3. 魂を蝕む悪魔
翌日の第十五刻――白昼と夕方の間に位置する時間帯。
俺はこれから見られる儀式にわくわくして鼻息を荒くしていた。
サクスムの王城には、中に入ってすぐのところに円形のホールがある。正確には、渡し舟の泊まる一階から階段を上がり、最初に待ち受ける部屋だ。
黒い壁と黒い床ばかりが続くように思える『霧の城』だが、それは廊下に限った話であり、ホールに使われる石材は白く眩しい。高い天井に取りつけられた大量の灯りが太陽のように輝き、神々しい気配を生み出している。
ホール内の床は階段状になっており、中央へ向かうほど高く、天井からの光をより強く浴びる。まるで天からの眼差しが降り注いでいるかのような、神聖な儀式を執り行うには絶好の場所であった。
そう。国王就任式はこの場で行われる。既にホールにはサクスムの貴族が並んでおり、加えて外の国の貴族王族も新たな王の誕生を一目見に集まってきた。
岩の国サクスム、風の国ウェントス、湖の国ラクス、炎の国フランマ、花の国フロース――これら五国こそは今この世界に存在する国の全てであり、その全ての国の人間が今この場にいる。
エルピネス様の国王就任は全世界が注目するほど重大な出来事なのだ。
「キーッ! ムキーッ!」
そんな場でいきなり猿のような奇声が聴こえてきた。
「どういうつもりなのでしょう! このような時にどこをほっつき歩いているのザマスかっ?」
耳にキンキンと響くようなやかましい声で初老の女性が騒いでいる。
座布団のように髪を平たく束ねた彼女は、城で働く使用人だ。カストロニアという。
「騒々しいぞ、カストロ。皆の目があることを忘れるな」
「うるさいザマス! 今はそれどころでは……」
カストロは目を吊り上げて言い返してきたが、俺だと気づいて声を詰まらせ、周囲の視線にも気づき顔をひきつらせた。
「オ、オホホ……ニケ様でしたの。失礼いたしましたわ」
「何を騒いでいる。この儀式に関することか?」
「それが、その……」
周りの目を気にしたように俺を壁際まで連れていき、声を潜めた。
「王子がいらっしゃらないのです」
「なんだと?」
予想外の話に目を見張った。
「どういうことだ、就任式までもう一刻もないじゃないか」
「ワタクシにも分かりませんわ! 本来ならばとうに着替えを済ませている頃だといいますのに! ムキーッ!」
「ははは、大丈夫だよ。もう戻ったからね」
爽やかな笑い声が聞こえ、振り返る。
見目麗しい乙女のような、けれど切れ長の目は凛々しく自信に満ち溢れた、中性的な美青年の姿があった。
「王子……?」
「あんなに美しく育たれていたのか」
部屋中から彼に見惚れたような声が聞こえてくる。
さらさらとした亜麻色の髪と白く透き通った肌は、誰がどう見ても平民のものではない。すらりとした立ち姿もしっかりとした教育を受けた者のそれに違いない。
だから皆が勘違いしてしまうのも無理はなかった。
「あはは、僕は王子じゃないよ。スキアダン――ああいや、『水流騎士』と言えば分かってもらえるかな」
「水流騎士!」
「ほう、あれが噂の!」
王子でないと明かされたにもかかわらず人々の反応は未だ熱を帯び
ている。
それもそのはず、『水流騎士』スキアダンと言えば、今のサクスムで最も戦闘能力に長けるとされた、英雄的な騎士の名である。
今から二年前、王子の一声で突如として騎士になった彼は、その少し前まで辺境の小さな村で暮らしていた。多くの者が彼のことを知らず、当初はそんな者に騎士を任せて大丈夫なのかと騒がれもした。しかしそれらの声を圧倒的な実力で払いのけ、瞬く間に王子の側近にまで成り上がったのだ。
側近の彼がここにいるということは、近くにあのお方がいる可能性も高くなる。
「ムフフ……君たち、今からそんなに興奮して大丈夫かねぇ? 私の姿を見たら卒倒してしまうのではないか?」
そう。側近はいつも王子のそばにいる。
「おお、あれが!」
「王子様? 王子様なの? 騎士様があれほどお美しいのだから、きっと王子様は光り輝いているに違いないわ!」
スキア様の登場で期待が高まったことで、ホール内の空気はすっかり温まっていた。心なしか女性陣の盛り上がりが凄い。
「ムフフ……察しの通り、この私こそが次期国王、エルピネスなのだよ!」
エルピネス様は大きく胸を張り、ふんすと鼻を鳴らして自己紹介した。
「え……あ、そう……」
「あー、なんというか、その……」
どこからか上がっていた声の通り、王子は光り輝いていた。……広いおでこがツヤツヤと。
小太りでちんまりとした体は安定感があり、どっしりと頼りがいのある大地のよう。
極太の眉は生命力を感じさせ、眼差しも力強く印象的だ。
次期国王にふさわしい風格だと思うのだが、何故だかあれほど高まっていた空気は一気に落ち着き、場が静まり返った。
「ムフフ、分かりやすい反応で大変よろしい。ところでスキア、部屋で泣いてきちゃダメかな?」
「ははは、ダメですよ」
「そうザマス! そんな時間はありませんわ! さっさと来てくださいまし!」
涙目になった王子の首根っこを容赦なくつかみ、カストロがホールの外へ連れ去っていく。着替えのためであろう。
「王子はこんな時にどちらへ行かれていたのですか?」
微妙な空気の中で黙り込んでいるのも辛いので、俺はスキア様に話を振った。
「さあね。ついてくるなって言われたからさ」
側近を置いて城外へ行くとはどういうことだろう。訝しんでいるとスキア様が捕捉した。
「向かった先までは知らないけど、明日の演説で使うものを取りに行ったみたいだよ。何もこのタイミングで行かなくてもいいのにね、あははっ」
明日はエルピネス様による国王就任後初の演説が行われる予定だった。本日が貴族王族に向けた就任式であるならば、明日は国民へ向けたものになる。
「演説で何を使うのでしょう?」
「さあ。ビックリさせたいみたいで詳しくは教えてくれなかったんだ。ま、明日になれば分かるよ」
それは楽しみだ。あの王子がわざわざ隠すのなら、俺たちの思いもつかないようなものに違いない。
「そんなことより、まだ面子が揃っていないみたいだけど大丈夫かい?」
言われてホール内に目を向けた。サクスム側の人間が足りていないということだろうが、少しばかり人数が多く、全ては探せない。
ひとまず王女二人が来ていることは目視した。第二王女のアガペーネ様は不機嫌そうに唇を尖らせながらもホールの中央近くに座っており、隣には第一王女のフィリアーネ様もいる。
ホドス王とエルピネス様は裏で控えているから、王家の面子に問題はないようだ。王妃は既に亡くなっている。
他の人物となると――きょろきょろと見回し始めた俺を見かねてスキア様が教えてくれた。
「ソポスとアスピダ様だよ。まあアスピダ様は大丈夫だろうけど、ソポスの方は平気ですっぽかしそうで心配だね。式はできるかもしれないけどさ、名の知れた人物に欠席されるのはちょっと問題だろう?」
ソポス――ソポスファーナとは稀代の天才と謳われる魔術研究者だ。俺に魔術の知識を叩き込んでくれた先生でもある。
彼女は間違いなく有名人であるから、いなければ誰かには気づかれるだろう。元々変人として知れ渡っているから大して印象は変わらないだろうが、出席してもらうに越したことはない。
「先生のことですから、どうせ研究所にでも引きこもっているのでしょう。自分が呼んで参ります」
「うん、頼んだよ」
往復するうちに式が始まってしまっては困る。俺はスキア様に頭を下げると、さっそく城を離れた。
まったく。本当にマイペースなお方だ。まさかこんな日にまで引きこもっているとは思わなかった。……ぶつぶつと文句を呟きながら王都の往来を進む。
人々は今日もよく働いている。行く先々で水を浄化して回る老婆や巨大な箱を軽々と片手で掲げて運ぶ少年など、日々と変わらぬ仕事に勤しんでいる。
就任式のことは皆知っているが、彼らが参観できるのは明日の演説だけだ。これからのことでそわそわしている者は多いだろうが、今日自体は普段と大差ないようだった。
と、のんびり眺めている時間はない。さっさとソポス先生を連れて城へ――。
俺は歩を早めようとして、はっと足を止めた。足元に影がかかっていた。
ドスンと大きな音を立て、人が降ってきた。
「ニケ殿、これから就任式ですぞ。何をしているのでありますか?」
俺はぎょっとしたが、その正体を見て安堵する。知り合いだ。空から落下してくるなんて普通の人間なら考えられないが、彼ならば不思議でもない。
「アスピダ様、驚かせないでください」
突如空から現れた巨人のごとき大男は、アスピダダン様――サクスムの外交役だった。王家に匹敵するほどの地位を持つ実力者でありながら、自ら進んでエルピネス王子に仕える忠実な部下でもある。
背が異様に高く胸板も厚いため、巨大な一枚岩のごとき迫力がある。おまけに常に無表情で目をぎょろぎょろとさせており、敵に回したくないと思わせるには完璧な容姿をしていた。
その恐ろしい顔が、鼻先がくっ付きそうになるまで近づいてくる。
「もしや、我らが王の晴れ舞台を欠席するつもりでありますかな?」
「い、いえ! そのようなことは決して!」
焦点の定まらない目がとても怖い。このお方が怒っているところは見たことがないが、おそらく見ることになった時には死が確定するであろう。しかし大丈夫、後ろめたいことなど何もないのだから堂々と答えればいいだけだ。
こほんと咳払いして説明しようとすると、アスピダ様ががっしりと両肩を掴んできた。
ぎゅるんぎゅるんと回り続けていた目が急にぴたりと止まり、目玉がこぼれ落ちそうになるくらいまで大きく見開かれる。
「ひっ!」
ダメだ、怖すぎる。こんな顔を前にしながら平常心など保てない。
「では、どこへ行くおつもりか?」
「じっ、じじじ、実は、スポッ! いやソポッ! 先生が、あの、あれでして!」
「何を焦っておられるのか? もしややましいことでもおありか? ふむ。吾輩、尋問は得意な方でありますが」
「あいだだだだ! 待っ! お助けを!」
肩を掴む手に力がこもる。メキメキと体の軋む音が響いた。
まずい、殺される! この人なら本当にやりかねない!
「ソ、ソポス先生の姿が見えなかったので研究所へお呼びに向かっていたのです!」
「……」
い、言えた……。ぜぇぜぇと息を乱してアスピダ様の顔色を窺う。
彼は真顔のまま俺を見下ろし、ぱちぱちぱちと連続で目をしばたたかせる。何を考えているのか分からなくて本当に怖い。
「なるほど、それはご苦労でありますな。では彼女のことはニケ殿にお任せいたします」
ようやく肩から手が離れる。思わずほっと胸をなでおろした。アスピダ様はきれいな動きで深々と頭を下げると、城の方へと踵を返して走り去った。
もう一度深く息を吐く。なんとか生き延びることができた。アガペーネ様も怖いが、やはり彼には敵わない。いつも冷静で淡々としていた親父でさえ、アスピダ様と話す時は明らかに困惑していた。
気を取り直してソポス先生の元へ向かう。研究所は渡し船の停まる停泊所からそう離れていない場所にあった。
四角い箱のような形の建物で、もう一つの城といっても差し支えないほど大きい。魔術の実験には相応のスペースを要するのだ。
「……なんだ?」
建物に近づいたとき、俺は微かな音に気づいた。正確には分からないが、これは――歌だろうか。
首をかしげる。研究所からどうして歌などが聴こえるのか。
正面の扉に衛兵がいた。国の重要施設であるため、常に見張りがついている。
「おい、この音はなんだ?」
「中に入りゃ分かるさ」
衛兵はあくびまじりに答える。なんとなく嫌な予感がしていたのだが、この気の抜けた様子を見るによからぬことは起きていないようだ。
中へ入ると、聞こえていたのは賛美歌であったと分かる。白くまっすぐな廊下の先から美しい歌声が流れてくる。
壁にいくつも並んだ扉には目もくれず、俺はまっすぐ進んだ。
最奥の扉を開けると視界が開ける。大きく広がるその部屋は、施設内で最も大きな実験室だった。
ここへ来てまず目に飛び込んだのは特大サイズの貝殻だ。『昔語りの貝殻』に使われているようだ。音を保存できる魔術の名だ。
法螺貝のような形の貝殻に音を閉じ込めるもので、穴の中に音を吹き込むと、その音が内部で半永久的に反射し続けるのである。
ただしどれほど大きな音量で保存しても、漏れ出てくる音は小さく、貝殻を耳に押し当てなければ聞こえない。
その改善案をつい先日、ソポス先生が思いついた。それがこの超巨大な貝殻だというわけだ。貝殻自体を大きくすれば音も大きくなるだろうという単純明快な話だ。
思いついたからと言ってこんなものを容易に作れるわけがないのだが、それをやってしまうのが先生のすごいところなのである。
しかしこの前見た時は先生の声が保存されていただけで、曲などは流れていなかった。わざわざ楽団を雇ったのだろうか。
何か妙だ。それにソポス先生の姿も見えない。首をかしげていると、鼻腔を甘ったるい臭いがかすめた。
直感的に嫌な臭いだと感じた。
表面的には甘い菓子のような、つい嗅ぎたくなる匂いだ。それなのに何故だか体が吸うのを躊躇う。甘ったるさに鼻が慣れてくると、その裏に隠された「苦さ」にようやく気づく。嗅ぐだけで頭が痛くなるような重たい臭気。
この臭いには覚えがあった。他ならぬ研究所で嗅いだものだ。あれは確か、とある魔術について教えてもらった時だったか――。
臭いの正体を思い出すにつれ、体中から汗が噴き出し、心臓が警鐘を鳴らす。
そうだ、これは。
「『泥水の悪魔』か!」
それは魔術の名であり、魔術により生み出される薬の名でもあった。生ける者の肉体から魂を引きはがす、死の薬だ。
すなわち、毒薬である。
俺は弾かれたように駆けだした。廊下の扉を片端から開け放していく。
その異常な光景にたどり着くまで、そう時間はかからなかった。
「先生!」
額から鼻までを、人骨を模した仮面で覆った女性――ソポスファーナ先生がベッドに拘束されていた。
彼女の口に、ぽたりぽたりと真っ黒な泥水が落ちる。天井に吊るされた布の塊から染み出てきているようだ。
ベッドの周りには六つほど旗が立てられ、風もないのにはためいている。
毒薬を飲まされた先生は、目を剥き、のけぞり、全身を痙攣させる。まぶたは既に泣き腫らして膨れ上がり、縄で固定された手首と足首からは血があふれ、縄と布を鮮血に染めている。
どれだけ暴れても拘束は解けず、いくら首を左右に振っても『泥水の悪魔』からは逃れられない。この毒は意思を持っているかのように自ら蠢き、口の中へ入り込んでいくのだ。
呪いの儀式でも執り行われているかのようだった。俺は思わず立ちすくんでしまったが、すぐにはっとしてベッドへ駆け寄る。
先生の口元に手を押し当て、手のひらに意識を集中する。『泥水の悪魔』は恐ろしい魔術だが、対処するのは非常に容易い。この毒は魔力を注ぐだけで無毒化できるのだ。
魔術が使えないとはいえ、俺にも微量の魔力はある。それを与えてやれば――。
何度ものけぞり暴れ続けていた体から力が抜け、苦痛に歪んでいた顔も穏やかになる。
間に合った。どうにか助けられたようだ。
それから、まず天井に吊るされた布をひきちぎり、周りの旗をへし折った。
さっきまで聞こえていた賛美歌が聞こえなくなったと思ったら、自動で揺れる旗に『喧噪喰いの鈴』が付けられていた。鳴らすことで周囲の音と相殺し合い、無音の空間を作り出す魔術だ。これで先生の叫び声をかき消していたわけだ。
奇妙な儀式めいて見えた空間は全て、苦しむ先生に気づかれないようにするための装置だった。しかし誰がこんなことを。
「先生! ご無事ですか、先生!」
拘束から解放された後も、先生は息を切らし、仮面から覗く瞳は激しく揺れていた。暴れたせいか着物も乱れ、手首と足首の傷が酷い。
この様子ではしばらく話すこともままならないだろう。まずは医者のところへ連れていくべきだ。
先生の首筋からはだけた胸元へ汗が流れるのが見え、慌てて目を逸らす。
先生はしばらく放心状態だったが、一言だけ呟いた。
「こ、拘束しておいてよかった……」
「え?」
いま何と言ったのだろうか。いや、さすがに聞き間違いであろう。拘束しておいてよかった、とはまるで自ら自分を縛り付けていたようではないか。それはつまり、自分で毒を飲んだという事にもなる。
ありえない。先生は自害を望むような人ではないし、何より『泥水の悪魔』は拷問用の毒だ。自害するにしても、最も大きな苦痛を伴う薬を選ぶ理由がない。
しかしソポス先生は今の言葉を裏付けるように、突然大声を上げた。
「魔術の力ってすげえええ!」
呆気に取られた。拷問されて気が狂う寸前かと思ったのに、先生の表情は喜びに満ち溢れている。
「はぁはぁ……すごい! すごいッスよ! もう十回目になるのに全然耐性がつかないッス! ヤバイッス! ぶっちゃけ痛みもヤバイッス!」
「あ、あの、先生? 何をおっしゃっているのか分からないのですが」
「何って、実験の話ッスよ! むはーっ!」
俺の存在には気づいていたようで、先生は前のめりになって答えた。
「じ、実験?」
「そうそう実験ッス! ニケは毒について勉強したことはあるッスか? 多くの毒は何度も飲むことで耐性をつけることができるンスよ。ただ『泥水の悪魔』への耐性がついた前例はない――だから魔術の毒に対しても耐性をつけることができるのか、実験してみようと思ったわけッス! しかして結果は今言った通りッス! すげえええ! 魔術の力ってすげえええ!」
唖然とした。開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「だ……だから自ら毒を飲んだと言うのですか? あ、ありえない! 自分の命を大事にしてください!」
先生はぽかんとした。今の今まではぁはぁと興奮していたのが嘘であったかのように静かになり、ふあっとあくびする。
「何言ってンスか。『泥水の悪魔』については勉強したでしょう? まさか忘れちゃったッスか?」
挑発的な笑みを返された。心外だ。
「……『泥水の悪魔』は肉体から魂を引きはがす魔術であり、肉体そのものに害を為すものではない。致死量に達さず魂が抜けなかった場合には、一切の後遺症は残らない。――でしたよね、先生」
「よく覚えてるじゃないッスか。そういうわけで命を粗末にはしてないッスよ。先生を心配してくれるその気持ちは嬉しいッスけどゴポポポポ……」
「先生っ?」
手足の傷から血が出すぎたようで、先生の顔は真っ青だった。白目を剥いて泡を吹き、気を失う。毒の後遺症がなくとも、暴れた時についた傷が消えるわけではないのだ。
本当に非常識ではた迷惑な方だ。この時漏れたため息は人生で最も大きなものだったかもしれない。
彼女を式に参加させるのは諦めよう。先生を近場の病院に預け、俺はさっさと城に戻った。