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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第四章『霧の城と殺人鬼』
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4. ありえない犯行声明

 灰色の天井に向かって長いため息がつかれる。


「あー、本当に最悪だぜ。まさかお前に助けられるとはな」


 薄い灰色の病室にベッドが並んでいる。まばらに病人が寝ている中に胴を包帯でぐるぐる巻きにされたイェネオがいた。


「それを言うなら俺もお前に助けられたぞ」


「にゃはは、そうだにゃあ。俺様たちはお互いに命の恩人同士だな」


 俺が言い返すとイェネオは笑う。


 最も酷い怪我を負った彼はやはり病院に残ることになった。俺とカリダ様は医者から自由に動くことを許されている。彼女は今、医者から薬を処方してもらっているところだ。


「まったく、本当にひどい目に遭ったもんだが……」


 イェネオはもう一度ため息をついてから、真剣な顔になった。


「あいつらって多分、俺様たちを待ち伏せしてたんだよな? ってことは、事件の調査を妨害するために来たってことじゃないのか?」


「俺もそう思ったが、あの『霧の城』を抜け出して追手が来るとは思えない。それにあれは、調査の妨害ではなかったと思う」


「どういうことだ?」


「俺たちを襲った者はおそらく、『穴開けバイア』――あの有名な殺人鬼だからな」


 イェネオは息を飲んだ。サクスムに住んでいてその名を知らない者はいない。


「な、なんでそんなやつが?」


「知らん。だがテクネーニルの胸には大きな風穴ができていた。甲冑の拳で貫かれるとああなるのだろう。お前は剣で貫かれたから同じようにはならなかった」


 俺が直前に岩の剣で甲冑を叩き切っていたから、恐れて拳を出せなかったのかもしれない。不意打ちをしてもなお怯えるなら最初から襲いに来なければいいものを。


「殺人鬼ならどんな動機で人を殺してもおかしくはない。つまりは無差別殺人だ。であれば、俺たちは最初から狙われていたのではなく、例えば……テクネーニルが狙われているところにのこのこ踏み入ってしまっただけなのではないか?」


 イェネオは考え込むように顎に手を当て黙り込んだ。俺もこれが絶対に正解だとは考えていないが、少なくとも完全に否定できるものでもないはずだ。


「城に戻れば答えが出るだろう。もし犯人が城から追ってきたなら誰にも気づかれないなど不可能だ。騒ぎが起きていなければ殺人鬼の仕業、騒ぎになっていれば城を抜け出した者の仕業ということだ」


 後者であれば事件にも決着が付く。何とも拍子抜けな幕切れだが、精神的に追い詰められた犯人の自暴自棄だったとすれば、カリダ様の存在あってこその勝利と言えるだろう。


 イェネオは体に巻かれた包帯を擦り、俺を見上げる。


「ならさっさと確かめてきてくれ。もう平気とは思うがカリダ様の護衛は任せたぜ。お前に頼むのは癪だけどな」


「お前に頼まれるのは何とも気分がいいな。良いだろう、お前はゆっくり体を休めておけ」


 俺とイェネオは笑い合い、拳を突き合わせた。


 カリダ様はテクネーの家に行く前、これで犯人が分かるかもしれないと仰っていた。きっと明日の朝には良い報せを持ってこられる。


 つまり今夜、事件の決着が付く。俺は強く期待していた。




     *




「か、かぐっ……開門!」


『空泳船』で王都の上空を飛びながら、すぐ近くに迫った『霧の城』へ向けて俺は声をかけた。舟が揺れるせいで何度か舌を噛んだが問題ない。口の中で血の味がするだけだ。


「無事に戻って来れてよかったね~」


 後ろでカリダ様がのんびりと言う。舟には俺と彼女との二人だけで、王妃様のご遺体はない。今は一刻も早く城へ帰るべきだと判断したのである。


 城の者たちは外で何があったかを知らない。さぞかし退屈そうに待っていることだろう。


 と予想していたのだが。


 霧に穴が広がり、中を抜けて霧の壁の内側に入る。すっかり暗くなってしまったために城は空に浮かぶ影と化していたが、下の方に青白い灯りがともっていた。


「花国探偵!」


 城門前に降り立つと同時に、スキア様と監視官たちが駆け寄ってきた。


「やっぱりあのあれは罠やったんですねぇ。ああ、とにかくカリダさんが無事でホンマに良かった!」


 ウェントスのロギオス監視官が俺たちの様子を見て安堵の息を吐く。フランマとフロースの監視官も俺たちの帰りを喜んでくれているようだった。カコ監視官はここにはいない。


 俺たちの負った傷は魔術で完治しているし、血まみれになった服も着替えている。見た目には何事もなかったように見えるのだろう。


 しかしスキア様は彼らの後ろから俺たちに鋭い視線を向け、腰に片手を当てた。


「街で何かあったね?」


 さすがはサクスムの水流騎士だ。一目で異変に気づいてくれた。元々伝えるつもりだったから、俺は素直に頷いた。


「はい。街の外でのことですが、殺人鬼と見られる者から襲撃を受けました」


 監視官たちが息を飲む。スキア様は今一度俺たちを観察し、舟のあたりに視線を飛ばす。


「イェネオは無事かい?」


「負傷はしましたが、今は街の病院で休んでいます」


「そうか、よかった。全員生き残れたのなら何よりだ」


 彼がほっと胸をなでおろしわずかに俯くと、顔に陰がかかった。


「僕は君たちに謝らなきゃいけない。君たちが襲われたのは、半分は僕のせいだからね」


「どういうことぉ?」


「一から説明するよ。歩きながら聞いてくれるかい?」


 スキア様はそう言って城の中へ入っていく。俺たちも後に続いた。監視官たちもついてくる。彼らを一瞥し、カリダ様が首をかしげる。


「『霧』の見張りはいいのぉ?」


「今さら意味はないさ。何せ、とっくに『霧』は破られてるんだからね」


「破られた? どういう意味ですか?」


「そのままだよ。暗殺事件の犯人は僕たちの目をかいくぐり、まんまと外へ脱出して見せた。そうして君たちを襲ったのさ」


 城の入り口から冷たい風が吹いてくる。俺は思わず身震いした。


 スキア様は苦笑して肩をすくめる。


「おっといけない、断片的な情報は君たちを混乱させるだけだね。約束通りちゃんと一から話すから、お口を閉じてお利口さんにしていてくれよ?」


 俺とカリダ様が同時に無言でこくこくと頷くと、スキア様は吹き出した。


「あははっ、いいね! その感じで頼むよ」


 彼はすぐ真面目な表情になると、俺たちが城を出た後のことを語り始めた。


「君たちが出て行ってから二刻ほど経った頃だったかな。今ちょうど通り過ぎたあたりの床にナイフが突き立てられていたんだ。僕が見つけたんだけどね、ナイフは紙切れを留めるためのもので、そこにはある犯行声明が書かれていた」


 スキア様は足を止め、後方を振り返った。


「『花国探偵を殺す』――ってね」


「まさか!」


 俺が思わず声を上げると、スキア様は「しーっ」と人差し指を立てる。


「それで僕は、このことをホドス様にお伝えした。どうあれ無視できる言葉じゃなかったからね。ただ、すぐにその声明は罠だろうということで落ち着いたよ」


 スキア様は再び前で歩き出し、続ける。


「だっておかしいだろう? 本気で花国探偵を殺すつもりならこんなメッセージを見せる理由がない。僕たちが外に出て彼女を庇いに行ったら面倒が増えるだけだ。けど、それこそが目的だったなら――つまり、捜索隊を出させるために声明を書いたのなら話は簡単なんだ。犯人は捜索隊と一緒に城の外へ抜け出して、どさくさに紛れて捜索隊もろとも君たちを殺そうとしたんじゃないかな。そうすれば、同盟を相手取るよりは安全に生き延びられるだろう?」


 口ぶりからしてスキア様自身の推理らしい。やはりサクスム最強の騎士は頭も切れる。


 ホールへ続く階段を上がりながら、スキア様はため息をついた。


「まあこの推理は外れていたわけだけどね。現に君たちが襲われているんだから。でもそうなると、犯人は何のために声明なんて残したのか……」


 彼は次第にぶつぶつと独り言ちるように声を小さくして、立ち止まる。しかしすぐに顔を上げておどけるように笑った。


「おっとっと、今は説明の時間だったね。まあそれで……君たちが安全だろうと踏んだ僕たちは、当然城の封鎖を続けて、捜索隊も出さなかった。ただ、そんなものを書いた犯人を放置するわけにもいかない。城中の人間を一つの部屋に集めて、監視し合うことにしたんだ。今ついてきてる三人の監視官とアスピダ様、それに僕だけは霧番として城門に残ったけどね」


 ホールに入ると、白く眩しい部屋の輝きに目が痛くなる。目が慣れてから、壁際の見張りがいなくなっていることに気づいた。東側の扉のそばに立っていたはずだが、今の説明から考えると見張りの者たちも同じ部屋に集められたのだろう。


 少し前を歩いていたスキア様は視線を流すように振り向いて、俺の目を見た。


「おや、気づいたかい? そう、今朝そこにいた見張りも今は皆といっしょだよ。ついでに言うと、その彼のおかげで判明したこともある」


「なあに?」


 カリダ様が相槌を打つが、これには突っ込まず彼は頷いた。


「君たちが城を出た後、ここを通って城門へ行ったのは二人だけってことがだよ。一人は僕、そしてもう一人はエン医師の従者ファルマコセキニさ」


「それは……つまり」


 犯人はファルマコか、あるいは――。


 ところがスキア様はやれやれといった調子で首を横に振った。


「はいはい、結論を急いじゃいけないよ。ここを通ったのは二人だけだけど、窓から外に出て強引に回って来ればいけないこともないからね。疑われたくない犯人はむしろそうするのが普通じゃないかな。というわけで、僕は全然アヤシクナイヨ」


 確かにこの城には、『心臓室』から供給される過剰な空気を抜くための窓がいくつもある。しかし自分から説明されると逆に怪しいような……。


「この話をしたのは別に、疑わしいとか疑わしくないとか、そんなあいまいなことのためじゃなくってね。さっき言っただろう? 君たちが城を出てから犯行声明が見つかるまでには二刻ほどの間がある。逆に言えば、その間に窓から外に出て紙切れを置く時間のあった人だけが犯人候補になるんだよ。例の『指示書』の時とは違って『残影のランタン』で隠せる状態でもなかったから、発見時間をずらすこともできないんだ」


 そこまで言って、スキア様は小さく息をつく。


「いや。あまり僕が推理しても仕方ないな。せっかく花国探偵がいるんだから、状況説明だけに留めるよ」


「わたしはもっと聞いてみたいけどな~」


「あはは、よしてくれよ。おそれ多いってもんさ」


 東の扉から廊下に出る。後ろからの風が冷たくて肌寒かった。気のせいか、今夜はなんだか妙に冷える。


くだんの二刻の間、常に人目の中にあった人は結構いるんだ。主に広間に集まっていたお客人たちだね。むしろ声明を置くチャンスのあった人を挙げた方が早い。アガペーネ様とその従者、ホドス様、エン医師とカコ監視官、それと……」


 それから客人や城の人間の名がいくらか挙げられた。カストロニアとフィリアーネ様はずっと広間にいたようだ。正確に言えばカストロは、お茶や料理を運んだりで行ったり来たりしていたらしいが、城門へ行くだけの時間はないだろうと結論付けられていた。


 しかし本人が衆人環視にあっても疑いは消えないはずだ。国王暗殺の犯人には共犯者がいる可能性もある。


 エン医師やカコ監視官、ファルマコといった事件と無関係の人々については潔白と見ていいだろう。今回の襲撃がカリダ様を狙ったものなら、目的は自らの犯行を暴かせないために決まっている。


 要するに、暗殺事件の犯人候補全員に未だ疑いは残っているということだ。いや、エルピネス様を殺めていないと分かっているホドス様だけは例外か。


「さて。犯人候補についてはこれくらいにして、いよいよ最も肝心な話に移るわけだけど――」


 スキア様は大きく後ろを振り返り、俺たちより後についてくる監視官たちを見やった、


「『霧覆いし世界ムンドゥス』の石板を監視していた彼らの証言によれば、君たちが帰ってくるまで城を守る『霧』に妙な動きはなかったそうだ。晴らされるどころか、ほんちょっと動かされたような形跡もない。だから僕らは安心しきっていたわけだけど、犯人はどうやってかこの霧を突き抜け、君たちを殺しに行った。数十年破られることのなかった『霧の城』の守りを突破して見せたのさ。一体どんな手を使ったのか、僕には見当もつかないね」


 俺はつい立ち止まり考え込んでしまう。ここに来るまでは偶然殺人鬼に出くわした可能性を強く信じていたが、次点で考えていた暗殺犯の自暴自棄ですらなく、犯行声明まで用意した余裕の犯行だった。『霧の城』の守りを誰にも気づかれずに突破する――そんな方法、俺にも到底思いつかない。


 だが一つ、考え付いたことはあった。


「突破していないのだとしたら、どうでしょう?」


 スキア様が眉を上げ、首をかしげた。


「どういう意味だい?」


「犯行声明を書いた者は城外に出ていないのではないでしょうか。正確には出られなかった。スキア様の推理により捜索隊が出なかったためです」


 そう、犯人は目的を完遂できなかった。それならば話は簡単だ。


「いやいや、君たちは襲われたんだろう? 声明の通りになっているじゃないか」


 彼が納得できないのも無理はない。城外での出来事を体験した者にしか分からないことだろう。


「実は城に戻る前から、自分はある可能性を考えていました。自分たちを襲った者は暗殺の件とは無関係なのではないかと。何故ならその襲撃者が『穴開けバイア』かもしれないからです。自分たちは偶然殺人鬼に出くわし、偶然に襲われたのです」


 俺は強い自信を持って告げた。少なくともこれを聞けば驚きに目を見張り、耳を傾けてくれるだろうと思った。


 だがスキア様は目を逸らし、困ったように額を押さえた。


「いや、それは……ああ、知っているとも。さっき君が殺人鬼に襲われたと言った時に確信したよ。やっぱりそうだったんだね」


「知っていた? な、何故……」


「犯行声明の内容」


 カリダ様が何かを察したように呟き、割って入ってきた。


「まだ要約したものしか聞いてなかったよね? 具体的には何て書いてあったの~?」


「ああ、そうだね。ちゃんと言うべきだった」


 スキア様は今ここにはない紙切れの内容を、まるで読み上げるかのようにすらすらと聞かせてくれる。


 曰く、紙にはこのように書かれていたらしい。


『花国探偵は帰らない。ここに戻るものがあるとすれば、胸に風穴を開けた亡骸なきがらのみであろう』


「胸に風穴? それは……」


「ああ。まさしく『穴開けバイア』が好んでいる手口さ。これを聞いても君はまだ、殺人鬼に偶然出くわしたと言えるかい?」


「い、いえ。ありえないと、思います……」


 ありえない。だが、偶然殺人鬼に出会うのと同じくらい、『霧の城』から人知れず脱出するのもありえない。


 それでも犯人はやったというのか? 『霧覆いし世界ムンドゥス』の穴を見切り、突破したと?


 冷たい風が首筋を撫でる。俺はまた身震いした。









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