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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第六章『花国探偵の推理劇』
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2. 招集

 同日、第十七刻。『霧の城』のホールにて、人々が集められた。


 数多くの灯りを取りつけられた天井から光が降り注ぎ、白く眩しい壁が床を輝かせる。儀式の場所にふさわしい神聖さを感じさせるこの部屋は、この三日間、重要な場面で二度に渡って使われた。


 一度目は国王就任式。エルピネス様が王位を継承した時。


 二度目は断罪の儀。王殺しの罪を裁こうとウェントス兵を捕まえた時。


 そしてまた今日、三度目の儀式が執り行われようとしている。


 告発の儀。花国探偵であるカリダ様が、確かな根拠を持って王殺しの犯人を告発する。皆が集められたのはそのためだった。


 この場にいる人は例外なく、王の死を知っている。事件発覚時城内にいた者、それから、城の外から連れてこられた者たちである。


 その中で注目すべき人物は、監視官と犯人候補であろう。


 ホールの中心を頂点とした階段状の床に、彼らはそれぞれ立っていた。


 頂点は空席となり、その下に監視官、さらにその下に犯人候補の七人が立ち、最も低い位置からその他の者たちが傍聴する形だ。


 監視官は四人いる。フランマとフロースの監視官、カコパイーニの代理として置かれたラクスの貴族、それにウェントスのロギオス・ピスティス監視官だ。


「あらかじめ言うときますけど、ホドスはんの潔白が証明されへん限り、サクスムの無実は認められまへんからなあ。巨神の件は気の毒やけど、前言撤回する気はありませんので」


 ロギオス監視官はサクスムの人々を冷たく見下ろし、きっぱりと言った。


 監視官が集められた理由は当然それだ。昨日、ホドス様は捕まえたウェントス兵を犯人と決めつけ、五国同盟の決まりにのっとってウェントスを滅ぼそうとした。しかし兵士は無実であり、真犯人は身内の中にいた。


 もしもホドス様がそれを知っていて、にもかかわらずウェントス滅亡を主張したとすれば、明らかな他国への攻撃である。五国同盟において許可されていない戦争行為は同盟違反と見なされ、残りの国から総攻撃を受けることとなる。


 それが殲滅を意味するか他国への隷属を意味するかは同盟の決定次第だが、少なくとも、サクスムが滅亡することに変わりはない。既にそのことはロギオス監視官が明言しており、たった今それを念押しされたところであった。


 だからサクスムは無実を示さなければならない。真犯人を捕らえるのと同時にホドス様が事件と無関係であることを明らかにし、監視官たちを納得させねばならないのだ。


「はは、せっかく危機を切り抜けたのに、まだまだ気が抜けないね」


 監視官に見下ろされる犯人候補の七人――そのうちの一人であるスキア様が軽い調子で笑った。


 平然と構える彼を、俺は監視官のさらに上、ホールの頂点に近いところから見やり、唾を飲む。


 今朝からスキア様のことは気がかりだった。彼がサクスムで騎士を務める理由を知ったからだ。


 元々、エルピネス様の側近であった彼がその死を悲しんでいることは知っている。けれど理解しきれていたとは言えないだろう。猿の魔獣に捨てられ、エルピネス様に拾われた彼は――他者を信じられなくなってもなお、騙されることを恐れず騎士となった。それがどれだけ難しいことだったか余人には想像もつかない。その忠誠心の固さもまた、俺たちの常識をはるかに超えるものかもしれなかった。


 その絆を叩き壊された恨みは計り知れない。彼はどんな気持ちでこの席に臨むのだろう。余裕そうに浮かべた笑みの裏で何を考えているのだろうか。


 無論気がかりは彼だけではない。


 ホドス様は階段に用意された椅子に座り込み、項垂れている。先ほどわずかに取り戻した目の光も、事件のことを思い出して消えてしまった。肉親を殺された怒りは一時的にでも人を動かす力になるものだが、それも身内が犯人となれば上手く働かない。今、彼の心は底なしの沼の中にある。


 フィリアーネ様は無表情に監視官たちを見上げている。何を考えているのか読み取れないが、やはり心配だ。犯人の正体を知った時、彼女はどのように向き合うのだろう。あるいは俺も、フィリアーネ様が犯人だった時に向き合う覚悟はしておくべきなのかもしれない。


 アガペーネ様は椅子に座って足と腕を組み、堂々としていた。真っ赤な瞳は苛烈なほどの迫力で監視官に視線を返しているが、見た目ほど彼女が強くないことを俺は知っている。人の目を気にして苛立って、どうしようもなくなって強がっていたお方だ。彼女の中にも底知れぬ恐怖が渦巻いているに違いなかった。


 カストロニアは真っ青な顔でぜぇぜぇと息を切らしている。下と上の人々をきょろきょろと見回しては不安に追い込まれていく様子が哀れだった。どこかのタイミングで彼女の感情が爆発してしまわないかと違う意味で不安だ。


 アスピダ様は……いつものように目をぎょろぎょろとさせ、真顔で立っていた。彼は問題ないだろう。


 ソポス先生も眠たそうにあくびをしていた。彼女も問題ないだろう。しかし――もし彼女が犯人であった場合、俺の方が受け入れられるか不安だった。彼女は魔術の先生であり、普段からお世話になってきたお方だ。家族同然の恩師がこのような儀式の最も注視される場所に立っているのは気が気でなかった。


 正直言って、心の準備ができていない。巨神の事件に調査を邪魔されていたから、犯人が分かるのはもう少し先のことだと思っていた。カリダ様によれば今朝にはもう答えを得ていたそうだが、王都全体が慌ただしかったために言うタイミングを待っていたらしい。


「ひゃっ?」


 その時、傍聴する人々の中から短い悲鳴が漏れた。ファルマコセキニーー今回の事件発覚に貢献したラクスの学者の姿があった。エンパイーニ医師の従者の振りをしていたそばかすの女性だ。


「キュー、キュー」


「な、なんだ……あなただったの」


 何事かと思えば、エルピネス様に飼われていた例のハリネズミが足にすり寄って来ていたらしい。彼女が抱き上げて頭を撫でてやると心地よさそうにとろけ出した。まったく、こんな時に……。


 緊張感の欠片もないハリネズミの姿にため息をついた時、東側で扉が開いた。ようやく英雄の登場である。


 魔力を持たない英雄、あるいは花国探偵。かつて戦争を止め自国を救った小さな女性――カリダ様が少し遅れてやってきた。


 彼女は迷いのない足取りでホールの中央、つまりはこの場で最も高い位置に立った。俺はその隣で頷く。いつものほわほわとした温かい笑みが返ってきた。


 カリダ様はいつも通り、緑のローブに身を包み、色とりどりの花が咲くトンガリ帽子をかぶっていた。その帽子を頭から外し、自身の胸に当てる。波打つような金色の長い髪がふわりと揺れ、どこまでも深く青い瞳が人々を見下ろした。


「もう聞いてると思うけど、今回の国王暗殺事件――その犯人が分かったの。今からその根拠を話すね~。説明が全て終わった時には、皆もきっと、その答えに納得してくれると思う」


 俺が傍に立つのは、証人になるためだ。聞き込みの最中に知ったことの全ては同行した俺もよく見聞きしている。彼女が口にすることに間違いがあれば俺が訂正することになっていた。


 だがきっとその必要はないだろう。花国探偵の推理を俺は信じていた。


 場の空気が張り詰め、誰かが唾を飲む音がした。皆がカリダ様の次の言葉に耳を傾けている。


 わずかな沈黙の後、カリダ様が短く息を吸う音を聞いた。


 サクスムの命運を握る告発の儀。花国探偵による最後の推理劇が、始まる――。














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