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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第四章『霧の城と殺人鬼』
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3. 英雄を目指す小悪党

 パチリ、パチリとどこかで火花が散った。


 はっとする。目を開けるとまだ周囲は煙と炎に包まれていた。


 意識を失ったか? いや、ぎりぎりで踏みとどまれた。少なくともまだ状況は変わっていない。俺の体は焼けていないし、カリダ様も倒れてはいるが呼吸をする動きが見えた。


 終われない。こんなくだらないところで呆気なく死ぬなんて許されない。


 エルピネス様の無念を晴らしていない。カリダ様とイェネオを守れていない。フィリアーネ様を悲しませたくない。ホドス様の無実を証明できなければ、サクスムだって終わってしまう。


 俺は床に爪を立て、歯を食いしばって顔を上げる。


「そう……来なくてはな」


 笑みと共に呟いた。同時に自分の発言に目を見張る。


 なんということだ。俺はこんな時に自分のことを考えている。


 自分自身のことだから分かる。今の言葉はただの強がりではない。心の高ぶりから自然と漏れ出た声だった。


 そうだ、今のこの絶望的な状況は……俺が幼い頃からずっと求めていたものだ。


 内なる闘志が燃えていた。この状況を乗り切れば、ずっと欲しかったものが手に入るから。俺がいなければ誰も助からなかった。俺がいたから多くの人が救われた――そんな誇らしい事実が。


 そう。こんな時に俺は、人生最大の手柄を得られる幸運に打ち震えていた。俺の中には自分勝手で利己的な悪魔が住み着いている。


 醜い。浅ましい。愚かしい。自分でも思う。とんだ小悪党だ。


「フハ……ハハハ……」


 俺は笑った。失望のあまりの自らへの嘲笑、などではない。俺は自分自身を誇りに思う。何故ならこれから、あの花国探偵をこの手で救うのだから。


 たとえ本性が小悪党であろうとやるべきことは変わらない。花国探偵を救えるのは俺だけであり、それはすなわちサクスムを救えるということ。俺は今、間接的にだがサクスムの英雄になろうとしている。


 目の前にこんなに美味しい物が転がっているのに倒れている場合ではないはずだ。だから――。


「俺は、死なない! カリダ様も、イェネオも守る!」


 痺れる手足に力を入れ、声を振り絞り、起き上がる。無論、気合だけでは無意味だ。生き延びる策が要る。


 ――時として人の知恵は魔術をも凌駕する。


 親父の言葉が脳裏によみがえった。考えろ、考えろ。生き延びる方法を考えろ。この際魔術を超えるほどの策でなくてもいい。生き残れば俺たちの勝ちだ。


 俺は煙をかき分けるようにしてテクネーの遺体に近寄った。その足元には未だに白い光を放つ『テクネーの矢』がある。


 俺の魔力では大した威力は発揮できない。それにさっき『蛍花』に吸わせてしまったばかりだからそもそも爆発させられないだろう。


 だが、これがあれば――。


『蛍花』は触れた生き物の魔力を吸う。その原理は既に解明されていた。生き物の体にある魔力の器を一時的にこじ開けるのである。すなわち、触れられた者は俺と同じ魔力漏れの体質になる。


 俺はテクネーの体に『蛍花』を当て、すぐに離した。すかさず『テクネーの矢』を近づける。矢先の爆ぜ石がその輝きを強め始めた。この場に弓はないが、問題はない。


 俺は意を決して駆け出した。部屋を飛び出し燃え盛る炎の中を走る。熱い空気に肺を焼かれる。炎が身を焦がし、煙が顔を炙る。けれど今はそれらの苦痛が身体の感覚を取り戻させてくれた。


 ここで爆ぜ石と共にはじけ飛ぶつもりはない。弓がないなら投げればいい。槍投げの要領で深く足を踏み込み、瓦礫に塞がれた出入り口へ向かって思いきり腕を振った。


「信じるぞ、テクネーニル! お前の遺した武器を!」


 煙と熱気で目を開けられずよく見えないが、『矢』が瓦礫に突き刺さる音は聞こえた。強烈な光がまぶたを閉じていても感じられる。俺は『矢』と反対側へ飛び込むように伏せ、頭を守る。


 直後、轟音と衝撃が空気を揺らし、激しい風が背中の上で吹き荒れた。




     *




 白い空へ向かって薄い煙がのぼっていく。


 想像を絶する爆発だった。テクネーの家であった一枚岩は、大部分が抉り取られたようになくなっている。テクネーのいた部屋だけは最も離れた位置にあったおかげで壁の一部を残し、カリダ様たちを守っていた。天井は吹き飛び、火も消えている。


 ここまでの威力とは思わなかった。『蛍花』で絞り出したわずかな魔力だけではせいぜい瓦礫がれきを吹き飛ばすのが関の山と思っていたのだが。


 大きな音にやられたせいか耳鳴りがしている。体中が痛い上に、頭もまだくらくらした。救いなのは新鮮な空気を吸えることか。


 朗報はもう一つある。


「ごめんねぇ、まだ歩けなくて」


「いえ、カリダ様をおんぶできるなど光栄なことです!」


 カリダ様が目を覚ましたことだ。布と紐を駆使して背中にくくりつけ、カリダ様自身の力も借りて背負っている。ただ、まだ回復しきってはいないのか、すぐにまた眠ってしまった。


 両腕には『断絶の布』で包んだイェネオを抱えていた。あらゆる衝撃から防いでくれるこの布で守れば怪我を悪化させずに運べる。『布』越しのイェネオは重さを感じるのにまともな感触がなく、ぬるい強風に押されているような不思議な感覚だった。


 今は二人を連れて馬車に向かっているところだ。残念だがテクネーの遺体はいっしょには運べなかった。三人で逃げるのが最優先だ。


 馬車が無事とは思えないが、どのみち通り道にあるのだ。行く道は変わらない。


 警戒心は解いていなかった。まだ周辺には甲冑の本体が潜んでいるかもしれない。今になって思い返してみると、二体目の甲冑が来たタイミングはあまりにも早すぎた。少なくとも敵は二人以上いたと見るのが自然だろう。


 しかし敵が襲ってくる気配はない。『満たされた器』を盾にしていたのに仲間が死に、『テクネーの矢』による大爆発も起きたのだ。安全圏から高みの見物を決め込んでいた奴らにとって俺たちは恐ろしい相手に思えるだろう。逃げていてもおかしくはなかった。


 楽観視はしないが、怯えている暇があるなら先を急ぎたい。イェネオはちゃんと止血されていたようだが、重傷であることに変わりはないのである。一刻も早く医者に診せなければ命にかかわる。


 テクネーの家の敷地を出たところで、人が倒れているのに気づいた。広い地面の上に血が広がっている。腹に穴が開き、全身が赤く染まったような状態でも、服や体の形で分かる。俺たちをここまで連れてきてくれた馬車主だった。


「……すまない」


 今回の襲撃は予測できないものだったが、無関係の民を巻き込んだことは事実だ。そのせいで命を落とさせた。テクネーも馬車主も、殺されるような罪などなかったはずなのに。


 せめて祈りを捧げようと近づこうとして、背筋が凍り付くような悪い予感がして足を止めた。


 その瞬間、目の前で鉄が軋むような音がした。空間が歪み、遺体がはじけ飛ぶ。血しぶきを浴びながら俺は全力で駆けだし、森に飛び込んだ。


 今のはイェネオも使っていた魔術、『偽らざる景色スカエナ』だ。あと一歩踏み込んでいたら体を捻じ曲げられて死んでいた。周囲の様子を窺うが、近くに気配はない。


 やはり罠だった。姑息な手を使うものだ。馬車主の遺体を利用して俺をあの位置へおびき寄せたのだ。


 幸い、また同じ魔術が飛んでくる心配は少ない。『偽らざる景色スカエナ』は強力な魔術だが、事前に紙を用意して間合いを決めておく必要がある。範囲も狭く、今のような遠距離攻撃には適さないのだ。今回はあらかじめ遺体の場所を捻じ曲げると決めていたから正確に狙えただけに過ぎない。


 俺は勝ち誇ったように笑い声を上げる。


「フハハハハ! とんだ腰抜けだな、穴開けバイア! お前たちがこれまで捕まらなかったのは臆病風に助けられたおかげか!」


 連中が命を顧みずに突っ込んでくるような相手なら正直勝ち目は薄かった。だが姑息な罠を仕掛けるだけの臆病者なら問題はない。


 奴らがいるのはこの森だろうか、山の方だろうか。分からないままてきとうに、俺は歯を剥き、叫んだ。


「そんなに命が惜しいか卑怯者! 殺人鬼の分際で死を恐れるなど滑稽だな! まあ良い、今はそうして縮こまっているがいい。この俺が直々に引きずり出してその腐った頭を叩き割ってやる!」


 そう言いながら、俺は森の中を駆け出した。敵を探すためではない。逃げるためだ。


 引き際こそ牙を剥け。これは戦う者にとって基本中の基本だ。無謀に挑みかかれというのではなく、逃げる時も不用意に背中を向けるなという意味だ。戦意を見せねば追手の攻撃は苛烈になる。それを防ぐための――要はただの威嚇だった。


 カリダ様を背負い、イェネオを抱えたまま走る。やや無謀だが、このまま自分の足で森を抜けるしかない。森へ飛び込む直前、手前にあった馬車が壊れているのが見えた。馬も逃がされたようだ。


 最悪に近い状況だが、木々の陰に入ってから一度も攻撃は飛んできていなかった。希望はあった。


 先ほどの罠が最後だったのかもしれない。つい気が緩みかける。


 しかしそれも束の間のことだ。新たな脅威が前方から這い寄ってきた。


 比喩ではない。ソレは本当に這ってきた。屋敷よりも巨大な、通り道の木々をなぎ倒してしまうほどの膂力りょりょくをもった化け物――大蛇である。


「キシャアアアアアッ!」


「森の……主?」


 ここへ来る途中に見かけた蛇の魔獣だ。何故だか知らないが殺気立ち、こちらを睨んでいる。


 テクネーニルの家で起きた爆発のせいだろうか。もしや俺たちが森に害を為す存在だと誤解されたか?


「待て、俺たちに害意はない。お前たちを傷つけるつもりは――」


「シャアアアアッ!」


 大蛇は問答無用とばかりに突っ込んできた。途中木々をへし折るも全く速度が落ちない。危うく全身を貫かれるところだったが、寸でのところで横に跳べた。


 知能が高いと聞いていたが、この様子では話し合いなどできそうもない。


 蛇が身を起こす。大きな塔に見下ろされている気分だった。蛇が通ってきた道を見る。密集した木々がめちゃくちゃにへし折られている。小枝のように簡単に折られているが、一つ一つがハンマーで叩いても倒れなさそうな立派な木ばかりだ。


「キシャアアアアッ!」


 大蛇が叫ぶ。これはもう、蛇と括れるものではない。


 血の気が引く。こんな化け物、魔術なしで勝てるわけがない。両手だって塞がっている。俺の力ではどうしようも――。


 ぎり、と歯を食いしばった。諦めるなニーケーダン。兵士になった時からこの程度の絶望は想定していたはずだ。


 恐怖はある。体は震えている。だがそれでも立ち向かえる。俺はそういう人間だ。どんな時でも折れたりしないのが俺という戦士なのだと、俺自身が知っている。


 俺は笑った。


「良いだろう。俺を殺したいのならかかってこい」


「シャアッ!」


 蛇が突っ込んでくる。瞬間、俺は目を剥いた。


「かかったな、愚か者!」


 大蛇がびくりと身を固め、のけぞるように距離を取る。俺は蛇とは真反対に駆けだした。


「フハハハハ! ただのハッタリだ馬鹿者め! なまじ知性があるのが仇になったな!」


 我ながら姑息な手を使った。距離は取れたが二度は使えないし、すぐに追いつかれるだろう。それでいい。できるだけのことをやり尽くす。


 生き汚くていい、小悪党と呼ばれても構わない。足掻きもせずに死ぬよりはずっと良い。


 走る、走る、走る。息が切れても、足が重くても、とにかく駆け続けた。


 もう『穴開けバイア』はどこかへ行ったかもしれない。大蛇も諦めてくれたかもしれない。少しでも希望があるならそれに賭けるのだ。


「キシャアアアッ!」


 ダメか。苦笑がこぼれた。だが完全に詰んだわけじゃない。少なくともまだ足を動くし、逃げられている。


 ついに足がふらつき、木の根っこにつまづいた。転倒し、イェネオも落としてしまう。だが平気だ。『絶縁の布』に包まれているから、落下の衝撃は受けていないはずだった。


 ならば諦めない。生き残ることも、イェネオとカリダ様を助けることも、まだ諦めてはいけない。


 カリダ様を背負ったまま立ち上がる。空いた両手に黒岩の剣を握り、構えた。


 酷い状況なのは認める。殺人鬼の次は大蛇とは、本当についていない。


 だが、それだけだ。親父は――大英雄フルリオダンは、こんなところで諦めたりはしなかっただろう。希望を探し、策を練り、この場を切り抜けるはずだ。カリダ様も、まともに動ける状態ならきっとそうした。


 だから俺も、諦めはしない。


「シャアアアアッ」


 再び大蛇が突っ込んでくる。先ほどのようなハッタリはもう通じないだろう。逆に言えば迷わず来るのは分かっている。また最初のように横に跳べば――。


「ぐっ!」


 がくんと右膝が落ちた。疲労か、怪我か、また何かにつまずいたか。


 原因を考える暇などない。とにかく最悪のタイミングだった。


 巨大な殺意の塊が迫ってくる。当たれば終わりだ。試さなくても分かる。容易くなぎ倒された木の群れが突進の威力を物語っていた。


 遅い。何故だか蛇の動きが緩慢かんまんに見える。音が遠のき、体から余計な感覚がなくなり、妙に頭がはっきりとする。


 フルリオダンの血のおかげだろうか。それとも死を直前にして体が全ての力をかけて生き延びようとしているのか。


 ああ、そうだ。まだ終わってはいない。こんなにノロノロとした突進なら簡単に躱せる。なんだ、大蛇というのも大したことないではないか。


 横へ跳び、イェネオを抱え、再び全力で駆ける。どう動くべきか、イメージは既にできていた。


 だが、動かない。体が思った通りに動いてくれない。正確に言えば、遅い。あまりにも遅すぎた。頭だけ冴えても体が追い付かなければ意味がない。


 理解してしまった。これはもう、避けられない。今度こそ終わりだ。


 いや、諦めるな。まだ頭が動くなら考えろ。どうする? どうすれば助かる? どうすればこの状況からこの化け物を鎮められる?


 親父なら、カリダ様ならどうする?


「にゃはは。お前はほんと、諦めの悪いヤツだにゃあ」


 声がした。聞き慣れすぎて聞き飽きた、親友のおかしな笑い声。


 音が聞こえた。ぐしゃりと硬いものが潰れたような残酷な音。


 目の前で空間が歪み、蛇の頭がひしゃげていた。


 真っ赤な雨が降り注ぎ、俺のすぐ傍を肉の塊が通り抜けていく。


 真っ黒な魔術の布に包まれたイェネオの腕が、血の模様を描かれた紙を握っていた。


『偽らざる景色スカエナ』――イェネオの放った魔術が大蛇の頭を粉砕したのである。


「……はっ」


 思わず漏れた笑みには、生き残った安堵と、重傷者に助けられた悔しさが入り混じっていた。


 さすが魔術だ。伝説上の化け物と見紛うような大蛇だろうと一撃だ。辛うじて意識があったイェネオの、ちょっとした一撃で退治できてしまった。


『テクネーの矢』を使い、『偽らざる景色』に救われた。結局俺は、魔術の力に生かされた。英雄になれると張り切ったが、ここでの主役はイェネオだったのかもしれない。


 だがまあ、それはさておき。


「うおおおおおやってくれたな、イェネオ! お前は最高の相棒だ!」


 俺は心からの喜びの声を上げ、イェネオに駆け寄った。俺たちは生きている。絶望的な状況を二度も切り抜けた。喜ばずにはいられなかった。


 イェネオは浅く苦し気な息をしながらも、いつものように「にゃはは」と笑った。


「相棒か……まあ、そういうことにしといてやるよ。だからさっさと医者に連れてってくれ」


「無論だ。相棒を死なせる英雄がいてたまるか」


 英雄という言葉に突っ込んでくるかと思ったが、イェネオは笑うだけだった。


 やはり自力では動けないようだ。イェネオを抱え上げ、俺はまた駆けだす。医者の処置には絶対に間に合わせる。美味しいところを持っていかれたまま死なせるものか。


 それ以降『穴開けバイア』は襲ってくることはなかった。魔獣も新たな刺客も現れることはなく、無事に森を抜けた。


 ようやく街に帰り着いた時、既に日は大きく傾き、遠くの空は赤みがかっていた。







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