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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第五章『魔獣戦線』
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6. 魔獣の子

 その場で始まったアスピダ様の尋問により、猿の魔獣から様々な情報が手に入った。


 まず、この猿こそが今回の計画の首謀者である。数多くの魔獣たちを率いる女王のような存在で、どんな生き物とも意思疎通できる能力によって魔獣たちに命令を下していた。少年ではなく女王猿であったことにも驚いたが、猿の魔獣にそのような力があることも知らなかった。


 それから王都襲撃計画について。やはりというべきか、その根幹は『岩の巨神』を頼みの綱としたものであり、あれが倒された時点で敗北は確定していたということ。猿の魔獣が攻撃してきたのも怒りに任せた無謀な行動に過ぎない。


 猿の魔獣たちはそれほどまでにサクスムを憎んでいた。三年前、辺境都市を襲おうとし妨害された彼女らは、多くの同胞を殺された。サクスム側から見れば正当な防衛戦でも、魔獣たちからすれば凄惨な大虐殺に他ならなかった。大方の予想通り、彼女らの目的は復讐だった。


 国門で返り討ちにあった例の大軍勢については、やはり単なる囮に過ぎなかった。彼らはそれを知った上で、少しでもサクスムに被害を与えようと挑んできたようだ。彼らは本気で、以前の仲間の仇を討とうと心を燃やしていた。


 仲間の魔獣はまだまだいるようだが、作戦に関わったのは国門に来た者のみで、この件に積極的だった残りの味方は全て人間だそうだ。


 魔獣飼育施設マムニカ。やはりあそこにいた者たちが裏で動いていた。ここ二年ほど、水面下で『岩の巨神』強奪計画に必要な情報を集め、さらには協力してくれる人間を雇ったりもしていたという。カコパイーニからもらった多額の資金をつぎ込み、裏切り者を確保していたのだ。


 俺たちがマムニカで会ったたくましい女主人――ミテラもまた魔獣の仲間だった。彼女こそテクネーの家に襲撃に来た甲冑のうちの一人であり、『岩の巨神』の操縦者であった。


 この点に関し、あまり驚きはない。マムニカの者に襲われたことは既に知っていたし、『満たされた器』という高度な魔術を扱える者は限られている。だから予想はしていた。


 ただ、理由は気になる。ミテラが魔獣たちの仲間に加わった経緯と、サクスムを滅ぼそうとした動機についてだ。それについて猿の口から語られる前に、苛烈な尋問に耐え切れなくなった彼女は泡を吹いて気絶してしまった。


「復讐……復讐ね。それだけ聞くとまるでこっちが悪者だ。魔法の言葉だね」


 壮絶な尋問の様子に俺やホドス様たちが言葉を失う中、スキア様が平然と猿を見下ろしてため息をついた。


「さて、肝心の残党たちは『巨神』を解放するところまでが仕事だったみたいだね。つまり持ち場は元々巨神が置かれていた山奥ってことになるけど……さすがに同じ場所に留まってはいなさそうかな」


「さ、さあ。どうかしらね。決めつけられないとも思うけど……うっ」


 尋問を見て吐きそうになったのか、青ざめた顔で口元を押さえてアガペーネ様が言った。


「他に手がかりもないし、とりあえず行ってみるのはアリかもね~。計画の途中で負傷してたらその場に残ってるかもしれないしね~」


 カリダ様はいつも通りだ。あの恐ろしい光景を目にして顔色一つ変えないのはさすがだ。今は平然としているスキア様だって、初めて見た時には引いていたというのに。


「……」


 フィリアーネ様も気分が悪くなったのか、猿を見下ろして黙り込んでいた。


 と思ったが違うようだ。ふいに顔を上げ、動き出す流れになっていた皆を呼び止めた。


「待って。聞きたいことが、あと一つ」


 アガペーネ様がやれやれといった調子で息をつく。


「あのね、お姉様。そこの猿をよく見なさいよ。気絶してんだからこれ以上答えられないでしょ?」


「いえ、吾輩ならば起こせますが」


 アスピダ様が目玉をぐるんぐるんと動かしながら言い出すので、皆ぎょっとした。もうこれ以上尋問は見たくないのだが……。


 猿のそばでアスピダ様がしゃがみ込むのを見て、フィリアーネ様は首を振った。


「ううん、いい。スキアが答えてくれる」


 突然名指しされ、スキア様が目を丸くする。俺も予想していなかった。


「僕ですか?」


「そう。猿の魔獣と、スキア。どういう関係?」


 彼女が何を言っているのか分からず、混乱した。どういう質問なのだろうか。


「スキアは初めから、この魔獣を知ってた。そういう動きをしてた。まず、包帯を切ったのが変。最初に計画の全容と仲間の場所を聞いたのも、おかしい。初めから、彼女がどういう存在が知ってるみたいだった」


 言われて思い返せば、そういう気配があったようにも感じる。しかしそれは大したことではないはずだ。


「彼女のことは自分も……猿ということまでは知りませんでしたが、見たことがありました」


 俺は言った。


「以前の魔獣駆除の際に包帯を巻いた姿で現れたのです。『許さない』と呟いていたのをはっきりと覚えています。スキア様もきっとあの時に……」


「ニケ、それはあり得ない。スキアはその頃、王都軍にはいなかった。王都に来て騎士になったのは二年くらい前だから」


 はっとする。彼があまりに城に馴染み名をはせているから忘れがちだが、スキア様は二年前まで遠くの村に住んでいたのだ。そしてそこは、辺境都市とは違う土地である。彼が駆除現場にいたはずがない。


「ははは、さすが鋭いなあ。フィリー様には探偵の才能があるのかもしれませんね」


 スキア様は笑い、拍手を送る。それは彼女の言ったことを事実と認めたということだった。


「本当は言いたくなかったんだけど、これ以上隠すと変な疑いをかけられそうだし、認めるよ。確かに僕は彼女の関係者さ。というか、耳ざとい人ならとっくに気づいていたんじゃないかな。さっきその猿が僕に、『使い終わったゴミ』って言ったこと」


 そんなことを言っていただろうか。覚えていないが、本当にそのような発言があったなら明らかに不自然だ。


「ど、どういうことザマスか? ワタクシ、頭がこんがらがってきました」


「ウチは最初から聞いてなかったッスけど」


「ああもう、今大事なとこなんだからバカどもは黙ってなさいよ!」


 カストロとソポス先生が口をはさんできて、アガペーネ様が怒鳴った。大きく舌を鳴らし、スキア様に続きを促す。


「で? 勿体ぶってないでさっさと言って。スキア、アンタはその猿の何なわけ?」


「簡単に言えば、息子です」


「……は?」


「僕は幼い頃、彼女に拾われて育てられたんですよ」


 スキア様はありふれた世間話でもするようにさらりと告白する。爽やかに笑う彼の顔には深刻さの欠片もなく、何か冗談でも言っているかのように見えた。


「まさか……」


 俺はその事実を一瞬では受け止められなかった。魔獣に育てられた人の子――そんなもの、童話の世界でしか聞いたことがない。


「心理的な面を抜きにすれば、別におかしなことでもないさ。猿の魔獣の知能は人間と変わらない。意思疎通もできる。なら、人を育てることだって不可能じゃないだろう?」


 理屈は分かる。けれどもやはり戸惑いは消せなかった。魔獣に育てられた子がいるらしい――そんな風にうわさ話として聞く程度ならむしろ信じられたかもしれない。


 だが身近に、それも王都の騎士の中にそのような出自の者がいると聞いて、一体どれだけの人が受け入れられるだろうか。


「ま、そういう反応になるとは思っていたよ」


 スキア様は俺たちの様子を見て息をついた。


「どうせここまで明かしたんだ。いっそ最初から最後まで詳しく話すことにするよ。きっちり理解してもらったほうが、僕のことを信じてもらいやすくなる気もするしね」


 彼は語る。彼自身の過去について。最初から最後まで――そう宣言した通り、まさに彼の始まりである、生まれた当時のことから話し始めた。




     *




 水流騎士スキアダン。エルピネス様の側近である彼が王都からはるか遠くの小さな村で生まれたことは、サクスムにおいて、いや世界中においても有名な話だ。


 それは事実である。スキア様はごく平凡な村人同士の間に生まれた、名もなき家の子どもだった。


 通常、強い魔力を持つ子は強い魔力を持つ者からしか生まれない。しかし時には例外もある。彼はまさにその例外であった。


 両親は魔術の神の祝福に深く感謝したことだろう。けれど同時にスキア様の才能は悲劇を生んだ。


 戦士の素質を持って生まれた神の申し子がいる。その話は瞬く間に村中に広まった。人々はスキア様の生誕を祝い、村の未来を明るくしてくれることを祈った。


 けれどもその願いは叶わなかった。スキア様が攫われたからだ。


 猿の魔獣の仕業だ。スキア様は親のことも分からぬ赤子のうちに猿に連れ去らわれた。真実を知ったのはサクスムに来てからのことだ。大きな事件だったために王都にも記録が残っていたようだ。それによると、彼の両親は殺されたらしい。


 しかしかつての彼には知る由もない。猿に嘘を吹き込まれ、「人に捨てられたところを魔獣たちに助けられた」と信じて育った。


 スキア様にとって猿の魔獣は優しい母であり、彼女に敵対する人間は心のない悪魔だった。


 魔獣たちの住処は地下にある。古代文明が築いた巨大な地下世界が彼らの居場所だった。いわば魔獣の国である。


 魔獣はスキア様に親切で、優しかった。対して人間は地上を支配し魔獣を地下に追いやっている。そんな環境で育てば魔獣側に立つのも当然と言えるだろう。


 猿の魔獣はいつも言っていたそうだ。地上で堂々と暮らしたい。明るい空の下で新鮮な空気をたくさん吸いたい。それこそが全ての魔獣の願いであるのだ、と。


 だからスキア様も夢に見た。外に出たい、外で皆と暮らしたい、と。


 しかし彼はまだ知らなかった。猿の魔獣の本当の願いは地上に行きたいというささやかなものではない。憎き人間を踏みつぶし、あらゆる生物を支配したいという欲にまみれたものであった。


 三年前、ついに彼らは行動を起こした。サクスムの辺境都市を奪おうとしたあの事件だ。


 スキア様は魔獣を信じ、猿の言葉に従い、仲間のために戦った。計画は今回の事件によく似ている。魔獣の大群を囮とし、スキア様を本命として都市の中枢を狙うというものだ。彼の働きに全てがかかっていた。


 しかし用意周到に計画の準備をする猿の性格が裏目に出た。怪しい動きがあったとして、エルピネス様の目を付けられたのだ。魔獣たちは王都軍の予期せぬ加勢に敗北し、一斉に駆除された。


 俺は当時魔獣の死骸が積み上がる現場しか見ていなかったが、あの時スキア様も捕らえられていたのだ。


 今ならば考えられないが、当時の彼は未熟で、アスピダ様を始めとした王都の精鋭を複数も相手取ることができなかった。彼が最強の騎士となれたのは、王都で己を活かした戦い方を学んだ後の事だった。


「あの日のことはよく覚えているよ。僕が捕まった時、ちょうど猿も一緒にいたんだ。死ぬ覚悟はできていたんだけど、やっぱり怖くなっちゃってさ。助けを求めたんだけど……」


 スキア様は虚空に視線を投げてそう言うと、苦笑して首を振った。


「僕なんか道具に過ぎないってさ。短い時間で気が滅入るほどの暴言をぶつけられて、あげく置いて行かれちゃったんだ。人間の僕が嫌いで嫌いでたまらなかったらしい」


 スキア様はそれにより完全に戦意を失い、大人しく連行されたという。本来ならば処刑されるはずだったが、事情を聴いたエルピネス様に助けられ、全ての事実を隠して王都で生きることとなった。


 しかし今、過去を振り返る彼の顔に陰はない。隠しているのか本心かは読めないが、相変わらず爽やかな笑みを浮かべていた。


 カリダ様が近寄って背伸びをする。彼の頭を優しく撫でた。


「大変な経験をしたんだね。悲しかったよね」


「ははっ、そりゃあまあ当時はショックだったけどね! 今ではどうとも思わないよ。もちろん昔の記憶は消えないけど、サクスムに来てからの時間こそが僕の人生の全てなんだ」


 スキア様の話はもう少し続いた。


 王都に連れてこられた時、彼はもう誰も信じないと誓っていた。心を閉ざし、温情で与えられた部屋に閉じこもり、そのまま孤独に死のうとした。生きる意味を見失っていた。


 しかし結局、食欲を無視して倒れることもできなかった。無気力に、ただそこに存在し続けた。


 当然だ。もし俺が同じ立場でも絶望したかもしれない。俺がどんな時も自分を奮い立たせられるのは欲望があるからだ。まだやれるからではなく、まだやりたいから立ち上がれる。それらを失った時、自分がどうなるか想像もつかない。


 かける言葉が見つからなかった。だがスキア様は俺たちの同情の視線など気にも留めない。


「さて、ここで気になるのは――そんな状態だった僕がどうして今、サクスムで騎士をしているのかってことだよね? それについては簡単さ。エルピネス様というただ一人のお方に惚れこんだからだよ」


 彼は言い切った。王の側近であった彼の台詞なら説得力はあるが、言うほど簡単なことではないはずだ。彼は人生のほとんどを母として慕った猿に、罵倒された上で裏切られた。そんな過去を持つ者がまた誰かを信じられるものだろうか。


 疑問に思われることはあらかじめ予想していたのか、誰かが問う前にスキア様は続けた。


「別に、何か特別な出来事があったわけじゃないよ。たかが一度の出来事なんかじゃ、心を閉ざした人間のまぶたはこじ開けられない。僕の心を変えたのは、エルピネス様のくださったもの全てだよ。かけられた言葉、向けられた眼差し、与えられた生活、その全てが温かさで満ちていて――猿から向けられた偽りの愛情とは決定的に違っていた。そういうのって、理屈よりも肌で感じるものだろう? もちろん、『王子の演技が上手いだけかもしれない』って疑ったこともあるよ。疑心暗鬼から逃れるのはそう簡単なことじゃない。それでもお仕えしようと思えたのは、そうだね……一言で言うなら、騙されてもいいと思ったからかな」


 それまで軽い調子で話し続けていたスキア様が、その時初めて笑みを消し、視線を逸らした。


「たとえ駒として利用されて命を投げ出すことになったとしても、エルピネス様の力になれるのなら構わない。きっと僕は後悔しない。そこまで思えたのなら、もう迷う必要なんてないんだ。ははっ、改めて言うとちょっと恥ずかしいね!」


 スキア様は思い出したように笑って見せたが、俺は笑えなかった。


 もうエルピネス様はいない。ならば残された騎士はどうしていけばいいのだろうか。


 しばらく沈黙が落ちた。俺以外の皆も気安く声をかけられない様子だ。いや……ソポス先生やアスピダ様など、気まずさなど欠片も感じていなさそうな人たちもいるが。


 空気が重いのを感じてか、スキア様が再び口を開いた。


「僕の話はこんなところだよ。もうこれ以上語ることはない。ああいや、マムニカのことがあったか。連中は魔獣の国の出身ではないよ。魔獣を愛護する人々は僕が生まれるよりもずっと前からあったものなんだ。マムニカを作ったのはその中の一部の人間なんだろう。だから彼らのことを疑わなかったんだけど、まさかよりにもよって猿の魔獣の味方に付くとはね。きっと正当な復讐だなんだって適当なことを吹き込まれて力を貸してしまったんだろう。この猿、本性を隠してる時は本当に口が上手いからね!」


 スキア様はぺっと唾を吐き、未だに気を失っている猿の魔獣を蹴りつけた。本気ではなく、茶化した様子だ。裏切られた過去を持ちながら、猿を見ても彼が怒りを見せる様子は全くなかった。


「……ん。大体分かった。ここまで聴ければ今は十分」


 フィリアーネ様が頷いた。真実を飲み込むには時間がかかりそうだが、ひとまずこれで抱いていた疑問は解消されたと言って良い。


「もう聞きたいことはないのよね? じゃあ、さっさと次の話に移りましょうよ」


「ん。やるべきことが、たくさん」


 アガペーネ様とフィリアーネ様の言った通り、スキア様の話を聞いて終わりというわけにはいかない。疑問を解消したのは彼の身の潔白を信じるためでもあるが、状況を整理して今後の動きを決めるためでもある。これから民への説明や街の修復、マムニカの残党探しなどすべきことがたくさんあった。


「う~ん、今は待ってた方がいいかなぁ~」


 さっそく皆が話し合いを始めたり動き出したりする中、ふと俺は、カリダ様が何か考え込んでいるのに気づいた。


「どうかされましたか?」


「ううん~、何でもないよ~」


 カリダ様は笑顔で首を振る。それからすぐに彼女の視線が動いた。


 どこまでも深く青い瞳が、じっと一点を見つめる。その眼差しは、とある一人の人物に向き続けていた。






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