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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第一章『魔力を持たない英雄』
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5. 宴の席

「こちら、ホドス様秘蔵の葡萄酒です」


「あ、ああ……ありがとう」


 石の杯に酒を注ぐ音と、困ったような笑い声があらゆる方向から聞こえてくる。


 大きな石のテーブルがまばらに並んだ広々とした一室で、エルピネス様の国王就任を祝う宴が開かれていた。


「先生、起きてきて大丈夫なのですか?」


 俺は当たり前のように宴に出席しているソポス先生に声をかけた。先ほど自ら拷問用の毒を飲んで引っくり返っていたのに、こんなに早く戻って来るとは思わなかった。


 ボサボサのだらしない髪を手櫛で撫でつけ、先生は心底退屈そうに答える。


「病院のおばちゃんに無理矢理叩き起こされたンスよ。せめて宴くらいは出ろって。はあ~、すっぽかしたかったなぁ~」


「しーっ! 余計なことは言わなくていいですからっ」


 先生はいつものように人骨の仮面をつけ、着物も色あせて、とてもではないが公の場にふさわしい格好ではなかった。


 しかしさっきの出来事について何も知らない人がいてくれるのは正直ありがたい。


 エルピネス様による事実上の脅迫により宴の席はとても気まずい空気になっていた。アガペーネ様はあの後本当に屋敷へ帰ってしまうし、そんな状況で気楽に酒を飲めるわけがない。


 葬式のような空気でいてくれたほうが余計な騒ぎも起こらず、室内の監視はしやすくはなるのだが。


「うっひょ~! 黄金の衣がよう似合っとるのう~! このこの~、男前になりよって~!」


 と思っていたら、ホドスネス前王がエルピネス様の晴れ姿を褒めて大はしゃぎしていた。


「ムフフ、さすが父上。この魅力が分かりますか」


「おお、分かる分かる分かるとも! あー、そうじゃな。えーっと、衣の黄金色がとても豪華で、その~……すごいのう!」


「父上っ? 服以外も褒めて欲しいのですがっ?」


 上機嫌な親子の様子に城外の者は呆気に取られていた。だが素の彼らはいつもあんな感じだ。


「お注ぎいたします」


 ホドス様の杯に酒を注いでいるのはアスピダ様だ。王たちと話しながらもぎょろぎょろとカエルのように目を動かし、室内の人々を監視していた。


 エルピネス様は葡萄酒には構わず、なんとかホドス様から褒め言葉を引き出そうと食い下がる。


「父上、よく見てください! 魅力に満ち溢れた息子の姿を! どうです、この気品あふれる眼差し! 男らしい体格!」


「そ、そうじゃな」


 困ったような反応をするホドス様の横で、アスピダ様が真顔のままぱちぱちと拍手した。


「さすがは我が王、面白すぎます」


「今の言葉のどこに笑い所があったというのかね! というか笑ってもいないではないか!」


「ダハハハハハ!」


 一瞬アスピダ様が大笑いしたのかと思いぎょっとしたが、違った。


「美味い! どれもこれも美味いぞぅ!」


 ホドス様たちだけがはしゃいでいたわけではないようだ。カコパイーニというラクスの監視官も、大いに宴を楽しみご馳走を貪っていた。


 監視官とは同盟に際して作られた役職の一つで、その名の通り互いの国の行動を監視する者のことだ。この宴の席にも各国から一人ずつ送り込まれている。


「こんな美味いメシをタダで食えるなどラクスでは考えられんことだな! ヌハハハ、やはりサクスムとは天国のようなところよ!」


 カコ監視官はそう言うと、ぎゅるるると無遠慮にゲップして、部屋中に響き渡るほどの大音量で屁を放った。


 それを詫びもせず、贅肉でぶくぶくと膨れ上がった巨体でテーブルの周囲を歩き回り、次々と料理をかっさらっていく。なんと品のない男であろうか。周囲からは当然嫌な顔をされるが、気づく素振りすらない。


 しかし彼は見た目通りの馬鹿ではない。馬鹿では監視官の立場に就けないからだ。能天気そうに振舞っているのは油断を誘うためかもしれなかった。品性の欠片もないという点に変わりはないが。


「ふぅ~、食った食った! 次は酒だな! 今食ったメシと同じだけ飲んでやるわ! ……お?」


 彼は用意された中でもひときわ大きな酒樽に近づく。しかしその樽に先に手をつけた者がいた。


「おーっと、味の善し悪しも分からなさそうな野郎にこの酒はやれないにゃあ」


 俺はその姿を一目見た瞬間に頭を抱えそうになった。これはほぼ確実に面倒事になる。


 サクスムの兵士だった。猫のように丸っこいつり目をしたその男は、猫の耳のように先が二つに分かれたトンガリ帽子をかぶり、得意げに口の端を上げている。俺の同僚イェネオスファムだ。


 コイツは俺の真の実力に気づけないお馬鹿さんだが騎士の家系の生まれで、身分だけは立派だった。今日は貴族として参列していたというわけだ。


 カコ監視官は悪態をつかれたことなど気にも留めず、酒樽にさらなる興味を示す。


「ほう、それほど良い酒なのか?」


「そりゃあもう、なんか……貴重ですごいらしいぜ。にゃはははは!」


 ほとんど答えにもなっていないようなことを言ってイェネオはげらげら笑った。


 この男、普段ならば俺の実力が分からない以外は常識的な人間なのだが、酔うとかなりの阿呆になるのである。


「ダハハハ! なんだお前さん、知ったような口を利いたわりに何も分かっていないのではないか!」


「にゃあ? お前やっぱバカだろ? 酒は頭じゃなく舌と鼻で味わうもんだぜ。舌さえ肥えてりゃいいんだよ! にゃはははは!」


「む? 美食家というやつか? ああいった連中のよくする、チビチビと口に含むような食べ方が我にはどうも理解できん! 実につまらん趣味だな!」


「にゃに~? おいお前、訂正しやがれ! 俺様は楽しい男だぞ! いっぱい飲むのも得意だぞ! お前なんかよりもにゃあ!」


「ほほう! 面白いことをのたまるではないか! 飲む量で我に敵うつもりとは思わなかったぞ。ダハハハ! ならば勝負だ!」


 やはりこういう展開になるか。俺はやれやれと首を振った。


 酒豪対決と聞いて周りも二人に注目し、宴らしい盛り上がりを見せ始める。葬式のような空気も困るが、騒がしすぎるのも勘弁してほしい。見張りがしにくくなる。


 それからどれほど経っただろう。酒が数十杯目に至った時、既にお互いいつ倒れてもおかしくないほどふらふらになっていた。


「ぬおお! ロギオス殿は我が友! ならば一心同体、一つの同じ人間である! そういうわけで我ら二人で飲んだ分がイェネオ殿より多ければ我の勝利となるぅ!」


「ちょっ、そない無茶苦茶な。堪忍してくださいよ……」


 なんとここでカコ監視官が助っ人を引きずってきた。ウェントスの監視官ロギオス・ピスティス――いかにも気弱そうな冴えない中年男性だ。困り眉で苦笑しているところから、一方的な友情と見える。


「にゃ? 味方を呼んだのかぁ? にゃははっ、ルール違反だ! お前の負け~!」


「ダハハ! 勝手にルールを作って縛られるとは、やはりお前さんはつまらん男だな! つまりお前さんの負けだ!」


「にゃんだとぉ! この豚ァ!」


「ぬはは! やるか小僧!」


 とうとう取っ組み合いの喧嘩が始まってしまった。ああ、なんと低俗な。できれば近寄りたくないが、友人としてこれ以上イェネオに醜態を晒させるわけにもいかない。


「おいお前ら、そのくらいに――」


「ぬぷっ!」


 止めに入ろうとした瞬間、互いをつねったり引っ搔いたりしていた二人の動きが止まった。同時に倒れる。


 賑やかになっていた場が静まり返る。そこにイェネオたちの苦しげな声が響いた。


「飲み、すぎた……」


「もう……飲めん……」


 止めに入るのが遅すぎたか。イェネオの名誉を守れなかった。


 ふむ、それにしても。


 カコ監視官を馬鹿ではないと言ったが、大きな間違いだったようだ。撤回しておこう。







 馬鹿騒ぎがあったおかげか宴の後半は多少和やかな雰囲気になり、言い争いなどが起こることもなく無事に終わった。


 本来サクスムの宴と言えば夜通し行われるものだが、エルピネス様は明日も演説がある。主役に無理をさせるわけにもいかない。


 そういう事情で、第二十一刻――一日の終わりの鐘が鳴る時間に解散となった。


『霧の城』に属さない者は城下町の宿に泊まってもらうこととなっている。城に泊めないことについては、表向きは最上級の寝室で眠って欲しいからだと言っているが、実際は城内に部外者がいる状況が好ましくないからであった。『霧の城』は侵入こそしにくいが、一度中へ入られてしまえばさほど守りが固くない。


 しかし酔いつぶれた者も少なからずいて、彼らに関しては強引に帰らせるわけにもいかなかった。


 代わりに大きな寝室にまとめて泊まってもらうこととなり、夜警たちが彼らを一晩中監視する羽目になった。その警戒は厠に向かう時すら付き添いが必要になるという厳重さだ。


 もっとも今のところは皆いびきをかいて眠るばかりだ。介抱させられることはあるだろうが、危険が伴うようなものでもない。


 今夜何か起こり得るとすれば、俺たち見回り役の方だろう。普段から城の巡回を任されている俺たちは、いつも通りに同じ仕事を与えられた。


 やることは同じでも緊張感は倍以上だ。今日は多くの客人が来た。部外者が最も侵入しやすいタイミングである。


 薄暗い廊下を進みながら、不審な影がないか目を凝らしていた。


 等間隔に並んだ壁の灯りがゆらゆらと揺れている。『繋がれたフランマ』という、魔術で生み出された消えない炎が、壁にできた窪みにむき出しの状態で置かれている。


 子どもの頃は薄暗い廊下で揺れる炎が不気味で一人では歩けなかったものだ。今ではすっかり慣れた……つもりだった。


 何故だろうか。青い炎が揺れるたび胸がざわつく。廊下を流れる風にさえひやりとする。


 炎の国フランマでは、人間の魂は炎でできているとされるらしい。宴中にフランマ人がそんな話をしていたせいか、並んだ炎が死んだ人々の魂のように見えてしまった。


 城内に悪党が忍び込んでいる恐れはほとんどない。本日渡し舟で城に入った者たちはホールに着くまで常に見張られていたし、帰りも同様だった。就任式や宴の時も部屋には警備がついていた。


 城が空に浮かんでいる以上は『空泳船』以外の方法で侵入することは不可能であり、客人たちは終始見張られている。そんな状況で悪意ある侵入者など現れるはずがないのだ。


 しかし、ほとんどあり得ないと分かっていてもなお、不吉な予感が胸の内から消えない。


 廊下を曲がるたびに唾を飲んだ。危険があふれる夜の森を一人彷徨うような心地だった。


 ふいに俺は足を止める。ちょうどスキア様の寝室の前に差し掛かったところだ。立ち止まってから、自分の耳が小さな音を捉えたことに気づく。


 足音だ。誰かが来る。


 壁の炎が揺れる。廊下の奥――突き当たりにある階段から大きな人影が現れる。


 模様のない平らな仮面をつけた大男が、大きな彫刻刀を握りしめて歩いてきた。









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