21 婚約破棄から11日目 警戒
クローディア公爵子息は私の手を引く。
サクサクと下草を踏みながら、2人でゆっくりと丘を下って行った。
私は「公爵子息にエスコートされる機会なんて今後もうないだろうから、良い記念になるかもしれない」と思うことにする。自分の意識をプラス思考に寄せようと、無理してる自覚はある。
「足元に気をつけて」
「お気遣いありがとうございます」
さすが女性をエスコートするのに慣れていらっしゃる。クローディア公爵子息は私に合わせて歩調を取り、さらに周りを気遣ってくれる。
比べては失礼だが、トロイ様とは違いスマートなのだ。
対して私はエスコートされるのにあまり慣れていない。
トロイ様とも最低限の交流しかなかったから。
馬車への乗り降りくらい短いエスコートなら、何とか誤魔化せるのだが。
「……今日なら君に会えると思った」
「えっ?」
「今日は前子爵夫妻の月命日だろう?
花が添えてあった」
彼は調べたのか。
セレス家は代替わりしてもう数年経っている。
特に隠すつもりもないが、前子爵のことはわざわざ調べないとわからないだろう。
「……墓地に足を運んで下さったのですね」
「前子爵夫妻と我が家は親交があってね。我が領地はセレス領の隣だろう。幼い君を連れて、夫妻は我が家に遊びに来てくれたことがある」
「……申し訳ありません。あまり覚えていなくて」
「覚えていなくても無理はない。そのころの私と君は直接会ったことはなかったから」
正確に言うと、クローディア公爵子息以外のことは覚えている。
あれは5才の時、クローディア公爵家のパーティーに呼ばれて両親と参加した。初めてのガーデンパーティーで、幼い私はとても驚いた。
セレス領とは違う広大な領地と初めて見る豪華な屋敷。沢山の使用人と、豊富な品数の料理と、それ以上の来客の多さにびっくりしたものだ。
クローディア公爵子息とご両親の周りには特にたくさんの人が集まっていたから、私は直接挨拶が出来なかった。
幼い私はやることがなくてつまらなくて、勝手に場を離れてしまい迷子になった。
会場に戻れず困っている私に上品なお爺さんが話しかけてくれて、色々教えてくれたのは良い思い出だ。
私の祖父母は早くに他界しているから、私には彼らと一緒に過ごした記憶がない。だからそのお爺さんと話しながら「祖父が生きていたらこんな感じはなのかな」と思った。
「当時領地で隠棲していた私の祖父はパーティーが嫌いでね。けれどその日は珍しくご機嫌だったので、私は祖父に理由を聞いたんだ。祖父曰く『とても賢いご令嬢に会った、才能の原石で、自分も若返ったようだ』と言っていたよ。その子はアレキサンドライトと名乗ったそうだ」
あの上品なお爺さんは前公爵様だったのか。
私は感情を顔に出さない様に努めた。
「……そうですか」
微笑んで曖昧に返す。
クローディア公爵子息は私の顔を見て、つと足を止めた。
少し屈み、空いている手で私の髪を一房掬い、軽く口付けて言う。
「祖父が会ったアレキサンドライト嬢は黒髪だったそうだ」
「!」
私は驚いてクローディア公爵子息から離れようとする。
しかし右手をしっかり取られていて、身体が後ろに下がらない。
彼がじっとこちらを見る。
彼のアイスブルー瞳は何を考えているか悟らせない。まさに貴族の教育の賜物だろう。
だが腹の探り合いで、今は負けるわけにはいかない。
私も目を逸らさずに挑む。
彼の目元がふっと緩んで、身体がすっと離れた。
だがエスコートの手はそのままにされている。
「急にすまない。貴方の髪があまりにも綺麗だったから」
「……このような真似をなさる方とは思いませんでした」
「貴方からはどのように思われていたか、知りたいね」
「あまり冗談は言わない方かと……」
「ははっ」
クローディア公爵子息は傍らで楽しそうに笑った。
声を立てて笑っているところを初めて見た。
氷の公爵様もこんな顔をするのか。
思っていたイメージとは違うが、どちらにしろ油断できない相手だ。
と言うか『君』呼びから『貴方』呼びに変わったのは気のせい?
「お嬢様!」
「ユリウス様!」
私達の姿を見つけた家令モランと公爵様の護衛らしき騎士が、遠くから声を上げる。
私はモランの姿を見てホッとした。
「セレス嬢、短いが楽しい時間だった」
「こちらこそ、送って下さりありがとうございました」
「明日、改めて領主館に伺ってもよいか?」
「えぇと、どの様なご用件でしょうか?」
「貴方に聞きたいことがあって」
「何でしょう?」
私はクローディア公爵子息を見上げた。
アイスブルーの瞳と目が合う。
彼は私より頭1つ分以上背の高い。
見下ろす彼がふっと微笑んだ様な気がした。
ぐいっと腕を引かれて、耳元で囁かれる。
「クローディア家が前子爵夫妻殺しの犯人でないと考えたのはなぜ?」
一気に体温が下がる。血の気が引いた。
彼の目的、ここに至った思考を高速でトレースする。一方で、今この場をどう返すのが最善かシミュレーションした。
私は動揺を感じさせないように微笑んだ。
「何のお話でしょう?」
「……」
クローディア公爵子息は何も答えずに、私の顔をじっと見ている。
アイスブルーの瞳は何を見るのか?
私の嘘か?綻びか?
こんな至近距離で見つめられて、正直辛い。
美形は迫力が違う。美しさと言う力に、こちらが圧倒させられそうになる。
でも私も負けられない。
屈せない理由があるからだ。
こちらも完璧な淑女スマイルで応じる。
「ふふっ」
彼が軽く微笑み、私の腕を離した。
私はすかさず距離を取る。
先程までが近すぎたのだ。
今の距離感は適切なはず。
「今は引くとしよう」
「……」
クローディア公爵子息は優雅にお辞儀をして、護衛と合流する。
私もモランの元に急いだ。
「お嬢様、ご無事でなによりです」
「心配かけてごめんなさい、モラン。早く帰りましょう」
モランの話によると、私が外出して1時間後くらいにクローディア公爵子息が訪ねてきたとのこと。
先ぶれもなく、突然のことだった。
私が不在で、かつ一切の面会を断っている旨を伝えると、すんなり帰ったそうだ。
「クローディア領に宿泊するので、面会が可能になったら連絡がほしい」と言い残して。
その後公爵家の護衛の騎士が再度訪ねてきて、セレス領内でクローディア公爵子息とはぐれたことを聞かされた。待ち合わせ場所に現れなかったらしい。
そこでセレス家使用人総出で探していたらしい。
「皆、今日はクローディア公爵家の対応をありがとう。とても助かりました。今日は仕事を切り上げて、早く休んでね」
家人にお礼を言い、私も早々に自室に引き上げる。
私は部屋に入り1人になった。
身体は疲れていたが、頭は冴えていた。
彼の思考をトレースした結果は出ていた。
彼の言葉と、彼が今日ここを訪れたことが
答え。
もっとも、彼は第二王子殿下の懐刀。
私よりも何枚も上手だろう。
どう対応すべきか、その結果も既に出ていた。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




