20 婚約破棄から11日目 再会
「セレス子爵令嬢」
急に呼ばれて身体が止まる。
油断していた。
予想していない事態だった。
どくどくと自分の心臓の音が聞こえる。
落ち着け、と自分に言い聞かせて息を吐いた。
まず領民は私のことを『子爵令嬢』とは呼ばない。ジーク隊も同じく。ならば『領外から来た人』になる。
わざわざ今の時期に私を訪ねてくる人物に、もちろん心当たりはない。
次に私が眺望の丘にいることは誰にも告げてきていない。
家人が予想したとしても、それを口にすることはないだろう。私が領地に着いてから来客や面会は全て断っているからだ。
それなのに、ここに来訪者がいるのは単なる偶然?
さらに来訪者だとして、今の私に至急の用件はないはず。
王家への対応は父と兄に任せてあるし、私は「婚約破棄と誘拐監禁で心傷を追った子爵令嬢」なのだから。
そのため、私は必ずしも対応しないといけないわけではない。つまりは相手の出方次第だ。
最後にこれが偶然ではなく意図された行動の場合、その者の目的は何?
私か、それとも家門か?
私は貴族の顔を取り繕って、声のした方に振り向く。
こちらに向かってくる人を見つつ、素早く周囲を観察する。見晴らしの良い丘に、その人が1人。
監視や護衛は見当たらない。
遠くからでも、見覚えのある容姿だった。
背が高く、存在感がある。
銀色の髪がサラサラと風に靡く。
アイスブルーの瞳の色、美形で整った表情から『氷の公爵様』と呼ばれる学園の有名人。
もうお会いすることはないと思っていたが……。
「セレス嬢、久しいな」
彼の低く伸びやかな声に、私の体は凍りつきそうだ。
「クローディア公爵子息、お目にかかれて光栄です」
私は礼をしたまま目を伏せる。
第二王子ライオール殿下の側近で多忙な彼がなぜここに?
回らない頭で理由を考えたが、どれも悪い予想しかしなかった。
「体調はもう良いのか?」
「ご心配をおかけ致しました。こちらで療養し、だいぶ良くなりました」
「それは良かった。シルフィーユも大層心配していたよ」
「お気遣いありがとうございます。シルフィーユ様からもお手紙を頂いておりましたのに、お返事ができておりませんでした」
「昨日まで部屋で過ごしていたと家令から聞いた。君が元気になったらシルフィーユに連絡してやってほしい」
「はい。……ところでクローディア公爵子息、どうしてこちらに?お一人ですか?」
彼とシルフィーユ様は親戚だし、私の様子を見てきてほしいと頼まれたとか?
「護衛とはぐれてしまってね。領主館までは一緒にいたのだが……」
「当家に何か御用でしたか?」
「ああ、君に会いに来た」
「……」
彼の表情はあまり変わらない。
あまりにストレートな物言いに、思わず私は口を噤んだ。
相手が真顔だから、冗談にしては分かりにくい。
「不在にしていて申し訳ありませんでした」
「謝ることはない。君への面会は取り次げないと、家令から聞いている」
家令は私が不在でも、忠実に職務を遂行してくれた。けれど、子爵家の家令の立場で高位貴族に立ち向かうのは、大袈裟ではなく死を覚悟することだっただろう。
公爵家に対しても私を守ってくれる家人に、感謝の気持ちでいっぱいになる。なおのこと早く帰って安心させなければ。
「私はすぐに屋敷に戻らなければなりません。
クローディア公爵子息、このお詫びは必ず……」
「では領主館まで送らせてほしい。まもなく暗くなるのにご令嬢を一人で返せない」
クローディア公爵子息は、私の言葉を遮る様に被せて来た。穏やかに接して下さるが、有無を言わさぬ雰囲気がある。
なんか前にも同じ様なやり取りをしたな。
下手に断ると長引きそうだ。
「ではお言葉に甘えて……」
「さあ行こうか」
クローディア公爵子息はそう言って左手を出す。
エスコートする形に、私は躊躇いながらも右手を添えた。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。




