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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第四章『霧の城と殺人鬼』
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1. テクネーの矢

 今から十日前、王都付近で魔力災害が発生した。平たく言えば、爆発である。


 大地が震え、風が吹き荒び、強い光が視界を覆う。人々は突然の出来事に恐慌状態に陥り、王都はしばしの間機能を停止した。


 光が収まった時、高台で見張りをしていた兵が気づいた。王都付近の山の一つが、全く別の形に変わっていたことに。


 三日月のような形に抉られたその山は、災害の威力を教える資料として今も変わらぬ状態のまま残されている。




     *




 三日月の山が陽の光を眩しく反射する。その手前に城のように大きな一枚岩が鎮座ちんざし、そのさらに麓に洞窟どうくつがあった。


 これがテクネーニルの住居兼仕事場らしい。馬車で森を抜けてきた俺たちは当初、どこに家があるのか分からず困った。一度はここよりさらに奥にある岩山まで探しに行ったのだが、何も見つからずに戻ってきたのだ。その後偶然にこの洞窟に気が付き、岩に掘られた『テクネーニル』の文字を読むことができた。


「近くに王都があるってのに、わざわざこんなところに住むなんてどんな偏屈老人が住んでるんだろうにゃあ」


「めっ! 悪口はダメだよ」


 軽口を叩いたイェネオがカリダ様に叱られるのを横目に、俺は馬車主の男に報酬を入れた袋を渡す。


「すまないがここで待っていてくれ。それほど時間はかからないはずだ」


「いやいやいや、お気になさらず! こんなにもらえるならいくらだって待てますよぉ! いやぁ~、太っ腹な紳士はカッコいいですねぇ~!」


 男は手をこすり合わせてあれこれと褒めちぎってくる。この男、中々見る目があるようだ。


「にゃ、にゃあ……あの三日月山、魔力災害でぶっ壊れたって話だよな? もっかい爆発したりしねえか? 俺様たち、吹っ飛ばされたりしないよな?」


「魔力災害ならむしろ今は安全なはずだ。爆発が起きるための力を使い切っただろうからな」


「そ、それもそうか」


「ところで、カリダ様」


「なあに~?」


 俺は話題を変え、カリダ様へ向き直る。


「エルピネス様の寝室にあったあの絵を見て、ここへ来ることを決められたのですよね? 具体的には何を気にされているのですか?」


 真新しい石の額縁に入れられていた抽象画――あの絵について知ることで、どうやって犯人を突き止められるのだろう。


 カリダ様はここでの聞き込みが最後になるかもしれないと仰っている。それほど重要なものだということだ。


「絵というより……ううん、あの絵自体も重要かもね~」


 意味深に呟いて、カリダ様は深く青い瞳で俺を見上げる。


「ニケくんが話してくれたことだけど、王様は昨日の就任式の直前、お城の外に何かを取りに行ってたんだよねぇ?」


「はい。それが何だったのかは結局まだ分かっていませんが……」


 そのために、儀式の準備で走り回っていたカストロがキーキー文句を言っていたのを覚えている。


「スキア様によれば、昨日『それ』を持ち帰ったのは国王演説で披露するためだったと……。エルピネス様ご自身も、サクスムの威光を知らしめるのだと楽しみにしておられました」


「うん、そういうお話だったよね~。わたしは『それ』が、実はあの絵なんじゃないかなぁ~って思ってるんだぁ」


「あの絵が、ですか?」


 他にそれらしいものがなかったのは事実だが、いくらなんでもあんな紙切れがサクスムの威光を示してくれるとは思えない。


 しかしカリダ様の言うことだ。もっと深い考えからのお言葉なのかもしれなかった。


「にゃあ、早くしろよ。こんなところで話してたってしょうがないだろ?」


 イェネオに急かされ仕方なくはなしを切り上げる。大事な確認を無駄話扱いされたのは心外だが、一番聞けたいことは聞けたから良しとしよう。


「おーい、テクネーニル。いるかぁ?」


 洞窟へ向かってイェネオが大声で問いかける。返事はなかった。


「あれ、いないのかなあ」


「ここまで来て留守だと? くそ、王都に住んでくれていればこんな面倒はなかったというのに」


「待て。ちょっと静かにしてろ」


 イェネオが耳に手を添え、周囲の音に集中するように目を閉じる。猫騎士と名付けられただけあって、彼は人より耳が良いのだった。


「……これは」


 イェネオが目を見張る。いつになく真剣な表情にどきりとして、思わず周囲を警戒する。


「なんだ? 何か聞こえたのか?」


「あ、ああ。これは――いびきだ」


「は?」


 留守ではなく寝ていただけらしい。昼時もとうに過ぎているというのに……。


「よし。叩き起こすぞ」


「にゃはは、遠慮してる場合じゃないしな」


「優しく起こしてあげてね~」


 ピルゴスの屋敷に強引に乗り込んだ俺たちが今さら躊躇ちゅうちょするはずもなく、三人で穴の中へと足を踏み入れる。


 洞窟の中は意外にも洒落ていた。壁や天井はごつごつとした岩がむき出しになっていたが、落ち着いた橙色の灯りや細やかな柄の絨毯により温かさを与えられ、心地の良い空間に仕上がっていた。


 湾曲して伸びる廊下には時折、曲がりくねった金属製の階段があったり、真っ暗な横穴があったりするが、先頭を進むイェネオはそれらへ一切目を向けなかった。どうやらいびきがどちらから聞こえるか分かるようだ。


 しばらく進むと、ようやく生活スペースと見られる、ソファや暖炉の置かれた部屋に出た。さらに奥から豪快ないびきが聞こえてくる。


「案外良い家じゃねえかよ。さすがは芸術家ってところか?」


「おっと、間違っても本人には言うなよ。聞いた話だが、武器職人として扱われないと会話が成り立たなくなるほど怒るらしいぞ」


「なんだそりゃ。はあ、また変人の知り合いが増えちまうのか」


 しきりににゃあにゃあ鳴いている変わり者がよく言えたものだ。しかしまあ、『霧の城』の人間に独特な人が多いことは認めよう。


 警告も済んだところで奥の部屋へ入る。そこはこれまでの狭めの廊下とは比べ物にならないほど広い部屋だった。『霧の城』のホールくらいはあるのではなかろうか。岩の中にこれほどの空洞があるとは思わなかった。


 大量の白い灯りに照らされた明るい室内には絵を描くための台が置かれ、床には額縁やクシャクシャになった紙が散乱していた。


 そのど真ん中で仰向けになり、ずんぐりむっくりとした子どものような背丈の老人が眠っていた。日なたのように眩しい場所なのに、大口をあけていびきをかく姿は何とも気持ちがよさそうだ。


「む? これは……」


 俺は壁際に並んだ額縁に目を留める。床に散乱したものとは違い大切にされているようだ。


 額縁の乗った台や付近の床にはご丁寧にも『断絶の布』が敷かれている。燃えたり裂けたりすると効果がなくなる弱点はあるが、あらゆる熱や衝撃、魔力すらも阻んでくれる優れものだ。


 床に敷くよりは額縁ごと包んだ方が安全なのだが、絵が見えなくなるのを嫌ったのだろう。


 しかし、飾るにしては妙な点がある。


「にゃんだぁ? 全く同じ絵が七つも並んでるぜ」


 イェネオの指摘した通りだった。七つ並んだ額縁には全て、虹色の霧が描かれた抽象画が入っていた。エルピネス様の寝室で見たのと同じものだ。


 俺は額縁を一つ手に取り、未だに大いびきをかいている小さな老人の元へ近づいた。


「おい、起きろ。聞きたいことがある」


「んあ?」


 テクネーは思いのほか簡単に目を覚ました。寝ぼけた様子で目をこすり、俺を見返し――跳びあがった。


「ドロボー! ドロボーだべぇぇ!」


 いきなり胸ぐらをつかまれ、あごに頭突きを喰らう。


「ンゴォッ! ま、待てっ、誤解だ! 盗んだのではない! 俺はただ話を……」


「ドロボーは皆そう言うだよ! 空き巣だべ! 空き巣だべ!」


「人の話を聞け!」


「うるせえど! 盗んだんでねェならどうして手に持ってるだァ!」


 まずい、これでは聞き込みにならないどころか殴り合いになってしまう。


「オラとエル坊の大事な品になぁにさらしとくれとるべかァ! ドタマかち割ったるぞ小僧ォォォ!」


「エル坊? ……痛っ、やめろっ、そこは!」


「うにゃあああ落ち着け爺さん! 俺様たちは話が聞きたくて来ただけなんだよ!」


「ヒイッ? 仲間がいただかぁっ? 強盗だべ! 強盗だべ!」


 テクネーは頭に血が上って何も聞こえていないようで、ひたすら手足を振り回し発狂するだけの異常者と化していた。


 どう落ち着かせればいいかを考える余裕もなく、暴れる老人を押さえつけることしかできない。


 そんな状況でもただ一人、一切の動揺を見せず、にこにこしているお方がいた。無論カリダ様のことである。


「ねえねえ、エル坊って、王様……エルピネスくんのことぉ?」


「ひょっ?」


 声を掛けられ、テクネーは奇妙な声を上げる。カリダ様の姿に気が付くと、硬直した。


「か、か、か……可愛いだぁぁぁ!」


「おい、こら!」


 いきなり叫んだかと思うとカリダ様に飛びかかろうとしたので強引に押さえつける。


「え、えらいめんこいお嬢ちゃんだべなぁ……木のみ食うけ?」


「いいのぉ? ありがと~!」


「でへへへ、良いってことだべ!」


 テクネーに睨まれて離してやると、大きく舌を鳴らした後、カリダ様にしわくちゃの笑顔を向けた。作業台のそばのテーブルに置かれた皿から殻付きの木のみを取り、嬉しそうに手渡す。


 やれやれ、素人め。カリダ様のことを誤解しているようだ。


「おい、カリダ様はお子様ではないぞ。既に二十歳を迎えられている立派なレディだ」


「にゃっ? そうなのかっ?」


「似たようなもんだべ。オイラからすりゃ皆子どもだべ」


「えへへ。その気持ち分かるなぁ~。よしよし」


「そうかぁ、分かるべかぁ。可愛いべなぁ……んん?」


 テクネーは頭を撫でられて首をかしげる。無理もない。目の前のカリダ様が自身よりも年上だとは思わないだろう。


「んま、このめんこいめんこいお嬢ちゃんに免じてドロボーの件は不問にしてやるべよ。もう二度と同じことすんでねえど?」


「だから盗んでいないと言っているだろうが!」


「盗人はみんなそう言うだ! 嘘つきだべ! 極悪人だべ!」


「ぬぅ……」


 なんと物わかりの悪い。これだから頭の凝り固まった老人は嫌いなのだ。


 とはいえこれ以上言い争うわけにもいかない。時間が惜しかった。


「ねえねえ、テクネーくんはエルピネスくんと仲が良いのぉ?」


 カリダ様が尋ねる。そうだ、この男、エル坊とか何とか不敬極まりないことを言っていた。


「おお! お嬢ちゃんはエル坊の知り合いだべか! 木のみ食うけ?」


「うん! ありがと~!」


「すると小僧どもも知り合いだべな? 木のみ食うけ?」


「いらん」


 即答で突き返してやるとテクネーはあからさまに不機嫌になる。


「可愛くない小僧だべ! ぺっぺっ」


「ぬわっ、何をする!」


 唾をかけられた。これが年長者のすることなのか。


「どけどけ。ニケに任せてたら話が進まねえよ」


 イェネオに押しのけられる。ぐうの音も出ない。この男とは相性が悪いようだ。


「で、爺さん。エルピネス様とはどういう関係なんだよ」


「……」


 テクネーは腕を組み、ちらちらとカリダ様に目配せする。


「どうせならお嬢ちゃんに聞いてほしいべ」


 め、面倒くさい! なんだこの老人は!


 だがさすがはカリダ様だ。嫌な顔一つせず、日なたのような笑みを浮かべて頷いた。


「いいよ~。テクネーくんと王様はどういう関係なのぉ?」


「そんなモン決まってるべ! オラとエル坊は同じ夢を見る同志だべよ!」


 意外な回答だった。てっきり親子とか友達といったことを言い出すかと思っていたが。


「夢とは?」


「……」


 くそ、こいつ……。カリダ様に目配せする。


「二人の夢ってなあに~?」


「最強の武器で最強の英雄を作る――そんな子どもじみた、最高にかっちょいい夢を見てるだよ!」


 最強の武器――なるほど、まともな武器職人らしい夢ではある。しかし彼の描く武器はそこまで高く評価されていない。愛用する兵士はいるが、あくまでごく一部の物好きだけだ。


 そんな彼に、エルピネス様が同じ夢を託したというのか? 彼の真の実力を俺たちが知らないだけなのか?


 にわかには信じられない思いで眼前の小さな老人を見やる。カリダ様を見てだらけきった笑みを晒すその姿からは想像もつかなかった。


「ほれ、お嬢ちゃん。その小僧が持ってる絵こそがオラの作った最高傑作――世界最強の武器なんだべ!」


 虹色の霧が描かれた抽象画を指し、テクネーは言った。


「……正気か? こんな霧でどう戦えと言うのだ?」


 俺の聞き方が癪に障ったのか、カリダ様を通さずにテクネーは答える。


「霧じゃないべ。矢だべよ。『テクネーの矢』――オラの名を冠する、オラが生涯をかけて磨き続けた技術の結晶だべ!」




     *




 最強の武器を作る――その夢は元々テクネーニルが言い続けてきたものだったらしい。


 幼い頃から絵の才能を開花させていた彼は、十歳の頃に『紙上のソムニア』と出会う。


 絵の中身を取り出して実体化させるこの魔術は、本来実用的とは言い難いものであった。


というのも、実体化した絵の持続時間や強度は、絵のリアルさと比例するからだ。一般人が描くような絵ではふにゃふにゃのガラクタをほんの一瞬取り出すことしかできないのである。


 しかしテクネーの描く絵は違った。さすがに今ほど精巧ではなく、本物と見分けが付かないと言えるほどのものは描けなかったようだが、魔術を使って取り出せば絵から生まれたとは思えないほどの完成度になったそうだ。


 当初は周囲の人に取り出したものを見せ、絵から作ったのだと明かして驚かせるのが楽しみだった。


 そうして日常的に絵を描き続けるうち、次第にテクネーは一つの思いを持つようになる。それは「この世に存在し得ないものを作り出す」というものだった。


「最初は何でもよかっただ。ありえねえものならなんでも」


 その思いがより具体的になったのは、ほんの気まぐれからであったとテクネーは語る。当時住んでいた村を魔獣から守っていた大人の男が英雄のように格好よく見えたから、自身も最強の武器を作って村を守りたいと思ったそうだ。


 それから数年をかけ絵の修行を進め、武器職人を名乗れるほどになった頃、彼は村を出て、より大きな夢を見るようになった。


 誰も見たことのないような武器を作り、英雄のように名を遺したい――そんなとても純粋な願いが彼を今日まで突き動かしてきたのだ。


 奥行きの表現、色やツヤの付け方、細部の精巧さ。そのどれを取っても彼の絵は完璧で、絵の見せ方によっては箱に本物の武器を入れていると思い込ませることもできるほどだ。それは青年時代から変わらなかったようで、彼の生み出す剣も盾も、そこらの安物とは比較にならない強度を誇った。


 しかし、それらは全て現実にもあるものだ。それも、どれほど優れたものを描いてもほんの一時しか存在できない。長くてせいぜい一刻が限界であった。


 はっきり言って、絵で武器を生み出すことにはほとんど意味がなかった。唯一需要があったのは、本来は高価となる武器を安く作ること、ただそれだけ。特に、質のいい爆ぜ石といった希少な消耗品は高く売れた。


 次第に彼は生活のためにと、商売効率のいい爆ぜ石ばかりを描くようになった。剣などの武器を描くのは単なる趣味に変わり、最強を目指すこともいつの間にか諦めていた。


 それも仕方のないことだ。『紙上のソムニア』はあくまで現実に存在しうるものしか生み出せない魔術であり、彼の夢はそもそも実現不可能なものであった。幼かった彼は魔術の理論すら己の技術で踏み越えようとしたが、魔術を利用する限り、魔術のルールに支配されるのは避けられないことだった。


 それでも時折、彼は発作のように昔の夢を思い出し、無意味な生涯を送りたくないという焦燥感に急きたてられて武器造りに挑戦した。


 そんな彼を多くの人がわらった。いつまでも子どもみたいな夢を語らず、依頼されたものだけを全力で描き続ければいい――見下したり、説教したり、人々は彼の夢を否定し続けた。


 中には彼の描く剣を愛用してくれる兵士もいたが、それはあくまでも普通の武器としての需要であり、『最強の武器』が生まれると本気で信じてくれる者は一人もいなかった。


 誰にも理解されず、周りからバカにされながらも修行を続け、しかしどれほど実力がついても便利屋として使われるばかり。他の魔術を越えるような武器も作れない。夢は捨てられないが、心は完全に腐り、ついには体も弱り始めていた。


 だが今よりわずか二年前。テクネーに初めての理解者が現れる。それがエルピネス様だった。


 エルピネス様はテクネーのたぐいまれなる実力を認め、その可能性に賭けた。生活資金を出し、全ての仕事を中断させ、『最強の武器』を作ることだけに集中させてくれたのだ。


「あの時はオラ、震えただよ。自分ですら馬鹿な夢を見たもんだと笑っちまってたども、本気でオラの力を信じるあの目を見て、もう少し頑張ってみようと思えただ」


 テクネーはその期待に応えるため、求められている仕事に集中することに決めた。幸い今まで描いてきた大量の絵が保管されていたため、貯金を切り崩すようにその絵を売り、彼の武器を愛用してくれる兵士たちにも応えていたらしい。つまりこの二年間は本当に、『最強の武器』を作ることのみを目的に描き続けてきたことになる。


 様々な雑務から解き放たれ、余計な仕事も消え、武器の発案に集中した。しかしいくら硬く鋭い剣を作っても、この魔術で生み出したものは永劫に実体化できるわけではない。彼の技術というよりも魔術そのものの限界で、一刻を超えた使用はどうやってもできなかった。


 考えに考えた末、テクネーは一撃の威力を追求することにした。そこでさらに閃く。最強の一撃を撃てればいいのなら、剣や槍といった武器でなくてもいいのではないかと。


 最終的に彼が武器として選んだのは、爆ぜ石だった。


 生計のためだけにと三十年以上も描き続けてきた爆ぜ石の絵。これをもっと強力な、それこそこの世に存在し得ないくらい高い質を持った石にしたら、他とは比較にならないほど強力な武器になるのではないか。テクネーはそう考えた。


「すぐ近くにヒントがあっただのに、くだらねェ仕事だと馬鹿にして、気づくのがすっかり遅れちまっただよ。便利屋として働き続けた日々も無駄ではなかったということべやな」


 テクネーはため息混じりに言ったが、その顔には笑みが浮かんでいた。


 それから彼はひたすらに爆ぜ石のみを描いた。何度も迷走し、投げ出しそうになりながら、ただひたすらに研究を重ねた。


「そしてついに生まれたのが、コイツだべ! これ以上はないほどの最高品質の爆ぜ石――それを矢にしただよ!」


 テクネーは俺の手から額縁をふんだくり、誇らしげに虹色の霧の絵を掲げてみせる。


 随分と自信があるようだ。それに見合うだけの努力をしてきたのであろうことも認める。しかしだから彼の言葉が正しいかと問われれば、首を振らざるを得なかった。


「ふん。大仰に言っているが、結局は爆ぜ石なのだろう? 優れた武器ではあるかもしれんが、最強と謳うにはあまりに力不足なのではないか?」


 通常、爆ぜ石にありったけの魔力を込めて投げても獣一匹だってまともに倒せない。せいぜい目を潰したり着火させるのが関の山だ。カストロを火だるまにしたものも、あくまで爆ぜ石を包んでいた草が威力のほとんどを補っていた。


 それらの物と一線を画すような爆ぜ石が生まれたとしても、いきなり世界最強と言えるまでのものになるとはとても思えない。


 テクネーは俺の真っ当な疑念に無駄に大きなため息をついて肩をすくめた。


「はぁ~あ。こーれだから素人はダメだべ! サクスムの民なら石のことくらいまともに勉強して欲しいもんだべなあ」


「な、なんだと!」


 絵のことはよく知らないが、石の知識に関して侮られるのは許せない。俺は食ってかかった。


「俺の理解が間違っているというのなら説明してみろ。お前の爆ぜ石が最強になり得る根拠をな!」


「いいべよ。なら普通の爆ぜ石がどうしてあれほど弱っちいのか教えてやるべ。第一に、爆ぜ石自体が生まれにくいもんで、そこから品質を高めるにはさらなる奇跡を積み重ねていく必要があるだよ。適切な温度、湿度、空気中に流れる魔力、岩の材質、魔獣の死骸が触れること――とにかくありとあらゆる要素が必要なんだべ。そのせいで強い爆ぜ石が人の目に留まりにくくなってるだ」


 それは知っている。爆ぜ石は希少なものだ。だがあの石の威力が弱いというのは、高品質なものを含めた上で言われていることだった。


 俺は食らいつくように反論しようとしたが、それを読んだテクネーに手で制された。


「落ち着くべ、まだ話は終わってないべよ。まだ第二の――一番大きな問題が残ってるだよ」


 じれったいが、一度引き下がる。全ての説明を聞いた上で言い返してやろう。


「第二に、爆ぜ石は中に含む特有の成分が濃くなりすぎっと、どんどん勝手に漏れちまう性質があるんだべ。そのせいで現実じゃ一定以上の品質の爆ぜ石は存在できなくなってるだよ。だから今まで使われてきた爆ぜ石はみ~んな弱っちいんだべ!」


 だども、とテクネーはその目を光らせる。


「世界の法則上では、その限界を超える高品質な爆ぜ石があってもおかしくないんだべ。現実の環境下ではできねェってだけべからな」


「んにゃ? どういうことだ? 現実にできないってことは法則的にもできないんじゃないのか?」


 イェネオが頭を抱える。俺も理解できなかった。カリダ様が捕捉してくれる。


「テクネーくんのお話だと、爆ぜ石の品質が上がらないのは中の成分が漏れちゃうからなんだよね~? でも例えば、現実の環境ではまだ再現できないけど、石の周りを同じ成分で埋め尽くしたら石から成分が漏れることはなくなるかもしれな……」


「にゃああ! 良い! 分かった、分かったから! 学者みたいな小難しい話は勘弁してくれ! とにかく、頑張りゃ作れるかもしれないってことだなっ?」


「そうそう、そうだべ! ぬははっ、猫っぽい方の小僧は案外物わかりがいいだよ」


 上機嫌にこくこくと頷き、テクネーは続ける。


「現実にありえるものなら作れるべよ。『紙上のソムニア』はそういう魔術だべ。そのおかげで、現実にあるモンとは比較にならねェくらい高品質な爆ぜ石が作れるようになるべよ! あとはどれだけ品質を高められるかの戦いだべな。品質の限界を追求したら石の姿はどうなるか想像して、ソイツを再現するだ。そうやって徹底的なまでに高みを求めていったのが、この虹色の霧に包まれた石になるんだべ!」


 俺は耳を疑った。どこまで本気で言っているのか分からなかった。理屈は分かる。だが実行に移せるわけがない。何故なら――。


「ちょっと待て、テクネーニル。爆ぜ石が虹色の霧を放つなど……そのような現象はこれまで確認されていない。それともお前は見たことがあるのか?」


「いんや。なかったべよ?」


 さも当然のようにテクネーは言う。俺はあまりに馬鹿馬鹿しくて笑ってしまった。


「まともに話に付き合った俺が馬鹿だったようだな。それではお前は、学者さえ見たこともなかった現象を想像し、絵で表現したことになる。そんな奇跡じみた仕事ができるとは思えん」


「おっ、奇跡って言うたべか? ぬははっ! もっと褒めれもっと褒めれ!」


 どうやら重症のようだ。自身が本当にそのような偉業をなしたと完全に思い込んでいるらしい。


 俺は踵を返した。


「やれやれ。カリダ様、もう帰りましょう。見たところ、エルピネス様がこの老いぼれに協力していたのはただの同情心からのようです。これ以上面白い話は聞けないでしょう」


「んだべぇぇっ? 本っっっ当に可愛くない小僧だべよ! そこまで言うならもったいねェが証拠を見せてやるだよ!」


 テクネーが顔を真っ赤にして大声を上げた。肩を怒らせ、短い脚でずんずんと部屋の入口まで行くと、外へは行かさないと言わんばかりに立ちふさがる。


「もしかして、絵を実体化してくれるのぉ~?」


 カリダ様に話しかけられた瞬間にへらっと表情を崩し、テクネーは額縁を床に置いた。


「そうだべよぉ。まだエル坊にしか見せてないとっておきだべから、し~っかり目に焼き付けて欲しいべ!」


 額縁は特殊な造りになっていて、裏側を開かずとも表のガラス板を外せるようになっていた。上の取っ手を引くとガラスが飛び出す簡単な仕組みだ。


「慎重にぃ、慎重にぃ……」


 言葉通り慎重に、ゆっくりとガラスが引き抜かれていく。その様子を見守りながら、カリダ様がトンガリ帽子の花を引き抜いた。『蛍花けいか』だ。俺の魔力を吸わせるためだろう。うっかり爆ぜ石を爆発させてしまわないためだ。それにしても、どれだけ花を抜いてもなくならないその帽子は何なのだろう。


「ぬぅ……いつもこの瞬間が一番気を使うべ」


 テクネーはまだガラス板を抜いていた。イェネオが首をかしげる。


「なんであんなびびってんだ?」


「万が一にも絵を傷つけたくないのだろう。『紙上のソムニア』は絵が汚れたり紙にしわがついたりするとまともに使えなくなる魔術だからな」


「不便だにゃあ」


「う、うるさいべ! 黙って見てるだよ!」


 ようやくガラスが抜かれ、テクネーの手が絵に触れる。手はそのまま絵の中に吸い込まれた。


 既に『紙上の夢』は始まっていた。絵に奥行きができ、蓋のない箱のようになる。額縁から虹色の霧が漏れだした。


 中からは矢が出てくる。真っ白に光輝く石のついた『テクネーの矢』だ。


「本当に爆ぜ石だったとは……」


 今の今まで信じていなかったが、現物を見せられては納得するしかない。その輝きはまさしく、爆発する寸前の爆ぜ石と同じものだ。しかし爆発する気配はなく、石は輝き続けている。


 こんな素晴らしい品は見たことがない。品質の高い鉱石は山ほど見てきたが、これはそのどれとも比べることのできない、別次元の存在だ。


「すごいねぇ。わたしが知ってる爆ぜ石とは確かに迫力が全然違うよ~」


 息を飲む俺やイェネオと比べるとカリダ様の反応は冷静だったが、それでも石の輝きから目が離せないようであった。


「さあ、どうだべ小僧。これまでの話がオラの妄言でないと分かったべか?」


 テクネーは誇らしげに腕を組み、にやにやと見上げてくる。先ほどまでならイラッとしただろうが、今は何の抵抗もなく頷けた。


「ああ、すまなかった。お前の仕事に敬意を表そう。ここまでの品を見せられたら素直になる他ない……最強の武器かどうかは置いておくとしてな」


「ぬがああっ、この小僧まだ言うべ! いっそこの場で爆発させてやるべかっ?」


 とても素直な言葉を述べたのに何故か怒らせてしまった。しかしさすがに本気で爆発させる気はないようだ。これが見た目の迫力どおりの代物なら、この場にいる全員が跡形もなく消し飛んでもおかしくはなかった。


 エルピネス様はテクネーがここまでのものを生み出せると見抜いていたのだろうか。だとすればその慧眼けいがんにも恐れ入る。


 惜しむらくは、エルピネス様ご自身が『矢』の威力を目にできなかったことか……。


 俺は感傷に浸りかけ、首を振る。この絵が自称であれ『最強の武器』であると確定した以上、エルピネス様が昨日城へ持ち帰ったものである可能性が高い。カリダ様はそれを確かめるためにここに来られた。ならばもう少し話を聞かなければなるまい。


「ん? なんか臭いにゃあ……」


 イェネオが呟く。俺には何も感じ取れなかった。大したことではないだろう。


「テクネーニル。確認したいことがある。その『矢』をエルピネス様が持ち帰られたのは昨日のことか?」


 きょろきょろと周囲を気にし出したイェネオを無視して質問する。


 けれど――後になって思えば、そうした異変にはもっと敏感になるべきだった。


 森を通った時に感じた気配。不安。そしてイェネオの感じた臭い――どれか一つでも重要視していれば、未来は変わっていたかもしれない。


 外で起きていることを何も知らないまま、俺たちは聞き込みを続けた。














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