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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第三章『仮面男の秘密』
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2. 猫騎士イェネオスファム

 次の護衛役は既に城門で待機してくれているらしい。聞き込みをしていた途中、召使が教えてくれた。


 俺とカリダ様はフィリアーネ様と離れたその足で城門へ向かった。


「おお、ここにおったかぁ!」


 ラクスの監視官カコパイーニが声をかけてきたのは、その途中のことだった。ドシドシと重たい足音を響かせ、汗まみれの顔でふぅふぅと息を吐く。


「カコ監視官?」


「何かあったの~?」


 彼は乱れた息を整えると、声を潜めた。


「実は話があってなぁ。先ほどの広間ではいつあの男がやって来るか分からず切り出せなかったのだが」


「あの男?」


 廊下の前後をちらちらと確認しながら彼は続ける。


「ピルゴスという仮面の男がおるであろう。実はアヤツに関する妙な噂を聞いたのだ」


 城外の者からすれば彼がずっと部屋に引きこもっているなんて事情は知らないだろう。だが本人に聞かれたくない話となると、やはり暗殺事件に関する話なのだろうか。


「『穴開けバイア』のことを知っているか?」


 予想外の名が飛び出し、俺は目を瞬いた。


「もちろんです。サクスムに住んでいて……いえ、サクスム以外を含めてもその名を知らぬ者は少ないでしょう」


 それはある殺人鬼の呼び名だった。


 三年ほど前からサクスムを騒がせる凶悪犯でありながら、姿も声も知られていない恐怖の象徴だ。これまでに少なくとも十三もの人間をあやめていて、被害者に一貫する特徴は胸に大きな風穴を開けられていることのみ。


 わざわざ目印になるような傷を残しながら未だに犯人が捕まらないのは、被害者に一切の関連性がなく、無差別に殺しているとしか考えられないせいであった。犯行現場やタイミングも予測不可能で、王都で事件があったかと思えば辺境の貴族が襲われるなど、模倣犯の混在も疑われる極めて特定の難しい殺人鬼である。


 フロース人のカリダ様の耳にもその噂は届いていたようで、カコ監視官の目を見て頷いた。


「その『穴開けバイア』とピルゴスニルに何か関係が?」


 尋ねながらも俺は察していた。予想通りの答えをカコ監視官は口にする。


「あの仮面の男がその『バイア』なのではないかと、噂されておるのだ」


「やはりそういう話ですか」


 俺はため息をついた。


 ありそうなことだ。仮面を付けた得体の知れない大男――そういう不審人物にデタラメな噂はつきものだ。世間を騒がせる殺人鬼と結びつけたくなる者も多いに違いない。まったく、噂好きの人間というのは無責任なものだ。


「根拠などないのでしょう? 気にすることではありませんよ」


「待て待て! ただうわさ話を聞いただけでこの我がお前さんたちに報告すると思ったのかァ?」


 思った。


「証拠があると?」


「い、いや、証拠とまでは言えん。だが疑わしいと思うところはあってだな……ええいっ、細かいことをグチグチ言わんで最後まで聞かぬか!」


「は。これは失礼」


 カコパイーニという男のことを欠片ほども尊敬できないために、つい良くない態度を取ってしまった。この場はあくまで情報の提供者として丁重に扱わなくてはなるまい。


 カコ監視官は大げさに咳払いをして、続ける。


「あの男が夜な夜な自身の屋敷へ帰っていることは知っておるな? その際にあやつが妙に大きな荷物を持って帰ってきたことがあったというのだ」


「何かの芸術品とかではなかったの~?」


「む? 大きな荷物、としか聞いていないから分からんが……しかしいかにも怪しいとは思わんかぁ? 昼間であればともかく深夜だぞぉ? 皆が寝静まっている頃に大きな荷物を屋敷へ持ち込む……怪しい臭いがプンプンするではないか! もしや死体でも持ち込んでいるのではとすら思えてくる!」


 それは少々飛躍しているように思う。それに例の殺人鬼ならわざわざ屋敷に持ち帰るとは考えにくい。『穴開けバイア』は遺体を処分しないからこそその名が知れ渡っているのだ。


 だが監視官と議論しても意味がないので、そのまま耳を傾けた。


「ちなみに、夜中にピルゴスニルを見かけたという証言者は我の友人なのだ。せっかくだから紹介しようと思うのだが、どうだカリダ殿? 聞き込みに行く気はないか?」


「う~ん、念のため聞きに行ってみようかなぁ~。ピルゴスくんのことは街でもちょっと調べようと思ってたし~」


「ダハハハ! さすがは花国探偵! 話が分かるではないか!」


 何がおかしいのかカコ監視官は太い声で大笑いする。それから彼の言う友人について教えてくれた。


 魔獣飼育施設マムニカ。そこを管理する代表者の女性に会えと彼は言った。


「しかしいきなり訪ねては怪しまれるだろう。王殺しの件も話せないとなればなおさらだ。だからまず、我に紹介されたことを伝えると良いぞぉ! 我は魔獣に興味があってなぁ、その関係で何度か話を聞くうちに友人、いや親友までとなった仲だからなァ! そう、我々は固い絆で結ばれた家族も同然! 我の名があれば警戒心を解くのも容易かろうぞ! だぁーはっはァ!」


 親友、家族……本当だろうか。ロギオス監視官ともさほど仲良くはなさそうであったし、いまいち信用できない。とはいえ知人の名がないよりはマシか。


「マムニカの場所は分かります。自分が案内しますよ」


「やったぁ、ありがと~! カコくんも貴重な情報をくれてありがとね~!」


「ダハハハハ! なぁーに、気にするな! 我はサクスムの人間ではないが、さすがに何もせず見ているのも心苦しかったのでなぁ。調査に少しでも貢献できたのなら我も嬉しく思うぞ!」


 豪快に笑うその姿に俺は目を見張る。軽く感動を覚えていた。どうやら彼のことを誤解していたようだ。品のない人間と忌避していたが、今度お礼に旨い肉の一つでも贈って差し上げよう。




     *




「ふにゃ~あ。やっと俺様の出番か」


 カコ監視官と別れた後、俺たちは城の門を抜け、真っ白な霧の壁に囲われた外に出た。


 渡し守と霧番の小屋があるその場所に、ロギオス監視官とスキア様、それに猫耳がついたような特徴的な形の帽子をかぶった青年が待っていた。ここから先の護衛役に違いない。


 当然案内役は俺が続投する。フィリアーネ様の時と違い人員を変える必要がないからだ。俺なら城下町の案内ができることはもちろん、案内役を変えたことによる引継ぎの手間も省ける。


「やあ、花国探偵。そろそろ来ると思っていたよ」


 スキア様が軽く手をあげ、爽やかに笑った。


「城の外に出るんだろう? 『霧』の状況は引き続き監視官たちに見張ってもらうから安心してくれたまえ! 犯人がこっそり君たちを追いかけて襲いに行くなんてことはできないはずさ!」


「わぁ、スキアくんはとっても頼もしいね~!」


「ははっ、そう言ってくれて嬉しいよ」


 笑顔のスキア様の隣でロギオス監視官は相変わらず仏頂面をしていた。以前の腰の低い彼が戻ってくることは二度とないだろう。


 スキア様はそれから、もう一人の青年を手で示した。


「で、こっちの彼が君の護衛――」


「イェネオスファムだ。さっきも会ったな」


 腕を組んで偉そうに名乗ったのはイェネオ――俺の幼い頃からの友人であり、『猫騎士』と呼ばれるサクスムの騎士であった。


「サロスくんのお兄ちゃんだよね〜?」


 サロス……アスピダ様の部下である『影』の少年のことか。とっくに名前は忘れていたが、イェネオの弟ということだけはしっかり覚えている。


「ああ。そしてニケの兄貴分でもある」


 おっと、それは聞き捨てならない。


「抜かせ三下。兄貴は俺の方だ」


「にゃははっ! そういうことは俺様に一度でも勝ってから言うんだな!」


「ぬぐっ……!」


「仲がいいんだね〜」


 カリダ様が微笑ましそうに俺たち二人を見比べた。


 俺とイェネオはそれぞれ鼻の下をこすり、照れ笑いを浮かべた。


「にゃ? まあ、そりゃあ……」


「は、はい。昔からの付き合いですし……親友ですよ」


「へへっ、よせやい……」


「フッ……本当のことだからな」


「おやおや、ツッコミ役が必要なようだね! 気色悪いことしてないでさっさと自己紹介を終わらせてほしいな!」


 スキア様に言われてしまい、俺は咳払いした。


「そうだぞイェネオ。さっさと舟に乗れ」


「ああっ? おま……フシャアーッ」


 弟みたいに威嚇してくるイェネオを無視して『空泳船』に足を乗せる。城の住人の必需品、空を泳ぐ船である。


 舟に三人で乗り込むと、イェネオは気持ちを切り替えてカリダ様へ手を差し出した。


「サクスムの『猫騎士』こと、イェネオスファムだ。なり立てとはいえ騎士は騎士。この名にかけてアンタのことはきっちり護るぜ、カリダ様!」


「わぁ、猫の騎士だなんて格好良くて可愛いね~! よろしくね~!」


「あ、もちろんカリダ様のことは知ってるから自己紹介は不要だぜ。暗殺事件の調査なんて大変な仕事を引き受けてくれて本当に感謝してるよ」


 イェネオは挨拶を終えると俺に視線を向け、挑発的な表情をして口元に手を当てた。


「先に言っとくけどにゃあ。俺様はあくまで花国探偵の護衛だからな。自分の身は自分で守って、くれぐれも足を引っ張らないようにしろよ」


「ふん、誰がお前に守られるだと? お前の代わりに俺が護衛を務めてやってもいいくらいだ」


「にゃははっ、その言葉忘れるなよ! まあ安心しろ。泣いて助けを求めたら考えてやらないこともないからにゃあ! にゃはははは!」


 俺は鼻を鳴らすだけに留め、話を強引に終わらせた。またスキア様に叱られてしまう。


「さ、無駄話が終わったなら出発してもらうよ。準備はいいかい?」


「はっ! いつでも!」


 スキア様が舟の周りに樽いっぱいの水を撒き、イェネオがコツコツとかいで濡れた地面を叩く。染みとなったはずの水がキラキラと水滴となって浮き始め、光が偽りの水面を作り出す。これで『空泳船』は発動した。


 あとは誰が漕いでも構わなかった。舟を操縦した経験のある俺がかいを受け取り、水を掻くことにした。本物の水とは違う、手応えに欠ける漕ぎ心地だ。


 スキア様とロギオス監視官に見送られながら、三人で城を出る。スキア様の合図で『霧』に大きな穴が開き、そこを通って外側へ出た。眼下に墨で描かれた絵のようなサクスムの王都が広がる。


 渡し守のように快適な乗り心地とはいかないが、街へは問題なく降りられるだろう。


「ニニニニケくん、ううう運転なんててててできききるんだねねねね」


「ここここのくらららららい『霧の城』ろろろろに住むむむむならとととと当然ですすすよ」


「お前ら喋るな! 舌噛むぞ! ンニャッ」


 言った傍から舌を噛んだのか、イェネオが口元を押さえて悶絶している。やれやれだ。


 城も広かったが、当然王都はその比ではない。カリダ様が何をどこまで調べるつもりなのかは知らないが、おそらくは長丁場になるであろう。


 王の死をいつまで伏せていられるだろうか。客人たちを城に閉じ込めておくのにも限界がある。できることなら今日か明日のうちには犯人を突き止められるのが望ましいが、できなかった時のことも今の内から考えておいた方がいいかもしれない。


「お、おいニケ! ぼーっとしてないでちゃんと漕げっ! ンギヤッ」


 哀れイェネオ。また舌を噛んだか。後で口内にも使える傷薬を買ってやろう。












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