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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第四章『霧の城と殺人鬼』
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7. 前王の告白

 人々がまばらに座る広間に、一時の静寂が落ちる。皆の視線は閉じた扉に集まったまま動かない。


 一つの事件が終わった安堵より、目の前で起きた出来事への衝撃の方が大きかったのだろう。誰もが呆然として、声も出せないようだった。


 その中で、一つため息がこぼれる。


「興ざめね」


 アガペーネ様から心底つまらなさそうに呟いた。


「お兄様を殺した犯人が分かると思ったのに、報奨金のためって、何よそれ。あーあ、まだまだこの軟禁生活も終わんないわけね。話の通じない馬鹿どもといつまで一緒に閉じこめられなきゃいけないのかしら」


「アーネ。憎まれ口を叩くのはよせ」


 ホドス様がたしなめたが、彼女は余計に不愉快そうな顔をするだけだった。


「何よお父様。さっきは助けてくれなかったくせに、説教だけはちゃんとするのね」


「そ、それは……」


 いや、ホドス様はアガペーネ様が責められた時に反論していた。それ以上に人々の糾弾が激しかったのだ。


 だがそんなことを指摘しても却って逆上させるだけだろう。おそらく彼女も分かって言っている。今のはただの八つ当たりだ。


「アタシ、部屋に戻るから。クリュ、ごはん持ってきて」


「かしこまりました、アーネ様」


 アガペーネ様は周囲の人々を睨みつけ、広間を出て行く。従者のクリューソスは澄ました顔でお辞儀をして、後に続いた。


「ホドス様、私は……」


 アガペーネ様を一番に糾弾した壮年の兵士が俯く。ホドス様は深く息を吐き、首を振った。


「良い。余も人のことは言えぬ。それにもう、言い争いにはうんざりだ」


 疲れ果てた様子で言い、苦しげに額を押さえる。フィリアーネ様が気遣うように背中を擦った。本当に昨日までとは別人のようで、見ているだけで胸が痛くなる。


「スキアよ。すまないが後のことは任せるぞ。『穴開けバイア』を今すぐ捕らえるかについても、其方に判断を委ねる」


 俺としたことが早とちりしたが、まだ襲撃事件に決着はついていない。『穴開けバイア』の正体――魔獣飼育施設マムニカの者たちを捕らえねばならないのだった。


「はっ。仰せのままに」


 スキア様は即座にひざまずき、騎士として答えた。すぐにいつもの爽やかな雰囲気に戻り、気遣うように笑いかける。


「どうか今夜はゆっくりお休み下さい」


「ああ。そのつもりだ」


 笑みを返そうとしたのか、ホドス様の口元がわずかに歪む。また胸を締め付けられた。


 俺が前王から目を逸らしたくなるのは、今の姿が弱々しいからというだけではない。そんな彼をさらに追い込まなければならないからだ。


 フィリアーネ様に支えられ、力のない足取りで広間を出て行くホドス様に、俺は駆け寄って声をかける。


「ホドス様、お話があります」


「む……どうした?」


「フィリアーネ様とアガペーネ様にもお伝えしたいことです。後でお時間をいただけますか」


「分かった。ならば玉座の間で待とう」


 俺はホドス様の表情を注意深く観察する。この時点で察するかと思ったが、どんな話か考える余裕もないらしい。半ばぼんやりとした様子で頷くだけだった。


 ホドス様が出て行った後、カリダ様がすぐ傍に立っているのに気が付いた。問いかけるような眼差しに、俺は首を振った。


「申し訳ありません。あの話――地下室で見たものの話は、まずは身内だけでさせてください。いずれ皆に明かすことにはなりますが、そうなれば親子で話す余裕もなくなってしまうでしょうから」


「うん。わたしもそれがいいと思うなぁ」


 本来なら口封じの恐れなども考慮すべきなのだろうが、やはり俺は甘いらしい。ホドス様やフィリアーネ様なら大丈夫だろうと確信していた。


 気の休まる時間を与えられないことに罪悪感はあるが、サクスムを守るためだ。暗殺事件を解決しなければ破滅が待っている。


 そのためなら俺は迷わない。既に覚悟は決めていた。




     *




 青白い炎の並んだ見慣れた廊下を早足に進む。一刻ほどが経っていた。アガペーネ様の食事の都合でこの時間まで待っていたのである。


 カコパイーニのけしかけてきた刺客、すなわちマムニカの者たちについてはスキア様が一人で捕まえに向かった。


 城の出入りはまだ推奨されていないが、事件発覚時の状況――特に、城に誰がいたのかを把握できた今なら当初ほど過敏になる必要もない。先の事件で捜索隊を出さなかったのも、どさくさに紛れて俺たちが襲われるのを防ぐためだった。


 大勢出られると次の事件が起きかねないが、スキア様おひとりなら問題ない。逃亡を疑う声もあったが、そんな小細工なしでも彼ならば逃走くらい簡単であろう。


「マムニカの連中が既に逃げていたら追跡は難しいだろうけど、放っておくわけにもいかない。なんたってあの『穴開けバイア』なんだしね」


 出発前、スキア様はそう仰っていた。マムニカ――あそこで出会った女主人が殺し屋だったなんて未だに信じられない。魔獣の飼育にそれほど金が必要だったのだろうか。それとも別のことにでも使っていたのか。


 俺はふと、あそこで見た包帯の少年を思い出す。憎悪を剥き出しにしたような血走った目――結局あれは何だったのだろう。本当にマムニカはただの飼育施設なのだろうか。


 いずれにせよ、スキア様が答えを持ち帰るのを期待するしかない。俺は自分のすべきことをするだけだ。


 城内でも一際大きな扉の前に着く。この先は玉座の間である。


 立ち止まって深呼吸をしていると、後ろから舌打ちが聞こえ、背中を蹴られた。


「さっさと入りなさいよノロマ。無能なくせに図体ばっかりデカいんだから」


「申し訳ございません」


 相変わらずの憎まれ口だが、今は何も感じなかった。つい暗い声で応じてしまった俺に、アガペーネ様が眉を動かす。


「まあ良いわ。最初からアンタごと開ければよかったんだから、ね!」


「のわっ?」


 背中を押されて強引に扉を開けさせられる。中ではホドス様が玉座に腰かけ、フィリアーネ様がその足元に座り込んでいた。


「おお、二人とも一緒であったか。じゃがニケよ、声掛けもなしに入ってくるのはいかんぞぅ?」


「ニケ、騎士になりたいならお行儀よく、ね」


「も、申し訳ありません……」


 身内だけだからかホドス様は軽い口調になっていた。少しは気が休まるだろう。


 だがそれも、ほんのわずかな時間だけだ。


 アガペーネ様が俺を押しのけ中へ入って来る。白く眩しい室内を見回し、眉をひそめた。


「ねえ、話をする場所として玉座の間ってどうなの? 椅子が二つしかないじゃない」


「す、すまんのう。何も考えておらんかったわ……」


 アガペーネ様は不機嫌そうにしていたが、悪戯を思いついたように悪そうな笑みを浮かべると、王妃様の玉座に座って足をぶらぶらさせた。


「んー、まだちょっと大きいわね。そろそろお母様くらい大きくなれたと思ったのに」


 彼女は王妃様のことが大好きだった。甘えん坊でいつもくっ付いて、頭を撫でられるたびに笑顔を弾けさせていたのをよく覚えている。あの頃はいつも幸せそうで、常にイライラしている今の彼女とは別人のようだった。


「で、話ってなんなのよ。こんな時に呼び出すからにはそれなりのことなんでしょ?」


「ん。私たちだけっていうのも、変」


「はい。実は、王妃様のご遺体を見つけました」


 俺は単刀直入に告げた。少しでも躊躇ためらうと自分で言えなくなるような気がしたからだ。


 反応は予想通りだった。ホドス様が瞠目どうもくし、アガペーネ様とフィリアーネ様はほぼ無反応だった。何を言われたかとっさに理解できなかったのだろう。


「ニケ、もう一回。聞き間違えたかも」


「そうね。アタシもなんか、変な聞き間違えしちゃったわ」


「王妃様の――ランプロティターネ様のご遺体を見つけました」


 もう一度告げると、二人は黙り込んだ。ホドス様は穏やかな眼差しになり、天井を見上げた。


「そうか、見たのだな」


「お父……様?」


 フィリアーネ様がホドス様へ振り返る。アガペーネ様は俺とホドス様を見比べた。


「ねえ。言ってる意味、分かんないんだけど」


「王妃様のご遺体はピルゴスニルの屋敷の地下に保管されていました。『永劫の石』に入れられ、亡くなった時のお姿のまま今も眠られています」


「タチの悪い冗談はやめなさいよ! お母様は跡形もなくなって死んだのよっ? お父様がそう言ったの! 遺体があるわけないじゃない!」


「……アーネよ」


 重く低い声に、アガペーネ様がびくりとする。ホドス様は項垂れ、首を振った。


「すまぬ。アーネ、フィリー。余は大きな罪を犯した。そして其方たちに嘘を付いた。遺体がないというのは、ランプを手放さぬための嘘なのだ」


「……え、何? 分かんない。何が嘘って言ったの?」


「ランプの遺体はあったのだ。跡形もなくなってなどいなかった。だが、葬式をすれば本当になくなってしまう。余にはどうしても、別れることができなかった」


 ホドス様が罪を一息に語っても、アガペーネ様もフィリアーネ様も目をしばたたかせるだけだった。無理もない。遺体を目の前にした俺やイェネオも容易には受け入れられなかった事実だ。調査という過程も踏まず、いきなり言葉だけで事実を伝えられても上手く呑み込めないだろう。


 しかし頭の整理は後で付けてもらう。俺は話をつづけた。


「この事実はホドス様の無実を示すためにも皆に明かす必要があります。ホドス様は夜な夜な仮面を付け、ピルゴスニルになりすまして外出されていた。ヤツを城に招いたのは恩人だからではなく、ヤツになりすまして城を抜け出すため。そうすることで怪しまれることなく王妃様に会いに行けるから。間違いはありませんか、ホドス様」


「…………」


「昨日ホドス様がつけていらした王妃様の首飾りが、ピルゴスニルの屋敷にありました。ホドス様は昨晩、王妃様の元にいらっしゃったのですよね」


「……その通りだ」


 かすれた声でホドス様は答えた。


 やはりすぐに答えてくれたか。ここでカコパイーニのような往生際の悪さを見せることはないだろうと信じていた。


「ホドス様の無実が証明されれば真犯人にも一歩近づくことになります。事件解決のためにも、この件を隠すことはできません。それだけははっきりと申し上げておきます」


「ああ、無論だ。むしろもっと早くに自白するべきだった。余の心の弱さが、八年間も別れを先延ばしにしてしまった」


「……ざけんな」


 アガペーネ様がゆらりと玉座から立ち上がる。ホドス様の胸ぐらをつかみあげ、床に突き飛ばした。


「ふざけんな! ふざけんな! んなこと言う前にアタシに謝んなさいよ! お母様がいなくなってアタシがどれだけ……!」


 彼女は馬乗りになってホドス様の顔を殴りつけた。何度も何度も、血が出ても殴り続ける。


 止められなかった。フィリアーネ様も見ているだけだ。


「すまな……かった」


 アガペーネ様が手を止める。目に涙をたっぷりに浮かべ、鼻をすすって立ち上がる。


「もういいわよ、まだ遺体はあるんでしょ? ならちゃんと会わせなさいよね。それからお葬式もするの。お姉様も、それでいいでしょ?」


「……ん」


 フィリアーネ様は小さく頷く。それ以上は何も言わなかった。


 アガペーネ様が外へ出て行き、フィリアーネ様も少ししてから腰を上げた。


「私の気持ちが追い付いたら、また詳しく聞かせて。今日はもう、良い」


 そう言って彼女も去る。ホドス様は寝たきりの老人のように力のない目で天井を見上げていた。やがて立ち上がり、俺に背中を向ける。


「……ホドス様」


「皆には余から話す。そのくらいの責任は果たさなくてはな。ニケはもう休むと良い。そろそろ疲労も限界が近いだろう」


 強がりたかったが、首を振ろうとして頭がふらついた。丸一日以上動き、殺人鬼との戦いもあったのだ。よく頑張ったと褒めても良いだろう。お言葉に甘えて眠ることにした。


「失礼します」


「――いや、待て」


 きびすを返そうとした俺をホドス様が呼び止める。


「ここまで来て隠し事をするのはよそう。其方にもう一つ、明かすべきことがある」


 隠し事? まだ何かあるというのか。もっとも、王妃様のご遺体のこと以上に衝撃的な話はないだろうが。


 甘く見て身構えることをしなかった俺は、彼の次の言葉を聞いて、わずかな時間、呼吸を忘れることになった。


「余は、其方の父を殺した」


 ふらつき、玉座に手をつきながら、ホドス様が振り返る。やつれた様子ながら、まっすぐに俺の目を見据えた。


「大英雄フルリオダンを殺したのは、ウェントスから送られた刺客などではない。余がこの手で、あやつを亡き者としたのだ」







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