表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第四章『霧の城と殺人鬼』
33/47

5. 霧覆いし世界

『花国探偵は帰らない。ここに戻るものがあるとすれば、胸に風穴を開けた亡骸なきがらのみであろう』


 城内のほぼ全ての者が集められた広間にて、カリダ様は犯行声明の現物を手にしていた。横から覗き込み、スキア様から聞かされたものと一言一句違わないことを確認する。


「ニケ、無事でよかった」


 フィリアーネ様が駆け寄ってきて、俺を抱きしめながら言った。あたふたする俺を見て、緊張した面持ちだった人々は束の間頬を緩める。


「考えるべきことは多いが……やはりまずは、三人の無事を喜ぼうではないか」


 そう言ったのはホドス様だ。少しやつれた様子ではあるが、皆の手前であることもあってか覇気のある表情をしていた。


 ホドス様を見た瞬間、王妃様の件が頭をよぎる。だが今考えることではない。頭から振り払った。


「兄ちゃんも無事なんだ……」


 少年の呟きが聞こえる。遠くの席でイェネオの弟が涙を流していた。それを見て、ホドス様は微笑む。


「ニケ、カリダ殿、それにここにはおらぬが、イェネオも。其方たちが無事で本当によかった。さぞ疲れたであろう。すぐ休ませることはできぬが、せめて椅子にかけると良い」


「はっ! 勿体なきお言葉です!」


「ありがとね~、あとお茶ちょうだ~い」


 カストロがすっ飛んできて俺の分までお茶を入れてくれる。


 広間は和やかな雰囲気になったが、俺たちが生きていたからめでたしめでたし、というわけにもいかない。今回起きた新たな事件の犯人を突き止めなければならなかった。


 皆の表情が再び引き締まったところで、大きなくしゃみが部屋に響いた。


 まばらに配置された席の中に、毛布にくるまって大げさなほどに震えるファルマコの姿があった。


「うう……さ、寒いです。わ、わたしにも、お茶を……あったかいお茶をください……」


「お安い御用ですわ~!」


 カストロがまたすっ飛んでいく。相も変わらず騒々しい使用人である。


「ん。確かに少し、肌寒い」


 ホドス様の傍にフィリアーネ様も座っていた。なんだかとても久しぶりに見たような気分で、胸がじんと熱くなった。


 目が合う。彼女は何か言おうとしたが、再びくしゃみの声が響いて遮られた。


「はっくしゅん! ううっ、わたし寒いの本当に苦手なんですよ」


 さすがに大げさすぎる気はするが、湖の国ラクスは五国の中でも最も暖かい。その環境に慣れていれば、今夜のような冷え込みは辛いのだろう。ここには数十名もの人々が集まっているが、広間が満員となるにはあと百人は足りない。通気口のおかげで空気の通りも良く、人の熱がこもることもなかった。


「さて、ホドス様。状況の整理をしましょうか」


 スキア様がホドス様の傍に立ち、進言する。


「うむ。今分かっているのは、犯行声明を書いた者が城の守りを突破してニケたちを襲った――ということか?」


「はい。監視官たちによれば石板の模様に妙な動きはなく、霧に穴を開けられた形跡はないということです」


「石板?」


 誰かが呟く声が聞こえ、スキア様は爽やかな笑顔を向けた。


「そういえば、『霧覆いし世界ムンドゥス』についてちゃんとは知らない人もいるよね。特にお客人たちは詳しくなくても仕方がない。細かい仕様を忘れている人もいるだろうから、改めて説明しておくよ」


 スキア様の優しい笑みと声で何名かの女性が息を飲む。美しい令嬢のようでいて勇ましく自信に満ち溢れてもいる彼の姿はこんな時でも乙女心に響くらしい。


「この城を囲む魔術の『霧』は、内部に無限の空間を作り出し、中に入った者を閉じ込めるというものだ。霧を吹き飛ばさない限り外には出られないわけだけど、今回、霧が動かされたような形跡はなかったんだ」


 彼は複雑な模様の描かれた薄い灰色の石板を見せる。


「これは霧を制御する石板で、霧を動かせるのと同時に現在の状態を確認できる代物さ。つまり誰かが霧を吹き飛ばしたらここの模様も動くんだよ。逆に言えば模様に動きがないうちは霧にも異常はないってことだね。石板はずっと監視官たちが見張っていたけど、花国探偵が戻ってくるまで模様に妙な動きはなかった。念のために言っておくと、城の周りの霧に最初から穴があったわけでもない。そこはちゃんと確認してあるし、花国探偵だって見ている。そうだよね?」


 話を振られ、カリダ様は元気に答えた。


「うん! お城を出て行く直前に確認させてもらったよ~」


「つまりだね、何が起きたかというと――犯人は霧を一切動かさず、そして無限の空間に飲み込まれることもなく霧の壁を越えて外に行き、どうやってか花国探偵を襲撃したんだよ。こっちは本気で、徹底的に安全を確認して彼女を送り出したつもりだったんだけどね。してやられたよ」


 その努力があったからこそ犯人のしたことの恐ろしさに気づけたわけだが、無論それで満足できるスキア様ではない。


「犯人には外に仲間がいて、ソイツに命令したのかもしれない。けど、どちらにしたって外と連絡を取るには何とか霧を突破しなきゃいけないのさ。僕にはその方法は思いつかなかった」


「おお、おお! 天啓がひらめきましたぞ!」


 お茶をすするファルマコの隣でいきなりエン医師が声を上げた。ツルツルとした禿げ頭を撫でると、立ち上がって両腕を広げる。


「犯人には元々外に仲間がいたのではないでしょうか! つまりは最初から待ち伏せされていたのです! 事件の調査が始まったその時からすでに! 花国探偵様を害して口封じをするつもりだったのでしょう!」


「あはは、それはないよ」


 スキア様は即座に否定した。


「エルピネス様の死が暗殺と判明してから外に出たのは花国探偵たちだけだ。犯人とその仲間が彼女を殺す計画を立てるなら、調査が始まった後じゃなきゃおかしいだろう?」


「な、ならば外に出た三人のうちの誰かが裏切ったとすればどうです! 城に残った者が犯行声明を書き、外に出た裏切り者が実行犯となる――とすれば無理はないはずですぞ!」


 見くびっていたが、中々合理的な考えをするではないか。それなら辻褄は合っている。しかしそれは、俺たちの中に裏切り者がいればの話だ。


「う~ん、わたしたち三人は守り合ってたからそれはないと思うなぁ」


 カリダ様が言った。当然同じ意見だ。


 続けて彼女は襲われた時の詳しい出来事を話した。テクネーの家が火事になり、その中で甲冑に襲われたこと。一体を片付けて油断したところでイェネオが剣で刺され倒れたこと。


 特に重要なのはその後だ。俺たちはそれぞれ、命の危機に瀕した際に助け合っている。俺が甲冑に殺されかけた時はカリダ様が『断絶の布』で助けて下さった。気絶した二人を火事から守ったのは俺で、森で大蛇に襲われた時にはイェネオの魔術に助けられた。


「誰か一人でも裏切っていたら全滅してたと思うなぁ。犯人は本気で全員を殺そうとしてるように見えたしね~」


「ぬ、ぬう。そうですか……」


 エン医師は諦めて腰を下ろした。まあ、状況をより深く確認できたから無駄な時間ではなかっただろう。


「あ、あの」


 今度はファルマコが手を挙げる。数十人も集まると次々と意見が出てくる。


「例えば、ですけど。その……アスピダ様が最初から霧に穴を開けてたら、どうかな~って、思うんですけど……」


 びくびくと周囲の目を気にしながら、消え入りそうな声で言う。さらに慌てたように続ける。


「あ、分かってますよ! 霧に穴があいてないことは確認したんですよね? で、でも! 『残影のランタン』とかで幻の霧を作っておいたら誤魔化せるかも……しれないですよね?」


「ははは、舐めてもらっちゃ困るね!」


 スキア様が比較的大きな声で答えると、ファルマコの肩がびくりと跳ねた。


「いいかい? 『残影のランタン』は一瞬の光景のみを残せる魔術だ。本物の霧は揺らぐけど、偽物の霧は全く動かないわけだね。その違いを見逃す僕じゃないよ」


「うん。わたしも確認したけど『ランタン』の偽装はなかったかなぁ。一応それも想定した上で見回ってたから間違いないよ~」


「そ、そうですよねっ! ごめんなさい、ごめんなさい!」


 ファルマコは真っ青になって何度も頭を下げ、お茶をこぼしてまた謝った。これも大切な確認だから謝る必要はないと思うのだが。


「なら、他の魔術でただの霧を作ればいいんじゃないか?」


 集団の中で誰かが言った。


「確かに、ただの霧なら通れるし、見分けもつかないわね」


「あーあー、適当なこと言っちゃダメダメ」


 次の意見を否定したのはソポスファーナ先生だった。人骨の仮面をつけたままむしゃむしゃと何か食べている。もぐもぐと口を動かした後、ごくんと飲み込んで続けた。


「『霧覆いし世界ムンドゥス』以外に霧を生み出す魔術は存在しないッス」


 ボサボサの髪をかき、先生は断言した。先生から魔術の知識を学んだ俺も、同じくはっきり言えることだ。


「そして『霧覆いし世界ムンドゥス』ではただの霧を作ることも不可能ッス。魔術ってのは融通が利かないもんッスからねぇ。この魔術で生み出した霧はどうあっても無限の空間を内包した霧にしかならないンスよ。これは魔術の法則によるものなんで、魔術師の技術うんぬんでどうこうできる問題じゃあないッス」


 それだけ言うと先生はまた食事に戻った。スキア様が大きく頷く。


「うん。これで分かってくれたかい? 犯行声明を書いた犯人は確かに、霧の守りを突破したんだよ」


「さっきから、変」


 今度はフィリアーネ様が口を開く番だった。しかし先ほどまでの話し合いとは雰囲気が違う。スキア様もそれを感じ取ったようで、一瞬笑みが固まった。


「変……ですか?」


「さっきからスキア、一つの考えに固執しすぎ。霧を突破して外に出た――頑なに、そう考えようとしてる。まるで……」


 フィリアーネ様は少し言いにくそうにして、迷いを振り払うように深呼吸した。


「さっきからまるで、誘導してるみたい」


 広間に緊張が走った。今の言葉は、スキア様が犯人かもしれないと示唆するものに他ならなかった。


「ははは。姫様、それは勘繰りすぎですよ。こんな状況だから、何でも疑いたくなる気持ちは分かりますけどね」


 スキア様は至って冷静に返した。けれどフィリアーネ様も退かない。


「違う。わたしは、根拠があって疑ってる。多少、無理はあるけど」


「……分かりました。その根拠を教えてください」


 笑みを消したスキア様に、彼女は冷えた眼差しを向ける。身内に犯人がいると分かった時からずっと恐れていた展開だ。


「もし仮に、石板を見張っていた全員が共犯だったら……工夫なんてしなくても、石板の模様が動かなかったことにできる」


「ははっ、そんな無茶なこと思いつきもしませんでしたよ! 悪党にとっては夢のある話ですね。三つの国の監視官と手を組めるならどんな犯罪だって簡単にできそうだ」


 二人は互いに遠慮することなくにらみ合う。いつ戦いが始まってもおかしくないとすら思わせる空気に、誰もが呼吸を忘れる。


「う~ん、どうかなぁ」


 そんな中でも、のんびりとした声とほわほわとした温かな雰囲気を崩さないのがカリダ様だった。


「協力関係があってもなくても、事件とは関係ないと思うよ~。だって……」


 しかし、カリダ様がほぐしてくれた空気も、彼女のしてくれようとしている説明も、次の瞬間、大きな嵐に吹き飛ばされることになった。


 ガンッ、と暴力的な音が響く。広間の扉が蹴り開けられた音だった。


 扉の奥から燦然さんぜんと輝く太陽のごとき炎の化身が現れる。眩しいくらいに真っ白な髪と、全てを焼き尽くさんばかりに強烈な赤色を放つ瞳――アガペーネ様のご登場である。


 彼女は行儀悪く扉を蹴った姿勢のまま、広間の中を見て声を上げた。


「うわっ、何? なんでこんなに集まってんのよ?」


「何って、ご存知ないのですか?」


 思わず尋ねると、アガペーネ様にぎろりと睨まれた。


「何よ、悪い?」


「い、いえっ、そのようなことは!」


 この疑問にはフィリアーネ様が代わりに答えてくれた。


「ここに皆を集めた時、呼びに行ったけど、寝てて連れてこれなかった。寝ぼけたアーネ、凶暴だから、起こせなかった」


「よ、余計なことは言わなくていいのよっ」


 アガペーネ様は顔を赤らめてそっぽを向いた。


「ああもうっ、いいじゃない別に。アタシが寝てたからってなんなのよ。この城が退屈だから、眠くて眠くて仕方なかったの!」


 腕を組んでむっとする彼女の背後から、ぬるりと従者のクリューソスが顔を出す。


「私はずっとおそばについていました」


「ん。見た。アーネが寝てる時、散らかった部屋を片付けてた」


「だからっ、余計な事言わないで!」


 普段なら微笑ましい姉妹のやり取りだが、今は素直に和めない。


 アガペーネ様とクリューソス――ここで現れた二人を見て、やはり俺は疑ってしまった。皆が集まっていた時に姿のなかった彼女たちなら、霧を突破するために奔走する時間はたっぷりとあったのではないだろうか。


 そう思ったのは俺だけじゃない。


「寝ていた? 本当にそうですか?」


 問うたのは壮年の兵士だった。他国からの客人でも、中立の監視官でもない、サクスムの兵士だ。


「はあ?」


 アガペーネ様が兵士を睨む。肩を怒らせて兵士の元まで近づき、胸ぐらをつかんだ。


「何がなんだか全然分かんないけど、アンタが舐めたこと言ってんのだけは分かったわ」


 灼熱のごとき激しい怒りを向けられても、屈強な兵士は怯まない。真正面から視線を受け止め、言い返した。


「状況が掴めぬのなら教えて差し上げます。アガペーネ様、あなたがカリダ殿の命を狙ったのではないか――私はそう申しているのです。国王殺しの罪を隠すために!」


「は……はあっ? ふざけたこと言わないで! 一体どんな根拠があって言ってんのよ!」


「犯人候補の七人、その中で最も怪しいのがあなただからだ! エルピネス様のような素晴らしきお方を憎んでいる者など、あなた以外に考えられない! あなただけが七人の中でエルピネス様を敵視していた!」


「あ、アンタねえ! そんな感情的な理由だけで!」


「それだけではありません! カリダ殿は先ほど何者かに命を狙われた! そしてこの城であなたとクリューソスだけが、長い時間監視の目の外にいた! この状況、疑わぬほうがおかしいでしょう!」


 アガペーネ様は兵士の迫力に気圧され、胸ぐらから手を離す。


「そ、そんなの、知らない。起こしてくれればよかったじゃない。なんで後になって、そんな……」


 後ずさり、助けを求めるようにホドス様の方を見た。


「く、口を慎まぬか! 貴様のそれは想像でしかない!」


 ホドス様がテーブルを叩き声を荒げる。壮年の兵士はまだ何か言いたげだったが、大人しく席に座り直した。


 だがそれで追及は終わらなかった。


「いや、証明すべきだ。今一番疑わしいのが姫様なら、潔白が証明されなきゃ納得できない!」


「そうですよ! 簡単な事件ならまだしも、国王様が殺されて、事件を調査してくれてる探偵まで殺されかけたんですよっ? 疑わしいならとことんまで尋問すべきです!」


 方々から声が飛ぶ。アガペーネ様はそれらを睨み返し、今にも飛びかからんばかりに歯を剥いた。


「なに便乗して調子乗ってんのよ、無能ども! アタシは何もやってない! これ以上舐めてると全員まとめてぶっ殺すわよ!」


「そうやって逆上して王様のことも手に賭けたんだろ!」


「オレは最初から疑ってたんだ! いつもの姿見てれば分かるんだよ、姫様は何したっておかしくない!」


「そうだ、昨日だって国王様の就任式だっていうのに、祝いの言葉の一つもかけずつまらなさそうにして……エルピネス様の国王就任がそんなに気に食わなかったのかっ?」


 一人や二人ではない。いくつもの怒声がアガペーネ様にぶつけられ、最初は睨み返していた彼女も呆然と立ち尽くす。


 ホドス様が何か言っている。スキア様も止めようとした。俺も無意味な言い合いはやめるように呼び掛けた。しかし声が届かない。頭に血がのぼった人たちは何を言っても聞いてくれなかった。


 今にも乱闘が起こりかねない危険な状況。俺にはこの場を収束する手立てが思いつかない。


 どうしてこうなった? 国王の突然の死、城に閉じ込められた状況、犯人がすぐ近くにいることによる疑心暗鬼。いくつもの要素が今の最悪の展開を作り出している。


 さらにもう一つ、負の要素はあった。現状を観察すれば一目瞭然だ。


 アガペーネ様を責め立てる者は全て、サクスムの人間だった。他国の者たちは異様な状況に気圧されているだけだ。


 アガペーネ様は人々によく思われていない。酷い言葉をたくさん言って、人を足蹴にして、特に従者のクリューソスには厳しく当たってきた。


 そうして積み重なった鬱憤や嫌悪感が、国王暗殺への疑いをきっかけに爆発したのだ。アガペーネ様ならやりかねない。アガペーネ様の仕業に決まっている。そんな根拠の欠片もない暴言が耳を塞いでも遮れないほどに飛び交っていた。


「何よ、それ。アタシが嫌いなだけじゃない」


 アガペーネ様が俯き、唇を噛む。涙を堪えているのが分かった。


 俺はぎり、と歯を食いしばった。こんなことで犯人を決めてはいけない。英雄はこんなふざけたやり方を認めない。


 こうなったら殴りかかってでも黙らせて……いや、それでは乱闘騒ぎのきっかけになるだけだ。だが普通に声をかけるだけでは届かない。既に何度も叫んでいた。


 どうする? どうすれば――。


「だぁーっはっはっはァ!」


 いくつもの怒号が飛び交うこの場において、誰よりも大きく、誰よりも響く声を放つ者がいた。


 その豪快な笑い声は必死の呼びかけにすら気づかなかった人々を黙らせ、視線をただ一点にかき集める。


「だはははは! 次から次へと本当に、騒がしいものだなァ!」


 その声の主は、監視官の中で唯一霧番に加わらなかったカコパイーニであった。四人用のテーブルを独り占めにしてガツガツと肉料理を貪っている。


 大きなゲップをして、彼はたゆんだ脂肪で三重にもなった顎を撫でた。


「もう茶番はよそうではないか! いや、この我が終わらせてやろう! ダハハハ! 我にはもう犯人が分かっておるからなァ!」


 どこかで俺はまた、カリダ様がこの騒ぎを収めてくれるのではと期待していた。しかし今、乱闘場にまでなりかけた広間を静まらせたのはカコ監視官に他ならない。


 彼の一際大きな声も仕事をしたが、それだけでは一瞬注意を引く程度にとどまっただろう。今なお皆が彼の言葉に耳を傾けるのは、続きを聞こうとしているからだ。


「犯人が分かった? 君に?」


 スキア様が呆気に取られたように尋ねる。


 広間の中で新しい意見が飛び出すのはこれで何度目か。またカリダ様やスキア様に否定されるのではないか。だがカコ監視官の表情は自信に満ち溢れている。彼もまた、何か根拠を持っているのだ。


「アガペーネ殿が犯人? 霧番たちが結託して嘘を付いた? ガハハハ! そんなことはありえん、我には断言できる!」


 しかして彼は重たそうな腰を上げ、俺たちを――否、俺たちの後方、扉の奥を指さした。


「犯行声明を書いた犯人の正体、ひいては国王暗殺の大罪人の正体は分かっておる! ――外交官アスピダダン! あやつこそ、此度の大事件を引き起こした張本人であるのだ!」










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ