桔梗の花を添えて。
篠田マキは片田舎に住んでいた。
都会に出た事はなく、憧れもなかった。友人達は都会に出て帰ってこなかったり、挫折して戻ってきたり。
それを見るたびに、やはり田舎が一番と地方銀行の窓口の仕事に精を出す毎日だった。
二十歳の時に彼氏ができた。
高校卒業して都会に行ったが、水が合わず戻ってきた同級生だった。一年付き合い、結婚することになった。
婚姻届提出と式は同じ日に行う予定で、結婚と同時に彼の家に住むつもりだった。
そうして、結婚式の前日、娘として最後の夜、父と母と食事をしているとスマホが鳴った。
「すっごい!枝里ちゃんからメッセージがきた!」
「おお、よかったわね」
「ずっと心配してたからなあ」
枝里ちゃんとは、谷山枝里子のことで、彼女の親友で姉のような存在だった。枝里子の家族はシングルマザーの家庭で、母親が事故でなくなり、兄であったマキの父が彼女を引き取ることになった。
マキが十歳の時から一緒に住み始め、枝里子は高校卒業後、都会へ就職。それからぱったり行方がわからなくなった。メッセージを送っても返事がこない。電話をしても取らない。勤務先と思われた場所には彼女は働いていなかった。
警察に届けようかと思ったが、両親に止められ、ずっと連絡してなかった。というのはメッセージは受け取っているようで、いつも既読マークがつくのだ。訳がわからないと思いつつ、マキは何かあるとメッセージを送り、既読マークがつくと安心していた。
もちろん結婚のことも知らせており、結婚式にも招待した。けれども既読マークはついている。そんな中、メッセージが届いた。
「お、お父さん!お、お母さん!」
メッセージを開き、読んでみるととんでもない内容だった。
『マキちゃん、結婚式に参加できなくてごめんね。私、殺されるかもしれない。怖い!』
ずっと連絡がなかった枝里子からのメッセージ。冗談とは思えず、警察に連絡した。
警察だけに任せておけず、マキは反対する両親を押し切って、警察官と一緒に枝里子が住んでいると思われるアパートへ向かった。彼女の居場所はメッセージの発信場所から警察が割り出した。
扉は開いており、警察官はノックした後、中に入る。
「篠田さん。こちらでお待ちください」
マキも一緒に入ろうとしたのだが、中に入った警察官が直ぐに出てきて止めた。それから数人の警察官が部屋の中に入る。
「他殺だ。死んでる」
そんな声が聞こえてきて、マキは中に押し入ろうとした。しかし、警察官によって止められた。
「落ち着いてください!後で説明しますから!」
マキは中に入ることができなかった。
そして警察署で状況を聞くことになった。
両親も結婚相手である山内典介も警察署に来たが、事情を直接聞けたのは身内であるマキとその両親のみ。
枝里子が胸を刺され殺されたことを聞き、マキは泣き叫んだ。そして後悔した。今日ではなく、もっと早く彼女の居場所を探し出していればこんなことはなかったのにと、ひどく後悔し、スマホを握りしめた。
結婚式は二ヶ月後に延期になった。田舎の町なので、 枝里子が殺されたことは直ぐに伝わり、結婚式が延期されるのは当然と皆理解していた。
アパートの部屋は警察によって十分調べられた。枝里子の遺品は事件が片付くまで引き取れないようだった。
「こんなこと、信じられない」
「そうだな。誰がいったい」
彼女の未来の夫の典介は同級生なので枝里子とも知り合いだった。
「……俺、長夜町で枝里子とあったことがあったんだ。でも口止めされてマキに話してなかった。こんなことなら話せばよかった」
「ひどい。なんで秘密にしていたの?私はずっと枝里ちゃんに会いたがっていたの知ってるでしょ?」
「ごめん。本当にごめん」
典介は泣き出したマキを抱きしめながら、謝罪を繰り返した。
三日後、犯人が捕まった。
枝里子の仲が良かった男だった。
彼女を殺した犯人が見たくて、マキは面会を申し出た。
犯人の方からも希望が出ていて、二人の警察官が立ち会い、犯人を拘束した状態で会うことができた。もちろん一人ではなく、マキの隣には未来の夫の典介が付き添っている。これは典介が強く望んだことで、警察官も渋々了承した。
「マキさん。初めまして。ずっとあなたに会いたかった」
男から最初に出た言葉に、マキは面食らう。
「杉山さん。会わせてくださってありがとうございます。これから僕が話す事は事実です。罪を逃れたいと思って言っているわけではありません」
杉山とは取調べを担当した警察官だった。
犯人、甲斐田は殺人犯とは思えないほど穏やかな男だったが、動機については口を黙み、マキだけに話すと杉山警察官に答えていた。
「これから録音をします。よろしいでしょうか?」
杉山警察官は確認を取るようにその場にいる者に問う。事前にすでに録音する同意書には署名しており、それは単なる確認だった。
全員が頷いたのか確認して、杉山警察官は犯人甲斐田に促した。
マキはこの部屋に入るまで、怒りで自分がどうにかなりそうだったが、甲斐田の落ち着いた様子、その表情を見ておかしなことに怒りが収まり冷静になりつつあった。それは隣に典介がいて手を握っているのもあったが、甲斐田が何かマキの知らない事実を知っているような気がしたせいもあった。
「僕は、睡眠薬を多量に服用して自殺した枝里子の胸を包丁で差し、他殺のように見せかけました。あなたにメッセージを送ったのも僕です」
「嘘!」
「マキ」
直ぐに声をあげたマキを典介が止める。
どうして、と思い彼を見た彼女は、典介の表情に苦渋の色が浮かんでいるのがわかった。
彼が何かを知っている。自分が知らない何か知っている気がして、マキは気持ち悪くなった。
「枝里子はあなたから結婚の話を聞いてショックを受けてました。だから死のうとした」
「そ、それは」
初めて聞くことにマキは動揺する。そして同時に典介のおかしな様子、枝里子と会ったのに自分に伝えなかった事実を思い出し、ある結論に至る。
「も、もしかして、枝里ちゃんと典介さんは付き合っていたの?」
「違う!」
「だったらなんで」
否定されてもマキは納得できなかった。
涙が出てきて、視界がぐちゃぐちゃになる。
「マキさん。典介さんは浮気をしてませんよ。枝里子と付き合うとはありえません。それなら僕と付き合ってくれてもよかったくらいですよ」
「え?」
「枝里子はあなたが好きだったのです。あなたに恋愛感情を持ってました」
「嘘、そんなの嘘よ!」
「本当だ」
首を振って否定しようとする枝里子に典介は答える。
「だ、だったら、枝里ちゃんは私のせいで、死んだの?」
「ええ。私はあなたにそれを知って欲しかった。だから他殺に見せかけて、メッセージを送ったのです」
「そんな、いやああ!なんで、なんで。私は知らなかった。そんなの、知っていれば!」
「落ち着け。マキ」
結局マキが取り乱し、面談はそこで中断した。
そしてその日以来、マキは人が変わったようになってしまった。心配した両親は医者に見せたりしたが、何も変わらなかった。
マキは両親以外と会おうとしなかった。
典介が何度も会いにきたが拒否した。
「枝里ちゃん、枝里ちゃん!」
部屋の中でマキは何度も彼女の名前を呼んだ。
「枝里ちゃん、なんで教えてくれなかったの?私だって枝里ちゃんのこと好きだったのに。どうして一緒に連れて行ってくれなかったの。枝里ちゃんが教えてくれれば」
マキは枝里子を好きだった。
それも恋愛対象として。女性が好きなのかと思ったこともあったが、枝里子以外にそういう気持ちになったことはなかった。
彼女と一緒にいると、触りたいとかキスしたいとかそういう欲望が出てきて、一緒にいると辛くなることもあった。
だから、彼女が都会に行くと聞き、安心した。
それからメッセージに返信もなく、電話をしても取ってくれないことから、嫌われているのだと思った。しかし、メッセージに既読マークがつくし、ブロックされてないことから、嫌われていないかもしれないと、メッセージを送り続けた。そんな時典介に告白され、付き合ってみることにした。
田舎の結婚は早い。
孫の顔も見たいと急かされ、典介の両親とも気があったので、プロポーズされた時に、彼女は頷いた。
結婚することを伝える時、迷った。しかし、マキは自分の気持ちにケジメをつけるためにも、メッセージを送った。
既読マークのみがあり、結婚式への参加について回答はなかった。
それで、彼女はほっとした。
枝里子の前で結婚式を挙げる自信がなかったからだ。
甲斐田との面談から三日後、マキの声が部屋から聞こえなくなり、両親は心配になって、扉を壊した。彼女は首を吊って死んでいた。
典介はそれを知り、空に向かって吠えた。
彼は知っていたのだ。
マキの気持ちも、枝里子の気持ちも。
そして両親も二人の気持ちを知っていた。
だが、納得できず二人を引き離した。
せめてもの償いと、両親は二人を同じ墓に入れた。
そして永遠の愛を意味する桔梗の花を添えた。
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