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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第三章『仮面男の秘密』
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3. 街の嫌われ者

 軽やかで快適な船旅を終え、『空泳船』が停船所に降り着く。


 王都の中心にある湖に面したその場所は、まさしく船を泊めるのにふさわしい場所だ。もっとも『空泳船』は地面の上に置かなければならない。偽物の水面を生み出す時、地面を叩く過程が必要になるからだ。


「にゃ、にゃあ……やっと、着いた……」


 半ば石畳に突っ込む形で船をつけると、イェネオがふらふらと船から降りて倒れ込んだ。


「二度とお前の船には乗らねえ……」


「ふっ、喜ぶがいい。帰りも俺の操縦だ」


「ぎにゃあ……!」


 感激のあまりかイェネオは泡を吹いて気絶してしまう。ここまで喜ばれると素直に嬉しい。


 一方カリダ様は湖のそばでしゃがみ、無言で下を覗いていた。


「オロロロロ……」


「カリダ様っ?」


 空飛ぶ船とはいっても揺れ方は本物に近い。つまり人によっては船酔いするのである。


「お待たせ~、それじゃあ行こっか~」


「え……で、ですが」


「どうかしたの~?」


 さすがカリダ様、真っ青な顔なのに笑顔が一切崩れていない。


「ご、護衛を置いて行くにゃあ……」


 イェネオが倒れ伏したまま手を伸ばしてきた。そのザマでよく言えたものだ。


「す、スキア様は刺客は来ないって言ったけど、実際何があるか分からないだろ。ぜぇ、ぜぇ……霧番が嘘ついて、犯人を逃がしてるかもしれねえし」


「犯人候補の七人なら城内にいただろう。仮に刺客がいたとしても、霧番と協力して外に逃がす理由などない。犯人は最初から完全犯罪を目論んでいたのだからな。意味もなく共犯者を作って密告の危険を増やす必要がないのだ」


「わあ。けっこう前にしたお話なのにちゃんと覚えてたんだ~。よしよし、えらいね~」


「当然です。自分はカリダ様の助手ですから」


「ま、待て……じゃあ俺様が来た意味は……」


「ないな。チンピラに絡まれた時はこの俺が叩きのめす」


「にゃ、に……」


 イェネオがまた気絶した。置いて行こうと思ったが、あまりに哀れなので少しだけ待ってやる。


 しばらく経ち――。


 俺たち三人は王都の往来を迷いなく進んでいた。濃淡に富んだ灰色の街は岩の建物や樹のような形をした石、石畳の道と何もかもが石と岩で作られていた。王都を守る城壁も当然岩でできている。


 水墨画の世界に紛れ込んだようなこの街では、道行く人は浮き上がったように色づいて見える。人の話し声も心なしかよく通って聞こえた。


「魔獣って、三年前にフランマ人をいっぱい殺してるのよね? サクスムは大丈夫かしら」


「うーん……」


 三人の男女が連れたって歩いていた。紺の着物の女性が不安そうに白い空を見つめ、緑の羽織を着た男も難しそうな顔で黙り込む。そんな彼らをもう一人の女性が笑い飛ばした。


「大丈夫だって。国王演説を中止してまで駆除に行ってんでしょ? 本気出してサクスムには魔獣なんかじゃ勝てない勝てない」


「けどよー、新国王様の演説を延期してまで対処するって、なーんか変だよなぁ?」


「それだけまずい状況なのかしら……」


 他にも幾つもこんな話が聞こえてきた。分かってはいたことだが、往来は演説延期の話題で持ちきりだ。魔獣に対する不安が半分、延期に関する疑念が半分といったところか。


 延期の理由が本当に魔獣駆除のためならどれほど良かったことか。噂を真実にできる魔術があるのなら迷いなく使ったことだろう。


「んで、何から調べるんだ?」


 イェネオが言った。この男、どんどん前に進んでいくと思ったら何も考えていなかったらしい。


「お城で聞いた証言の裏取りからかなぁ~」


「街で聴ける証言というと、アガペーネ様が昨晩屋敷にいたこと、それからカコ監視官の言っていたピルゴスニルの噂についてですね」


 だがその前に買い物だ。何を買うかは聞いていないが城下町に来たらお店に行きたいとカリダ様から言われていた。


「はぁぁ? こんな時に寄り道ってお前ら正気か?」


 市場に着いて早々、イェネオが呆れたように大きなため息をつく。


「おい、口を慎め! カリダ様のご要望だぞ!」


「お前はすっかり金魚のフンだな」


「黙れバカ猫! 俺に対しても口を慎め!」


「にゃあっ? 俺様より弱いくせに調子に乗りやがって!」


 大きな市場のど真ん中で俺たちが取っ組み合いの喧嘩をしている間、カリダ様は石商のところで、布を敷いたテーブルに並んだ宝石を眺めていた。琥珀を見つけると迷うことなく手に取り購入する。『永劫の石』にも使われるものだが、それは銀細工のペンダントにはめられていた。


「ほう、これは中々良いものですね」


 イェネオを突き飛ばしてカリダ様のそばへ駆け寄ると、俺は琥珀を眺めて頷いた。


「希少というのもありますが、何より質がいい」


「すご~い、ニケくん宝石のことよく知ってるんだね~」


「いやはや、さすがは旦那でごぜえやす! 見る目がありやすねえ!」


 カリダ様と商人に立て続けに褒められ、俺は鼻息を荒くして胸を張った。


「当然です! 岩の国の民として、宝石の見分けくらいは付けられるようにならなくてはいけませんからね! フハハハ!」


「うげぇー、嫌味なヤツ」


 イェネオが後ろで何か言っているが無視した。


「あ、そうだ。ねえねえイェネオくん、ちょっとお願いがあるんだけど……」


「にゃあ? 俺様に?」


「うん。あのねぇ……」


 カリダ様が何か言いかけたので耳を傾けようとすると、


「旦那旦那ァ! これは! いや、コイツはどうですかい!」


 急にやる気を見せ始めた石商が次々に商品を紹介してきてそれどころではなくなった。


「おっ、こちらなんてどうです? 意中の女性に贈れば一発でメロメロ間違いなしでっせ~!」


「め、メロメロ、だと……? 宝石にそのような不思議な力があったとは……やはり石の力は侮れないものだな」


「えっ? そ、そういうことじゃないんでやすが……とにかく価値は保証しますぜ!」


「よし買おう!」


「へへっ、毎度ありィ! すぐにお包みいたしやす!」


 石商からピンク色の岩塩のような宝石を受け取る。実にいい買い物をした。いや、フィリアーネ様に使おうなどとは誓って考えていないが……。


 と、俺がほくほくした気分で石を包んだ布を懐にしまったところで、話を終えていたらしいイェネオがげらげらと指をさして笑ってきた。


「にゃははっ、おい見ろよ。良いように乗せられてるぜ。こういうところがお坊ちゃまなんだよなあ」


「俺は自分の意思で買ったまでだ。大体お前も坊ちゃんだろう」


「一緒にすんな。俺様はもっと世間を知ってるっての!」


 そう思っているだけだ。俺はこの男のことをよく知っている。


「ややっ! そちらの猫帽子のお兄さん! 良いセンスしてるねえ!」


 この時を待っていたと言わんばかりのタイミングで向かい側の服飾店から声が欠けられた。


「ハンサムでイケメンなお兄ちゃんに最高の服があるんだけど、見ていかない?」


「ハンサム? ……にゃはははは! 見る目があるヤツは嫌いじゃないぜ! ちょっとだけ見てやるかにゃあ!」


 それ見たことか。コイツも俺と同類……いや違う、俺はこんな手には引っかからない!


「おい、無駄な買い物に付き合う暇などないぞ。さっさとこっちへ来い、バカ猫」


「……はっ、そうだった! いや待て、お前に言われたくねえんだけどっ?」


 俺たちがそんなやり取りをしている間にもカリダ様は別のお店で透明な瓶を買い、満足そうに頷いていた。


 ペンダントと瓶……どういう組み合わせだろうか。琥珀はただ目に入ったから買っただけで、こちらが目当てだったのかもしれない。


 瓶……そうか水筒か。街へ出てくるというのに持って来るのを忘れていた。俺もついでに買わせてもらうとしよう。


 俺は勝手に納得し、イェネオにぶつぶつと文句を言われながらも石の水筒を購入した。




     *




「アガペーネ様の従者であるクリューソスの証言では――」


 俺たちはアガペーネ様の屋敷にやって来ていた。白く眩しい高価な石材をふんだんに使った建物は彼女本人のように眩く光り輝き、屋敷というよりは巨大な芸術品のように見えるほどだった。それを半ば圧倒されつつ眺めながら、クリューソスの証言を振り返る。


「国王就任式が終わった後、彼女は城を出てそのまま屋敷に戻り休息を取られたのでしたね。それから夜に一度外出され、近所の猫にエサをやっていたと」


「にゃあ? あの姫様が猫にエサやり?」


「ああ。俺も耳を疑ったのだが……いつも決まった時間になると猫が鳴きながらやってくるそうだ。ならば周辺住民もその習慣自体は知っているだろう」


「そうだね~。お話を聞いてみよ~」


 霧番が嘘をついた恐れがないのなら、アガペーネ様が夜にここにいたことさえ証明できれば彼女が実行犯である可能性だけはなくせる。それだけで潔白が証明できるわけではないが、きっと調査とは積み重ねだ。カリダ様についてきたおかげで断言できる。細かな照明の積み重ねが事件解決へ繋がるに違いなかった。


 しかし思った以上に聞き込みは難航した。


「あ、アガペーネ様ですか? あ、あはは、あのお方のことなら別の人に聞いた方がいいですよ~」


「ああっ? アガペーネだとぉっ? 帰れ帰れ! あんな自分勝手なクソッタレのことなんか考えたくもねえ!」


「さ、さあ。あの、急いでるんでもう行って良いかい?」


 この通り、誰も話をしてくれないのだ。これは困った。


 人々の様子を観察して気づいたが、彼らは誤解している。アガペーネ様がまた何かやらかしたと思っているようだった。であれば話しにくい気持ちはわかる。何か告げ口でもしようものなら彼女から酷い目に遭わされると怯えているわけだ。


 暗殺事件の調査だと伝えるわけにもいかず、それからもしばらく逃げられ続けた。


 彼女は俺たち城内の人間のみならず、街の人々からも恐れられ、避けられていた。知ってはいたが、聞き込みを通して実感したような気がする。


 その後やっと話をしてくれる男性を捕まえられたが、彼も姫の名を耳にしただけで嫌そうな顔をした。


「ああ、アガペーネ様なら確かに昨日も屋敷に帰ってましたよ。いつものように不機嫌そうに道端のものを蹴りながら歩いていたのでよく覚えてますよ。はあ。しかしなんだってわざわざ城下に住みたがるのか。ずっと城にいてくれれば……ああいや、どうか今のは聞かなかったことに……」


 自分もさほど好感を持っているわけではないが、ここまで避けられているとなんだか可哀想になってくる。イェネオもカリダ様も強く感じていただろうが、敢えて言及はしなかった。


 しかし意外な一面もあった。猫だけでなく、小さな子どもからもよく好かれていたようだ。


「アーネお姉ちゃん! いたいた、いたよー! いつもウチの裏で猫ちゃんとご飯食べてるから知ってるのー!」


 教えてくれたのは五歳くらいの元気な女の子だった。アガペーネ様の屋敷の裏で、一人ぴょんぴょんと跳ねて謎の遊びをしていた。傍らには『冷やし雲』という魔術の雲を浮かべ、まるで友達のように仲良く並んでいる。


「いつ頃のことか分かる~?」


 カリダ様がしゃがみ込んで目線を合わせ、優しく尋ねた。


「んー……あっ! 寝んねの鐘が鳴ったあと! いつもそうなのー!」


「寝んね? 一日の終わりの鐘のことか?」


 俺が尋ねると何故か女の子はびくりとしてカリダ様の後ろに隠れた。


「おじさん怖い」


「がーん!」


「にゃはははは! おじさん! おじさんだってよ! にゃははは!」


「うるさいぞ三下!」


「ううっ、やっぱりおじさん怖い」


「なっ……!」


「にゃはははっ」


 膝から崩れ落ちた俺の背中をさすりつつ、カリダ様が質問を続ける。


「寝んねの鐘は、夕方じゃなくて夜の鐘なんだよねぇ?」


「そうだよー! だって寝んねだもん!」


 それならば第二十一刻の鐘で間違いないだろう。客人たちが城から帰った頃だ。


「ありがとね~。教えてくれたお礼にこれあげる~」


「ほんとー? わぁーい!」


 カリダ様がトンガリ帽子から引き抜いたお花を渡すと女の子はぴょんぴょん跳んで喜んだ。さすがカリダ様だ、気まぐれな子どもの心もあっさり掴んでしまうなんて。


 くっ、俺も少しは良いところを見せなければ。


 俺は考え、先ほどからずっとふわふわと浮かんでいる『冷やし雲』を指さした。雲の中に冷たい空気を生み、そこから風を降らせる魔術である。


「よ、よし。お兄さんが良い事を教えてやる。その雲から出る風は下に落ちるから横に並んでも涼しくならないぞ!」


 屋内に雲を作る場合は部屋の中で冷たい空気が循環するから話は別だが、外で使う時は注意が必要なのである。


 正しい知識を与えられ、女の子はさぞかし嬉しい気持ちになっただろう。そう予想したのに何故か涙目で距離を取られた。


「おじさんのバカぁ!」


「何故だぁっ?」


「雲じゃないもん! ひゅーひゅーちゃんだもん!」


「にゃははっ、そうかひゅーひゅーちゃんか。可愛いお友だちだにゃあ」


「えへへ、可愛いでしょー!」


 どうやらこの子は本当に雲を友達と思っていたらしい。しかし何故イェネオは普通に懐かれているのか。子ども心は難しすぎる。


 イェネオに得意げな顔を向けられて敗北感を味わいながら、俺はカリダ様によしよしと慰めてもらうのだった。









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