23 答え合わせ
私はクローディア公爵子息から少し距離を取る。
彼のアイスブルーの瞳は、ずっと私を捉えている。
少し寂しげに見えたのは気のせいだろう。
「誤解しないでほしい。俺はただ知りたいだけだ。貴方やセレス子爵家をどうこうするつもりはない。貴方もわかっている通り、証拠はないのだから」
「私が何か答えれば、証拠になるのではないですか?」
「自白だけでは証拠にはならない。物的証拠は何もないしな。
俺がただ知りたいだけだ。言える範囲で答えてくれればいい」
『俺』と言うクローディア公爵子息に少し驚いたが、たぶんこちらが素なのだろう。
表情は変わらないが、今までよりは誠実さを感じる。
これまでのどの態度よりも紳士的に思えた。
しかしながら貴族の世界では、言葉だけでなく態度もまた駆け引き。
迷った時、私は相手の目を見る。
アイスブルーの瞳に嘘はないように思う。
私の沈黙を肯定ととったのか、クローディア公爵子息は静かに続けた。
「事の発端は8年前、セレス領滞在中に領主夫妻が殺害されたこと。現場証拠から犯人は複数いたとわかったが、犯人は逃亡して不明。
貴方は殺された夫妻の一人娘だ。セレス子爵家は妹夫妻が継ぎ、貴方は家族として迎えられた。
新しい家族との関係は良好と聞いているけど、貴方だけが王都と領地を頻繁に行き来きしている。犯人を探していたのか?」
良く調べている。
彼に、生半可な誤魔化しは効かないな。
「……犯人の手掛かりを探していました。犯人は領外の人ですから」
「なぜそう思う?」
「亡き両親と領民の関係は良好でした。領外の人と断定したのは、犯人の移動したルートを追跡したからです」
「貴方が?」
「えぇ」
「どうやって?」
「探知魔法の応用です」
クローディア公爵子息は意外そうな顔をした。彼の予想とは違ったらしい。
「それがドロール男爵お抱えの犯罪集団だった。ドロール男爵家とブロウ伯爵家の繋がりについてはなぜ気付いた?」
「盗品の流れです。ブロウ伯爵家には主に貴重品が流れていましたが、ある時から人も流れていきました」
「攫った子供をドロール領の孤児院に入れ、孤児として伯爵家に売ったのだね。貴方の知り合いだった?」
「私より1つ年下のマリアでした」
「貴方はなぜ両親が殺害されたと思っている?」
「私にはわかりません。ただ残された事実として『両親は子供達を守ろうとして命を落とした』と考えています」
「前子爵夫妻のお人柄は話に聞いている。治政で領民を幸せにしようと奮闘した方々だった」
「……領地は自然豊かな田舎で、領民は気の良い人ばかり。目ぼしい産業もなかったから領外から来る人も少なく、治安は心配していませんでした。だから突然の凶行に、両親は為す術がなかったのだと思います」
「貴方はブロウ伯爵家に売られた子供を助けたかった。しかし子爵家が手を出せる範疇を超えていた」
「売られた子は、表向きは正式な手続きを通して小間使いとして雇用されました。攫われた子供達の内2人は家族の元に戻れましたが、マリアだけは取り戻せなかったのです」
「だからブロウ伯爵子息の婚約者になったのか?」
「確かに私がブロウ伯爵家の女主人になれば、彼女を伯爵家外に出すことができます。ブロウ伯爵家は使用人への当たりが強くて…またブロウ伯爵子息がマリアに手を出す前になんとかしたかった。
私宛にブロウ伯爵家から婚約の申込が来たのは幸運でした」
「ブロウ伯爵家の強い意向で婚約が成ったと聞いている。ブロウ伯爵には何か思惑があったのか?」
「……何か思惑があったとしても、伯爵家からの婚約を、格下の子爵家からは断れないですから」
「……」
「ブロウ伯爵子息と婚約した2年後、貴方は王立学園に入学してドロール男爵令嬢と出会った」
「ドロール男爵令嬢は入学当初から周囲と馴染めずにいたので、私から声をかけたのです」
「貴方がドロール男爵令嬢と一緒にいれば、ブロウ伯爵子息と彼女が接触する機会が増えるな」
「はい。2人はすぐに仲良くなりました」
「5年も婚約していれば、成婚間近だろう?」
「はい。伯爵家の意向で、ブロウ伯爵子息が学園を卒業したら成婚することが決まっていました」
「ならば今年か」
「はい。ブロウ伯爵子息もそれをわかっていましたから。ドロール男爵令嬢と一緒になるために、私との婚約を破棄するまでの時間は限られていました」
「貴方は婚約破棄されてから学園に来なくて良い様に、飛び級試験を受けたのか?」
「婚約破棄されれば、噂になるのは避けられませんから」
✳︎
「ブロウ伯爵家はセレス子爵家と婚約を解消してから傾き始めたな」
「婚約破棄の条件として『両家の無関与、不干渉』を承諾頂きました。そのために共同事業や貸付た金銭も清算しましたから」
「それだけではないだろう?衆目の中、婚約破棄されれば社交界でも噂になる。ブロウ伯爵家が今後セレス子爵家名義で勝手なことができない様に商会に知らしめる意図があっただろう?」
「まさか。商人の情報網なら、そんな噂がなくともいずれ分かることです」
「……」
「かくしてブロウ伯爵子息は婚約破棄の条件の撤回のために、貴方を待ち伏せした」
「その節は助けて頂きありがとうございました」
「護衛も付けずに貴族令嬢が外出するのは感心しないな。まして貴方自ら領地に護衛を差配したのに」
「私よりもセレス領を害する手段を封じておきたかったのです。なお我が家はしがない子爵家ですので、私に護衛は必要ありません」
「……これは子爵ではない方が良いな」
「何か言いましたか?」
「いや、独り言だ。ドロール男爵家がセレス領を害することを予見した根拠は?」
「ドロール男爵は娘を伯爵家に嫁がせたかったのです。ドロール男爵令嬢がブロウ伯爵子息と婚約してもまだ婚約段階。結婚を盤石にするために、邪魔な私を早々に排除するため動くと考えました。学園を退学後、私は領地に行くことが決まっておりましたから」
「ドロール男爵家にはお抱えの犯罪集団がいるな。それで学園で退学手続きをした帰りに誘拐された。これでも貴方に護衛は必要ないと?」
「何かあれば、お兄様が助けてくれると信じていましたから」
「確かにオリバー上級騎士が貴方を助け出した」
クローディア公爵子息の目がフッと鋭くなる。
「オリバー隊が捕らえた犯人達は当時錯乱していた様でね。火災による集団パニックと考えられたようだ。なんでも『真実を話さないと扉から出られない』と言って、今は進んで罪を自白しているらしい」
「自白だけでは証拠にならないのでは?」
「現行犯で捕縛できたから言い逃れできない。物的証拠もある」
「……そうですか」
「自分の身を危険に晒したのは、それが狙いか?」
「まさか。私は誘拐された側ですよ?」
「……」
クローディア公爵子息はため息をついて、私を真正面に捉える。
アイスブルーの瞳に私が映る。
聡明な瞳はどこまで見通せるのか?
「クローディア家が前領主殺しの犯人でないと考えたのはなぜ?」
「犯人の移動ルートからドロール男爵家に繋がる心証を得たからです。ただし……
クローディア公爵家の現状、領地の様子から、隣接領であっても犯人の可能性は低いと考えました」
「クローディア領に来たのか?いつ?」
「両親が亡くなってから学園に入るまでの4年間、度々訪れていました。最初はクローディア家を色々調べました。王都の屋敷はガードが硬いので。
短い間ですが領主館で下働きをさせてもらって、領主様のことや領地のこと知ることができました」
「貴族令嬢の貴方が下働きを?」
「下働きに入る予定の子が体調を崩していたので、その間私が代わりを勤めただけです。私は幼い頃は平民のような暮らしをしておりましたから」
「……」
「使用人は皆、領主様とご家族に感謝していました。私は家人に尊敬される方々が犯罪を犯してそのままにしておくとは思えませんでした。だから犯人ではないと心証を得た限りです。
……クローディア公爵子息が心配される様な、公爵家からの情報漏洩ではありません」
私は一気に話した。
そもそも彼が一番気にしているのはこの点だろう。現宰相を有する公爵家から情報が漏れることがあれば一大事だ。
フッと力が抜ける。
話してしまえば、胸の内がすっきりとしたものだ。
ずっと1人で抱えてきたことなのに、重荷を下ろしたような気持ちになるなんて。
私は誰かに胸の内を聞いてほしかったのかもしれない。
私が話を聞いてほしい相手は、もうこの世にいないけれど。
「知りたいことは、聞けましたか?」
「ああ、ありがとう」
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




