18 元家令の話(ユリウス視点)
俺はその家令だった男性を訪ねることにした。
調べてみると、彼はセレス子爵家の筆頭家令を務めており、当主からの信頼も厚い優秀な家人だった。
前子爵夫妻が死亡した後のセレス家を支え、現子爵夫妻に引き継いだ後に職を辞したとされる。退職の理由は、身体を患ったからとのこと。
元家令であるセバスチャンは突然訪ねた俺に驚いたようだが、セレス子爵令嬢の身に起こったことを話すと様子が変わった。
「そうですか……。
お嬢様がご無事で本当になによりです」
優秀な家令は職を辞した後でも、主家の事を他言しない。セバスチャンはまさにそれで、話ぶりからも忠義に厚い家人だということが伝わる。
そこで俺は一連の事件の調査であることを示して協力を仰いだ。
というのも捕らえたドロール家の関係者の中に、セレス前子爵夫妻殺害を自供する者が出てきたからだ。
セバスチャンはそれでも渋っていたが、最後には「セレス前子爵夫妻に関わることなら」と重い口を開いた。
「その、幼い頃のセレス子爵令嬢はどのような様子だったのですか?」
「……優しくて、利発なお嬢様でした」
「領地の人も、同じ事を言っていました」
「ふふ……身分に関わらず、誰にでも同じ様に接する方でしたから。亡くなった御両親と共に、積極的に領民と交流されていました」
「前子爵夫妻は領民のために尽くされた方々だったそうですね」
「ええ、王都と領地を行ったり来たり、いつもお嬢様をお連れでした。そのためお嬢様は、幼い頃から自分の事は自分でなさっていました。御両親の負担にならない様に、努力する方でした」
「そうでしたか。前子爵夫妻が亡くなられた時も、セレス嬢は一緒だったのですか?」
「いえ、お嬢様は王都におりました。王立学園附属幼稚舎へ入る準備で、初めて御両親と別行動を取られていたのです」
家令セバスチャンは、一人残されたセレス嬢と共にセレス子爵家を支えた。
最愛の両親の突然の死に最初は呆然としていたセレス嬢も、家人や領民の前で気丈に振る舞い、子爵家存続のために自ら動いたのだという。
「失礼ながら、当時8歳の少女には荷が重いと思うのだが…」
俺は思ったことを口に出した。
近しい親族がいない未成年の場合、通常なら家令が代理人となって諸々手続きをするところだろう。
「その通りです。ただし当家にはお嬢様にしかできない手続きもございまして…」
「『直系でないとできない手続き』の類ですね?」
「はい……。お嬢様は幼稚舎への進学を取りやめ、手続きのために精進なさいました。亡くなった御両親からは、具体的なことは引き継がれておりませんでしたから」
『直系ではないとできない手続き』とは、貴族の家に伝わる儀式や呪い的なものだ。
古い貴族の家には稀にあるが、今はほとんど廃れてしまったと思う。
それというのも、その『手続き』はおそらく古代魔法の類いなのだろう。
我が国は魔術が発達して主流になっているので、古代魔法を扱える人は今やごく僅かなのだ。
昔は誰でも使えたらしいのだが。
そうすると「セレス嬢は何らかの魔法を使うことができる」ことになるな。
セバスチャンは身体を患ってセレス家を離れているので、協力者としては不足かもしれない。
魔術師の協力者がいると考えたが、彼ではなさそうだ。
となると他に協力者がいるか、或いはセレス嬢自ら動いていたのだろうか?
俺はセバスチャンが知っているセレス嬢のことをもっと聞きたかったが、結局それ以上は聞き出せなかった。
ただセバスチャンがセレス嬢のことを本当に心配しているのが伝わるので、彼には何かしら思い当たることがあるのだろう。
過去にも何らかの事件に巻き込まれたとか、だろうか?
セバスチャンから話を聞いた帰り道に、俺はアレキサンドライト・セレス子爵令嬢に思いを馳せた。
誰とでも仲良くなれる輝く魅力を持った少女が、両親の死を境に貴族令嬢として家門を守ろうとする。
正しくは、家人と領民を守るために、自分を変えてまで家門を守ろうとした。
それはまるで正反対の在り方になったということだ。
平民とも親しめる振る舞いのままでは、貴族社会ではやってゆけない。
本音と建前を使い分けることが当たり前の世界で、親の庇護もなく矢面に晒される立場になる重圧は想像に難くない。
それこそ自分を180度変えるような努力を強いたことだろう。
当時8歳の少女が、果たしてできることだろうか?
彼女を見た者は、彼女の両親の死の前後で、
まるで別人のように変わったと思うだろう。
彼女はその名の通り、まるで宝石のアレキサンドライトのようだ。
太陽光の下では緑がかって見え、蝋燭の光の下では赤味を帯びて見える貴重な宝石。
彼女の有り様は、それくらいに違って見える。
けれど本質は変わらないはず。
優しくて、利発な、努力を惜しまない少女。
幼いながらも大人と渡り合ってきた能力と度胸がある人。
俺は、今まで感じていた違和感が、ある種の確信になってゆく感覚を覚えた。
そして、セレス子爵令嬢にまた会いたいと、強く思うようになった。
お立ち寄り頂きありがとうございます。
1人視点なので情報が偏っております。全体がわかるまでは読み進めて頂けると嬉しいです。
またよろしくお願い致します。