぁ、そんな笑顔で早速呼びかけられたら、戻してほしいと言いにくい、、
私は混乱した。
とりあえず呼び名の件は一旦忘れることにしよう。
「き、聞きたいです。クローディア公爵子息」
「呼び方間違えている」
「えぇと、ユリウス様」
「様はなくていい」
「公爵家の方に対して、それは難しいです」
「……わかった」
表情は変わらないが、なんか拗ねてる声音。
気を取り直してクローディア公爵子息改め、ユリウス様が言う。
「レイがクローディア公爵家の家庭教師になる案だ」
「⁈」
恐れ多くて考えたこともない、非現実的な案だ。
「私は父を説得する案を教えて頂けると思っていたのですが……」
「ああ。まず家庭教師として自立して、それからセレス子爵を説得する案だ」
「なるほど。ですが公爵家の家庭教師を子爵家出身の者が務めるのは難しいと思います」
「我が家は能力主義でね。身分は問わない。
ただレイが気にするなら、それもまもなく解決する」
「どういうことです?」
「直ぐにわかる」
ユリウス様はそう言って席を立った。
私に近付きながら続ける。
「クローディア公爵家なら家庭教師の実績を積める。待遇は他家よりも良いし、住み込みになれば自立も早いだろう。クローディア領に同伴すればセレス領とも近い。家庭教師として悪い条件ではないだろう?」
確かに家庭教師なら、両親も許してくれそうだ。
拘束時間も長くないはず。
公爵家の家庭教師は身分的に難しいが、子爵家か男爵家で探してみようかな。
そうこう考えている内に、ユリウス様は私の手を取り軽く口付ける。
「レイ、検討しておいてくれ」
手を離す前に、アイスブルーの瞳と目が合う。
楽しそうに見えたのは気のせいだろうか?
後から考えても、この時の私は本当にどうかしていたのだろう。自分の対応の悪さで、家族以外に呼び名を許すなんて。
でも、何だかもう頭が働かない。
寝不足が響いているのだろうか?
彼と話すと、どうしてか彼のペースになってしまう。
近しい年の人を相手にして、これほど会話がままならないなんて初めてだ。
悔しいが、相手の方が完全に上手だと認めざるを得ない。
色々反省することがあるが時には諦めることも肝要、呼び名も今だけのことと割り切る。
目の前のこの方は、所詮雲の上の人なのだから。
学園を卒業し王都からも離れた今、彼と私の接点はない。
この先もう会うこともないだろう。
私は自分の失態も含めて、早く忘れることにした。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




